橋の上で会いましょう 第1話

あらすじ
亡くなった人が四十九日までを過ごす朱色の橋。そこにはさまざまな屋台が出ているし、現世を覗く鏡も、劇場もある。生きている人もお盆には来ることができ、会いたい人に会えるかもしれない。急な頭痛で死んでしまった「私」はなにもできないのに現世を覗く意味を考える。中学生の少女は電車に轢かれて亡くなった同級生と再会し、ライブ前に突然死した芸人は橋で芸をみがきながら相方を待つ。生きている間になにもできなかった日高は「地獄中」という札をさげて、やりたかったことを成し遂げなくてはならない。腰の低い鬼たちに導かれ、それぞれの死後を過ごす隙間の場所。

「橋の途中」

 気がつくとたくさんのメッセージが来ていた。私にメッセージがくるなんて珍しい、と手にとるとそれは中学の同級生グループのものだった。
・・Sが行方不明らしいよ。船から落ちたみたいだって。
・・まじで?
・・今、みんなの親も船出して探してるよ。
・・いつの話?
・・昨日Sのこと見かけたよ!
・・じゃあ今日のことなのかな。
・・今朝七時ごろだって。
・・無事に見つかってほしい。
・・早く見つかるといいな。
 同級生グループ、とは言っても地元に残った子たちのやりとりがほとんどだった。私は胸がざわつきながらも、そのやりとりを見守る。
 クラスの半分ほどの家は漁業に携わっていた。農業の家もあるし、両方を兼ねている家もあった。私の家はそのどちらでもなく、少しばかり疎外感があったものだ。Sの家ももちろん漁師で、高校を卒業してからは家業を手伝っていたのだろう。そういう人は珍しくない。小学校も中学校もひとつのクラスしかなかったから、Sのことは小さい頃から知っている。でも仲が良かったことなど一度もないし、思い出したこともなかった。
 でも、無事であってほしい。すぐに見つからないということがどういうことか、考えないようにした。まさか、そんなことがあるはずがない。
 翌日になり、またメッセージのやりとりがはじまった。今度は遠方にいる子たちからも少しずつ送られてくる。
・・早く見つかってほしい。
表現は違っても皆同じことを言い、私も同じ気持ちだった。ただ、この場合の見つかる、とはどういう状況を想定しているのか、それを聞きたいと思った。行方がわからなくなってから丸一日以上が過ぎている。昨日のうちに見つかっていたら、無事だった可能性が高いけれど。でも。
 この状況で無事である可能性はどのくらいあるのだろう。
 その一。少し離れてはいるがどこかに流れ着いて、陸の上にでている。ただ足が折れるなどしていて動けない。怪我や衰弱はあるものの命に別状はない。
 その二。だいぶ遠くまで流されてしまった。でもうまく浮かんで、呼吸ができている。顔は真っ赤にやけどのようになるかもしれないけれど、命に別状はない。
 その三。そもそも船に乗っていなかった。乗っていると誰かが勘違いしたことから起きた騒動。迷惑すぎるけれども、笑い話となる。
 その三はありえないだろう、とわかっているけれども捨てられない。どうかその三であってほしい。捜索している海保や消防などから怒られるだろうし、損害賠償などもあるのかもしれない。だけど、このくらいばかな話であってほしい。だってこんなに見つからないなんて信じられないから。どうか、無事であってほしい。私は強く願ったし、同級生もみんなそうだっただろう。
 しばらくぼんやりしたあと、洗い物をするために立ち上がった。その瞬間、頭が割れたかと思うほどの痛みに襲われた。痛い。痛い痛い痛い。なにが起きたんだろう。なんで。痛い。

 どこからか、いい匂いがする。おいしそうな匂い。お好み焼き、やきそば、たこ焼き。粉ものの、ソースの、おまつりの匂いだ。
 私は匂いをたどってふらふら歩き始めた。もやがかかったように視界が悪い。少し歩くと、朱色の橋が見えた。橋の上にずらりと屋台が並んでいるのがぼんやり見える。少し急ぎ足になって、橋を目ざした。
 たもとまでくると、急に視界がはっきりした。どこまで続くのかわからないほど長い橋。その両脇にずーっと店が並んでいる。りんご飴にわたあめ、射的、金魚すくい、おもちゃ屋、くじ、かたぬき、ヨーヨーすくい。
 おまつりだ。私は嬉しくなって、小走りで橋に近づく。
「はい、ちょっと待ってね」
黒い法被の大きな人に止められて驚いた。さっきまで、こんな人がいることに気がつかなかった。
「橋をわたるのは受付してからですよ」
その人は手に名簿らしきものを持っている。
「名前と住所を教えてください」
素直に答えると、ふんふんとうなずいて、なにやらチェックしている。
「いや、ちょっと待ってください。ここどこですか?私、なんでここにいるんだっけ」
急に混乱する。今日は、なんだっけ。そうだ、Sのことでメッセージがきてて、いろいろ考えて、洗い物をして・・・してない!
「あれ?そうだ、頭が痛くなって、どうしたんだっけ」
一人で混乱している私を、その人は優しく見ている。
「あの、今日って何日でしたっけ?」
でも、ゆっくりと首を振られた。
「日付というものは、こちらにはありません。必要ないですから」
どういうこと?
「説明いたしますので、こちらにおかけください」
左手を軽くのばした。テーブルとイスが用意されている。どのテーブルにも二人ずつ向かい合って座っている。黒い法被の人と、いろいろな格好の人。黒い法被の人はみんな大柄で、窮屈そうに座っている。頭の上にちらりとツノのようなものが見えた気がしたけれど、それどころではない。私たちもあいている席についた。
「さきほどのお話ですと、頭が痛くなったところまでは覚えていらっしゃるんですね?」
確認されて、私はうなずいた。
「でも、そのあと薬を飲んだとか、病院に行ったとかなにも思い出せないんです。もしかして、これって夢ですかね。頭が痛くなって、寝て見ている夢」
相手は神妙な面持ちになった。
「残念ながら、寝て見ているわけではありません。夢といっても間違いではないのですが、これは目覚めることのないものです」
目覚めることがない。それって。
「率直に申し上げますと、あなたはお亡くなりになりました」
「え」
うそでしょ、失礼すぎるでしょ、と言いたかった。
「こちらをご覧ください」
名簿の下から一枚の紙を抜き取り、こちらにすべらせてくる。
「あなたの亡くなったときの様子ですとか、原因などが書いてあります」
私は紙を受け取ろうとして、手が震えていることに気がついた。深呼吸して、紙に目を落とす。どうもあの頭痛は頭の血管が破裂したせいらしい。そしてそのまま死んでしまった。でもたしかに、死にそうなほど頭が痛かったもんな。
「突然のことで驚かれることと思います」
また優しい顔で、ここでの過ごし方を丁寧に説明してくれる。
「これから四十九日までのあいだ、このまつりでお好きに過ごしてください。すべて無料ですので飲んだり食べたり遊んだり、自由です」
それから、古びた木札を渡された。
「四十九日になりましたら、この番号でお呼びします。それまで、橋の向こう側には渡れません。橋の上と、こちら側だけでお過ごしください。わからないことがありましたら、この法被を着たものにお尋ねください」
これで説明は終わった、とばかりに立ち上がるので、続いて私ものろのろと立ち上がる。
さあどうぞ、と手を伸ばすのでそのまま橋の方へ歩いていく。さっきとは打って変わって、ゆっくりと足をかけた。

 橋の上はにぎわっていた。私はゆっくりと両側の店を眺めつつ歩いた。わたがし、たこやき、射的、りんご飴、ヨーヨー釣り、アイス、かき氷、やきそば・・・。お客さんはさまざまだ。病院の寝間着姿の人もいれば、ぴしっとスーツの人もいる。ワンピース姿の人も、部屋着の人も。お店の人は影のようになっていてよく見えない。
 さて、なにか買ってみようか。そう思った瞬間とびこんできた、生ビールの文字。私はいそいそとそのお店の前に行った。
「ビールください」
すぐさまよく冷えたジョッキにビールが注がれる。気泡をはらんだ金色の液体にきめこまやかな白い泡。ビールに目がくぎづけだったので、やたら大きな手が渡してくれた、ということしか覚えていない。
「横に飲んで行けるスペースもあるよ」
低い声が、大きな手を振って教えてくれた。お礼をいってそちらにまわる。ビールケースがいくつかさかさまに置いてあって、数人が座れるスペースがあった。こぢんまりしていて、なかなか楽しそうだ。
 座ってゆっくりとジョッキを口に運ぶ。まず泡が、そして冷たいビールが流れこんでくる。すこし苦みの強い、私好みのビール。
「ふーっ」
はりつめていたのだろう神経がふっとゆるんだ。まさか死んでいるなんて。全然実感がわかないなぁ、とぼんやりする。そのままなんとなく行き交う人を眺めていた。するとなんとなく見覚えのある男の人がジョッキを片手にやってきた。どうも、とお互い会釈をしてから思い出す。Sじゃないか。そう思ってぱっと顔を向けると、その人もこちらを見て、自信なさげに私の名前を呼んだ。
「そう。やっぱりSか」
「うわ、久しぶり。成人式以来?」
いや、もっと最近Sの名前を耳にした、と考えてはっとする。そうだ。転落事故。
「みんな心配してたよ。行方不明って聞いて。中学のグループにメッセージがきてさ。無事にみつかるといいねって・・・。いや、ちょっと待って、ここにいるってことは」
いいよどむ私を見てSはうなづく。
「見つかったかはわかんないけど、まあ、手遅れだったんだろうね」
「なにがあったの?」
発作が起きて、とSは持病を口にした。やっぱり、そうかもねってみんな言ってたよ、と少ししんみりしてビールを飲む。こんなときでも苦さと発泡が爽快だ。
「そっちはなんで?」
Sはこちらに振ってきた。
「なんか頭が痛くなって、気付いたらこっちにいた」
ああ、と痛ましそうな顔でうなづく。いつのまにか二人ともジョッキが空になっていた。
 じゃあ、またどこかで会うかもね、といいつつ別れ、それぞれ歩き出す。橋の中程までくると、小さな建物があった。現世之鏡、と札が出ている。興味がわいて中へはいるとすぐに受付があった。黒い法被の小柄な人が座っている。
「こんにちは」
「こんにちは。あのう、ここはどういった・・・」
その人は立ち上がり、受付から出てきた。
「ここからは現世をのぞくことができます。ご家族や恋人、職場など気にかかることがあればどうぞ。どこでも」
家は見たくない。帰ったら家族が死んでいる状況になったみんながどうしているのか、想像するだけで胸が痛む。私ならびっくりするし、どうしていいかわからない。悲しむ姿は見たくない。
「たとえば好きだった場所とか景色でも」
アドバイスをくれるが、これといって思いつかない。そう言うとうなずいて
「もし見たい場所があったら、またいつでもお越しください」
と言ってくれた。私はお礼を言って建物を出て、またうろうろを始める。今度はやきそばとビールをもらって、ベンチで食べる。この橋はいたるところにベンチやら空きケースやらが置いてあって、すきな隙間で飲み食いできる。
「なにかお困りですか」
余程暗い顔をしていたのだろうか、黒い法被の人が声をかけてきた。私はさっきの建物で思ったことを話す。その人もとなりに空きケースを持ってきて座り、うんうんと聞いてくれた。
「こちらが見たところでどうにもできないし、なにも伝えられないじゃないですか。みんなどういう気持ちでのぞくんだろう。子どもとかいる人はやっぱり心配なんだろうけど、でもよけいに辛く悲しくならないのかな」
「そうですねえ」
ゆっくりとうなずき
「一年に一度だけですが、会う方法はあります」
この橋の説明をしてくれた。
「この橋は亡くなったあとのひとときを過ごす場所ですが、お盆の間はあちらとそちらの架け橋になるのです。会う方法はいくつかありますが、最近主流なのは会いたい人の夢枕に立ち、この場所を告げるというやり方ですね。もしその人がその夢を覚えていられたら、ここに来るでしょう。そしたら一晩だけ、この橋で過ごすことができます。もう何年もここで会っている方々もいますよ」
まるで織り姫と彦星のようですね、と微笑んだ。
 夢枕か、と私は腕を組んだ。夢に見たところできっと覚えてないだろうな。まあいい。お盆まであと一年近くあるし、そのときにまた考えよう。そう言うと男の人は安心したような顔をした。
「そうですよ。時間はいくらでもありますから、ゆっくり考えてください。次のお盆でも、その次でもいいんです」
 私はお礼を言って立ち上がる。橋はまだ広い。ほかにどんなものがあるのか、ゆっくり見てまわろう。




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