見出し画像

賭博黙示録ジャンク ニコンF2

ギャンブルは人生を破壊しかねません。

己をコントロールできるうちはいいですが、ひとたび欲望に呑まれてしまえば勝負が決するまで、もう後戻りはできません。
損をしてでも続ける、借金をする、やっていないと落ち着かない、ここまでいけば依存症の可能性があります。

20代の初め頃、僕は暇を持て余している若者のひとりでした。

その場のノリでアルコール度数の高い酒をあおり、鼻水やよだれ、ゲロや吐瀉物まみれになりながら、居酒屋の床を背中で磨いてたあの頃・・・

そんな学生時代にパチンコやスロットにハマりました。
レア小役をひいた時のドキドキや、天井覚悟で諭吉を溶かし続ける焦燥感・・・あの興奮とスリルは退屈な日常に刺激を加える、いわばスパイスのような存在でした。

若い時ほどお金とは縁が薄いものです。

僕はチープなスリルに身を任せても、明日に怯えていました。
ギャンブルにはそんなゲット・ワイルドな中毒性がありますが、幸い大きな損をする前に抜け出すことが出来ました。

しかし、30代も半ばを過ぎた今、ある博打にのめりこんでしまったのです。

それは「ジャンクカメラ」です。

キヤノンもいいけどニコンもね

我が家のF-1(後期型)

叔父にもらったキヤノンF-1。
良いカメラです。重い事以外は何の不満もありません。

僕に機械式一眼レフの魅力をこれでもかっ!と、おしえてくれました。

このカメラとの出会いについては、こちらに経緯をつづっております。

しかし、やはり隣の芝は青く見えるといいますか・・・キヤノンのカメラを使っていると、ニコンが気になって仕方がありません。

中古カメラ屋に通っているうちに、F-1と似たような名前のカメラがあることに気がつきました。

ニコンFです。

湘北と翔陽くらい似ています。

そして名前が似ているどころか、両者の間にはとんでもない因縁があることがわかってきました。キヤノンF-1はニコンFに対抗するために開発されたカメラだったのです。

報道のニコン、広告のキヤノン

黎明期の一眼レフ市場を制したのはニコンでした。
60年代まではプロユースの一眼レフカメラは、ニコンFだけと言われていたのです。それまでなかったマクロ撮影や望遠レンズなど、一眼レフカメラの有用性が注目され始めていました。

まず朝鮮戦争の最中、ライフ誌のカメラマンたちによってニッコールレンズの持つ描写のシャープさが評価されました。
ベトナム戦争の頃になると、堅牢なニコン製カメラの耐久性が報道の現場で認められるようになっていました。
望遠レンズをつけたニコンFと、広角レンズをつけたライカMが、戦場カメラマンたちの標準装備になっていたのです。

Tim Page during a United States Marine Corps patrol in Vietnam, 1965. Photo courtesy of Australian War Memorial [Photo: Australian War Memorial]


ニコンFが過酷な戦場や報道の現場で使える「プロの道具」として、絶大な評価を得ているなか、キヤノンはニコンを追撃するため、1971年に満を持してF-1を発売します。

キヤノンカメラミュージアムによれば、F-1は「開発に5ヵ年の歳月、数十台分の開発費に匹敵する膨大な投資と労力、キヤノンの技術の総力を結集して誕生した最高級の35mmシステム一眼レフカメラ」とあります。

まさにF -1はキヤノンの威信をかけて開発された悲願の高級一眼レフでした。

さらにキヤノンはレンズも刷新し、FDレンズで「色合い」を統一しました。
カラー写真が一般的になりつつあった時代、レンズを交換しても同じ色味の写真が撮れるようにコーティングを施したのです。
S.S.C(スーパー・スペクトラム・コーティング)といいます。

カラーバランスを重視したキヤノンは広告業界のカメラマンたちに愛用されるようになっていきました。ニコンのシェアを奪うべく、CMやファッション界の写真家やカメラマンに積極的に売り込みをかけたのです。

ちなみにF-1の取扱説明書の最初のページは、FDマウントの豊富な交換レンズ群と何に使うのかよくわからないオプション機材の紹介になっています。

Canon F-1の取扱説明書より

叔父にもらったカビ臭いカメラバッグの中に入っていたF-1の取扱説明書。さらに読み進めていくと・・・

「現段階の最高水準」「金字塔」「マンモスシステム」「10万回耐久の高品質」などの力強い売り文句が並んでいます。

この時代の取説はなかなか味わい深いものがあるようです。この気合いの入りようからも「ニコンに負けないものを作った」という自信が伝わってきます。

70年代の初頭、先行するニコンと追撃するキヤノンというのが、一眼レフをめぐる勢力図だったのです。

そんなキヤノンF-1を所有してしまったわけですから「こりゃあ、ニコンと使い比べにゃなりませんな」と思うのは当然の成り行きなのであります。

F2が欲しい・・・

キヤノンが必死に追い込みをかけるなか、ニコンFの後継機として発売されたのがニコンF2です。奇しくもキヤノンF-1と同じ1971年の事でした。

ともに機械式一眼レフの最高峰にして、露出計搭載、最速シャッター1/2000などスペックは同等。
F-1とF2なら使って比較してみるのも面白そうです。

このF2を購入する事に決めました。

新宿や秋葉原の中古カメラ店を巡ってみると、そのまま使えそうな動作品の個体は3万円前後でした。整備済みの状態の良いものになると、それ以上の値段がついていることもザラです。
「安心を買う」という点では、やはり店頭で実機を見て購入するのが良いでしょう。店員さんに聞けばカメラのことを丁寧に教えてくれます。

しかし、中古カメラ店のショーケースの前で佇む僕の脳裏に、よからぬ考えが駆け巡りました。

僥倖っ!なんという僥倖・・・

賭博黙示録ジャンク

大変前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

僕が片足を突っ込んでしまった闇のギャンブルこと「ジャンクカメラ」
巷では数ある「カメラ沼」の一つとして知られた存在です。

僕の頭に浮かんでしまった邪な考えとは次の通りです。

・父のペンタックスSPは今も現役である
・長期間放置されていた叔父のキヤノンF-1は正常に動作した
・モルト交換は案外簡単だった

そう、半世紀も前の精密機械にもかかわらず、昭和の時代の工業製品こそ、本物のメイド・イン・ジャパンです。作りの良さは伊達じゃない、そういったポジティブな信頼感をフィルムカメラに対して持つようになりました。そして何よりメカ的な故障さえなければ、自分でもメンテナンスは十分可能なのです。

ざわ・・・ ざわ・・・

僕はまたあの頃のチープなスリルに身を任せつつありました。
気づけばギラついた目つきでポケットの中の鍵を盲牌していました。

そして唐突に頭に浮かんだ「沼の攻略法」を裏付ける、ある事実に気がつきました。

国会で「募集はしたが募ってはいない」という意味不明な答弁が罷り通るように、中古カメラ店では「ジャンクだからといって壊れているわけではない」という事がよくあります。

ジャンクコーナーのカメラを触ってみると、シャッターが切れたり、レバーやダイアルが動く個体は案外多いのです。むしろ経年劣化で外装が傷んでいるが「動く」というものが多い気がします。
ただし、これは機械式のカメラに限ります。電子部品の多いカメラになるとセンサー類が劣化していたり、基盤が腐食していたりと、電池を入れてみないと正常に動作するのかわかりません。

以前、友人にもらったニコマートもジャンクコーナーで保護されたものでしたが、カメラの機構そのものは故障していませんでした。
このニコマートも機械式の一眼レフです。

ジャンク≠故障品

凋落の一途を辿る日本経済ですが、それでも国内はまだまだ豊かです。
戦後の焼け野原と違い、現代はモノが溢れています。
不要とされたゴミの中にも、まだまだ使える宝物が埋もれているのです。

ジャンクカメラは、実際に故障していたり動かないものから、単なる整備不良まで個体によって状態は様々です。つまり故障品というよりも不用品と捉えた方が実態に即していると言えます。
大量生産と大量消費、日本の高度経済成長を実現した工業製品たちが、今はゴミとして投げ売りされているのです。

お金が惜しかったわけではないのですが、F-1の記事にも書いたように「自分でやってみる」というのが、僕の最近のマイブームなのです。
かんたんに手に入るような便利さや快適さには、もはや現代人は飽きてしまっているのです。
そんな現代の貴族の嗜みとも言えるジャンクカメラを入手するべく、ヤフオクで良さげなF2を物色しました。

叔父のF-1のように「使われていたが今は不要になった」という雰囲気のもの、できれば「最近まで使われていた」感を醸しだしているカメラを探していると、下側のカメラケースと革のストラップ、さらにシャッターのレリーズボタン(AR-1)のついたブラック塗装のF2が出品されていました。
レンズは外されていますが、このカメラは誰かが使っていたという形跡が見られます。つまり不要になった実用品である可能性が高いというわけです。

「これなら整備だけで済むかもしれない」

やや競り合いになり、送料込みで1万4000円ほどで落札しました。

ヤフオクで落札したジャンクのF2
清掃後のF2

外装はほこりや汚れがありましたが、清掃すると綺麗になりました。洗えば落ちる汚れだったのでホッとしました。

「動作未確認」との事でしだか、心配だった露出計も正常に作動し、セルフタイマーもOK。
幸いシャッターは全速とも切れました。
精度はわかりませんが・・・ちゃんと変化していたので「きっと大丈夫だ」と自分に言い聞かせました。実際に使ってみて不具合があれば、その時は修理に出せば良いのです。

出品ページの写真に偽りはなく、シャッター幕もきれいな個体でした。
ジャンクのF2は「完全動作品」だったのです。

F2のモルト交換

早速モルトを交換して使える状態にしました。

モルトというのはフィルム室に光が入らなように、カメラ各部を遮光しているスポンジ状の素材です。古くなるとボロボロに劣化するので、交換する必要があります。

まず無水エタノールで古いモルトを溶かし、竹串や楊枝で削りとります。

無水エタノールは100円均一で売られている注射器型のスポイトに詰めて使うと便利です。
ダイソーなどの化粧品コーナーに売っています。

交換用モルト
無水エタノール
100円均一のスポイト


F2のモルトを貼る場所は大きく分けて4か所です。

ミラーボックス
ファインダーの下
フィルム室の溝(上・下)
裏蓋の蝶番


ミラーボックスのミラーが当たる部分のみ厚さ2.5mmのモルトを使い、残りの箇所は厚さ1.5mmのモルトを貼りました。モルトはビックカメラやヨドバシカメラなどで購入できます。

ちなみにカット済みのモルトも売られているようです。
Amazonにこんな便利なものがありました。


こうしてジャンクカメラから、実用品のカメラへと返り咲いた我がニコンF2。

日本の経済成長を支えた本物のメイド・イン・ジャパンに感動し、調子に乗ってこんなツイートまでしていた僕ですが、この1ヶ月後に地獄を見ることになります。

突然、巻き上げレバーが動かなくなり、シャッター幕も戻らなくなるなど動作不良をおこしてしまったのです。そして泥沼にハマり、このカメラを分解する事になります。

くわしくは今回の続編となるコチラをごらんくださいませ。

ジャンクカメラを購入される際は、くれぐれも慎重に吟味なさるのがよろしいかと思います。

F2で撮影したスナップ

カメラ:Nikon F2 Photomic(DP-1)
レンズ:Nikkor O auto 35mmF2
フイルム:Kodak Gold 200
スキャン:Plustek Scanner OpticFilm 8100

                                写真はインスタグラムにて公開しています。







この記事が参加している募集

カメラのたのしみ方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?