破壊ゲーム 第1話

あらすじ
亡くなったおじちゃんの家の片付けに行ったユマは誰かの日記をみつける。どうやらおじいちゃんのお兄さんのものらしい。興味を持ったユマは友だちのヒナと一緒にその日記を読む。そこに書いてあったのは不思議な転校生から聞いた宇宙のゲームの話。知ったのは人間がもともと宇宙からやってきたもので、惑星とどちらが強いかゲームをしている。でももうそのことを覚えている人間はいなくて、ただ植え付けられた「破壊」をしているだけ。宇宙の仲間たちは少しずつ惑星の味方になって、地球を守ろうとしている。人間以外の生き物がいなくなり、生活のほとんどを架空の空間で過ごす時代に生きているユマたちは自分になにができるのか考え始める。

 おじいちゃんが亡くなってから一年がすぎた。おじいちゃんの家はとても古くて貴重だからそのまま移転し、博物館に展示される。その前に家の片づけをしなくてはいけないらしく、お父さんはぶつぶつ文句を言っている。
「あーあ。男だからって重いものを平気でもてるわけでもないのになあ」
お母さんがするどく聞きつけて言い返す。
「仕方ないでしょう。私は土日休めないんだから。平日に私も片づけるんだから同じことじゃない」
それから私を見て、いかにもいいことを思いついたという顔をした。
「ユマも一緒に行って、手伝ってあげてね。お昼は好きなもの食べていいから」
とばっちりだ。だけど、予想はついていた。
 おじいちゃんの家に向かう途中、私はずっと近くのお店を調べていた。お昼を食べるのにいいお店があったらいいな。お父さんとふたりでこじゃれたカフェになんか入りたくないし、かといってさびれた食堂なんかもいやだ。
「どこにするか決めたのか」
外の景色を物珍しそうに眺めて、お父さんはステンレスボトルのふたをあけた。ほうじ茶のにおいがふわりとただよう。
「なんか、あんまりなさそう」
私はぶすっと答えて、自分のボトルを取り出す。私のには玄米茶を入れてきた。
「だろうな。たしか歩いていけるところに中華があったから、そこにしよう」
中華か。床に靴がひっついて、歩くたびにべりっべりっと音がするところを想像して、私はげんなりした。
 ひさしぶりに来るおじいちゃんの家はそんなに汚くなかった。でも、全体にほこりっぽく、うっすらとカビのにおいがする。私はマスクをして手ぬぐいを姉さんかぶりにした。
「準備万端だな」
そういうお父さんもマスクに軍手、首にはタオルという装備をしている。
「お父さんは奥の部屋をやるから、ユマは二階を頼む」
 私は袋とタブレットを持って二階に行った。階段にも廊下にもほこりがつもっている。スリッパか替えの靴下を持ってくるべきだった。
 二階は廊下をはさんで二部屋が向かい合っている。左側はお母さんがこどものころに使っていた部屋だ。右側は物置だけど、私は心の中で宝物部屋と呼んでいた。古いものがたくさんあって、幼い私には宝物が隠されているように思えたのだ。私は右の部屋に入った。むっとしたほこりのにおい。よどんだ空気。お母さんが作った指示書に従い、部屋を片づけていく。明らかなゴミは袋に入れ、そのほかのものはどんどん写真に撮りリストアップしていく。判断はあとでしてもらうことにして、とにかく何があるのかまとめるのが今日の私の任務だ。
 記憶と違って、物置にはほとんど何もなかった。本棚にはびっしり本があるけれど、たんすも机の引き出しもほんの少し衣類や書類が入っているだけ。紙切れなどのごみは少しだけでてきたけど、その程度だ。おじいちゃんはきちんと片づけてくれていた。
 気が抜けた私は、なにかおもしろいものはないかな、と本棚の前に立った。古い本ばかりだ。どれもこれも、今では見かけないもの。
 難しそうな背表紙に混じって、ノートが見えた。ずいぶん古いノートだ。黄色く色あせ、さわると手にざらざらしたものが残る。気をつけないとばらばらになってしまいそうだ。
 何気なく手に取って開くと、中身は日記だった。人の日記を盗み読むのは悪いと思ったけど、好奇心に負けてつい読み進めてしまう。
「これ、誰の日記だろう」

 八月某日
 もうすぐ夏休みが終わってしまう。この夏もただ泳いだり遊んだりして楽しく過ごしただけだった。もっとこう、心が騒ぐようなことがおきないかな。信じられないことが起こればいいのに。
 なんだろう。もう夜中なのに外が明るい。花火でもないようだけど。
 ・・・信じられない。窓の外をのぞいたらUFOが飛んでいた。薄紫色の光をまとって、ふわりと飛んできた。そして少しとまって考えるようにゆらゆら揺れて、ぱっと消えた。  なんだかこれからなにかが起こりそうな予感だ。

 九月某日
 長いうんざりする二学期が始まった。文化祭もあるけれど面倒なだけでとくに興味はない。
 でもひとつおもしろいことがあった。始業式の日、転校生がやってきた。ちょっと髪が長めの、きれいな顔の男だ。クラスの女子はさっそく取り囲んで質問ぜめにしていた。
 気になることがある。少し話してみたい。

九月某日
 あいつの家がわかった。ちょうどぼくの部屋か見るとあの夜UFOが消えたあたりだ。だからどうってこともないだろうけど、おかしな偶然だと思う。あと気のせいかもしれないけど、あいつの目の色がときどき薄紫色に見える。誰も騒がないから錯覚かもしれない。ぼくの目がおかしいのかも。

九月某日
 とうとうあいつの秘密を知った。というよりもあいつのほうから話してきた。やっぱりあのUFOに乗っていたのはあいつだったんだ。でもそれどころじゃないおかしな話をきいた。星とぼくらの戦いってなんのことだろう。知りたくないようで知りたい。これからは詳細をきちんと記録しなくては。

 なんとなく、おじいちゃんのものではないような気がした。私の知っているおじいちゃんのイメージではない。もちろん、若い頃は違ったのかもしれないけれど。
(そういえば、おじいちゃんには兄弟がいたな)
あとでそれとなく確かめてみよう。私はノートをそっと自分の手提げに入れた。
 お昼は結局、近くの中華屋さんに行った。やっぱり床はべとべとしていて、一歩ごとに靴がべりっとする。でもメニューは意外と本格的だった。お父さんは麺とチャーハンのセット、私は点心セットを注文する。
 点心セットは二段の蒸籠が出てきて目をひいた。小籠包やニラ饅頭が蒸されている。ほかにおかゆやサラダ、大根もちがつく。
「いただきます」 
 持参の箸を取り出し、まず大根もちを一口食べる。かりっと焼けた外側にとろりとした内側。小さな具も入っていて複雑なおいしさが広がる。ニラ饅頭は外側の生地が甘くて、一口目がもうおいしい。四種類の小籠包にはそれぞれエビやコーンが入っていた。どれもおいしくて、私は無言でたいらげた。熱いうちにぜんぶ食べたい、と思うとつぎつぎに箸を動かさなくてはならない。
 おなかがいっぱいになると、途端に眠くなる。午後の作業は簡単に写真を撮るなどしてごまかした。お父さんもあまりはかどらなかったようだ。
 家に帰るとすぐ、ヒナに連絡した。学校ではいつも一緒にいるし、休みの日もしょっちゅうお互いの家を行き来する。
「おつかれー、ユマ」
おじいちゃんの家の片づけに行っていたことを話すと、ヒナはのんびりと言った。
「ユマのおじいちゃんってたくさん本持ってるんだよね。図書館に寄贈とかするのかなあ」
「わかんない。家は博物館に展示されるって言ってたけど、中身はどうなるんだろう」
「まとめて博物館かもね。旧時代の暮らし、みたいな」
ありそう。江戸時代を再現した博物館みたいに、おじいちゃんの家がどこかに再現されるのだろうか。嬉しいような寂しいような、変な気分だ。
「そうだ。それでね、変なノートが出てきたんだ。日記なんだけど、おじいちゃんのものじゃなさそうで」
「日記?持ってきたの?」
「だって、おもしろかったんだもん。一緒にみようよ」
いいのかな、とヒナはためらったけど、やっぱり好奇心には勝てなかったようだ。
「じゃ、明日行くね」
約束して、通信を切った。
 リビングに降りると、お父さんがソファでうめいていた。
「どうしたの?」
「腰が」
無理に家具を動かそうとして、腰を痛めたらしい。帰りの移動で限界が来て、もう動けないみたいだ。
「重いものは動かさなくていいって言ったのに」
帰ってきたお母さんの小言がお父さんをちくちくと刺す。腰をめがけて攻撃したら、治るんじゃないだろうか。
 夕食は先にお母さんと食べることにした。お父さんは動けるようになったら食べるという。
 温めたコロッケを食べながら、おじいちゃんのことを聞いてみる。
「おじいちゃんって、日記とかはつけてなかったのかな」
「日記?ないでしょ。そんなまめなことするような人じゃない」
「若いときも?」
「若いときはもっとでしょうね。なにか見つけたの?」
「いや、あるのかなと思って」
お母さんはしばらく黙っていた。きゅうりの漬け物がぼりぼりと音をたてる。
「おじいちゃんのお兄さんなら、まめに日記をつけていたかもしれない」
「おじいちゃんのお兄さんって、どんな人だっけ」
「まあ、変わった人だったみたいだけど、すごい研究者よ」
おじいちゃんのお兄さんは小学生のころに海洋プラスチックごみに興味を持ち、大人になってからもその研究を続けていたそうだ。結婚はしなかったから、子どももいないし、もうずっと前に亡くなってしまったから私は会ったこともない。
「小さいころは時々遊びに来て、海のおみやげをくれたな。ウニの殻とかタコノマクラとか。シーグラスもあったかな」
お母さんは懐かしそうな表情をした。こんなとき、大人はいいなって思う。思い出して懐かしがれることがたくさんあるから。
「おじいちゃんの家にまだ残してるものがあるかもしれない。今度、私が行ったときによく見てみる」
うん、と私はうなずいたけど、手提げにしまったノートのことは秘密にしないといけない気がした。

 十月某日
 文化祭の展示が決まった。まさかぼくの意見が通るとは思わなかったからびっくり。思ったよりもみんなが乗り気なのも。うまくできるのか緊張するけど、がんばろう。これできっとみんなにもプラスチックのことがわかるし、その家族にも広がっていくだろうから。

 十月某日
 壁新聞のことで、今まで話したことのない奴とも話すようになった。けっこう真剣に考えてくれていてうれしい。一人じゃない気がしてきた。今までは一人でやったって意味がないと思っていたけど、みんなでできたらいいな。

十一月某日
 あいつは行ってしまった。ぼくにだけはさよならを言ってくれてもよかったのに。本当に宇宙からきたのだろうか。本当は何者だったんだろう。ぼくはからかわれただけかもしれない。でも、あいつの事はきちんと書きとめた。

十一月某日
 おかしな夢を見た。知らない女の子がふたりぼくの日記と記録を読んでいる。やめてくれ、と言っても聞こえないようす。はじめはくすくす笑っていたけれど、やがてふたりは真剣な顔になった。ぼくの伝えたいことがわかったようだ。よかった。これでぼくだけの秘密ではなくなる。
 そう安心したところで目が覚めた

 次の日、午後からヒナが遊びにきた。お父さんはまだ腰が痛くて寝ているし、お母さんは今日も仕事だ。
「どうだった?おじいさんの家」
丸い目を見開いて、心配そうにヒナが言った。
「思ったよりきれいだったよ」
そうじゃなくて、とヒナは首をふる。
「ユマが、つらくなかったかなと思って」
私がおじいちゃん子だったことを知っているのだ。
「大丈夫」
そういってにっこり笑うと、ヒナも安心したように微笑んだ。
「それで、これだよ」
古いノートを見せる。
「うわ、古っ。触るのが怖いね」
ヒナはそっと手をのばした。
「たぶん、おじいちゃんのお兄さんのものだと思うんだ。海洋プラスチックごみの研究をしてたらしいし」
「そうか。昔はプラスチックごみがひどかったらしいもんね。ばんばん使い捨ててたってきく」
「らしいよね、怖い」
ただ便利だからという理由だけで、安くて粗悪なものがたくさん作られてきた時代。どんどん買って、いらなくなったらすぐに捨てて。プラスチックのスプーンなんてものもあって、買い物をしたらもらえたらしい。想像すると、なんだかわびしくて悲しい気持ちになる。
「ちょっと悪いけど、見てみようよ」
並んで座って、ノートを開く。



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