橋の上で会いましょう 第5話

「橋を渡る日」

 橋の上をゆっくり歩いていくと、劇場を見つけた。小さいけれど木でできた趣のある建物。カラフルなのぼりも立っている。案内を眺めてみると、今日はお笑いライブがあるようだ。
 こんなところでもお笑いがあるんだ、と感心していた私は息が止まりそうになった。なんで、なんで彼の写真がこんなところに。ずっと応援していた、まだ売れてない芸人のサカサナマズ。そのツッコミの小山田くんがいる。しかも昨年亡くなった大物芸人の松下とコンビを組んだらしい。これは絶対に観なくては。
 すぐに入り口に向かう。小さく見えた建物だけど、いろいろな催し物があるようだ。大ホールでは有名ミュージシャンのライブをやっている。私が向かうのは少し小さめのホール。どきどきしながら席につくとすぐにブザーが鳴り、暗くなった。息をつめてステージを見つめる。
「はいどうもー」
軽快に出てきた松下と、緊張ぎみの小山田くん。松下が次々に繰り出すボケにツッコミが追いつかない。それにずっと甘噛みしている。
「おまえ、なんなんだよ!ちゃんとやれよ!」
ついに松下がキレて帽子を投げ捨てる。
「ぼくだってやろうとしてますよ」
小山田くんも怒り、詰め寄り、仲直りまでがお約束。みんなが知ってるギャグだけど、まさかこんなところでこの2人がやるところを観られるとは思わなかった。その後も続くやりとり。松下の体を張りまくったネタ。死後でなければできないんじゃないかというほど斬新なボケもあった。
 私は死んでから初めておなかを抱えて笑った。笑って笑って、涙が出るくらい。2人が亡くなっていることはショックだけど、このネタが観られてよかった。小山田くんがこっちにいるということは、サカサナマズはどうなっているのだろう。片岡さんの様子を知りたい。
 劇場を出ると、私はすぐに現世之鏡に向かった。受付にいるのは小柄だけどれっきとした鬼だと、もう知っている。
「こんにちは」
にこやかに挨拶される。
「こんにちは。あの、知りたいことがあるんですけど」
「ええ、どうぞこちらへ」
小部屋に案内され、真っ黒な板状の鏡を覗き込む。片岡さんのようすを知りたい。芸人を続けているのか、どうなったのか。
 鏡を覗いた結果、サカサナマズ片岡という芸名で続けていることがわかり、ほっとした。なんだか涙も出る。生きている間はライブにも行けなくて、配信でしか見られなかった。サカサナマズの2人に会ってみたかったけど、もう叶わない。だけど、小山田くんを見られたし片岡さんの様子もわかった。2人はそれぞれの場所で笑いを追い求めていく。それだけで十分だ。
 小山田くんはここで芸人を続けながら片岡さんを待つのだろう。私はもうすぐ橋を渡ることになるけれど、彼らのことを知れてよかった。
 真っ黒な板に戻った鏡を置き、席を立つ。さあ、橋を渡る日までもう少しビールを楽しもう。

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