破壊ゲーム 3

 記録を読み終わって、私とヒナはぼうっとしていた。日記はまだ数日続いているけど、少し休憩をいれたい。
「ちょっと、飲み物もってくるね」
シナモンミルクティーを淹れて戻ると、ヒナはおやつを用意していた。
「クッキー焼いたの、忘れてた」
それぞれに物思いにふけりながらほろほろのクッキーをつまみ、甘い紅茶を飲む。ぽつり、ぽつりと言葉が落ちる。
「これ、本当のことかな」
「どうだろ。小説かな」
ヒナは手をぬぐって、またページをめくった。
「でも小説家じゃなくて研究者になったんでしょ。もしこれがフィクションなら、小説家になるんじゃないかな」
「うーん」
おじいさんのお兄さんの名前を検索する。海洋プラスチックごみ問題に取り組んだ人としての功績がでる。
「え、なんかすごそう」
検索結果を見せるとヒナが驚いた声をあげた。従来のプラスチックはどんなに分解しようとしても小さくなるだけで自然に返ることはない。そのプラスチックの処分方法を研究していたらしい。
「サイトウシステムってユマのおじいちゃんのお兄さんが考えたんだ」
知ってた?ときかれ、私は首を横に振る。そんな話、家ではぜんぜんしたことがない。
「ユマの家では当然のことすぎて話題にならないのかもね」
ヒナは画面を操作して、あるページで手をとめた。網にからまっておぼれている海鳥や、鼻にストローがささったウミガメの写真がある。
「痛そう。かわいそうに」
私も顔をしかめた。こういうのは知りたくない。本当は知らなくてはいけないのだろうけど、かわいそうだから直視したくない。当時の記録にはあと数十年で海の中は生き物よりプラスチックが多くなると書いてあった。
「海かあ」
私はタブレットを操作して部屋の中に海を出現させた。青くどこまでも広がる海。銀色の魚の群れ。カラフルなきれいな魚も、大きくて黒い魚もいる。海底ではタコやカニが歩いていて、岩には珊瑚やイソギンチャク、ウミウシたち。
 イルカの群れが海面近くで遊んでいる。次から次へとおいかけっこみたいに跳ねる。クジラもゆったりと泳いでくる。白と黒の模様がかわいいシャチも、大きな口をあけたサメもいる。リュウグウノツカイが優雅に身をくねらせ、コウモリダコがゆっくりと横切っていく。ジュゴンもアザラシもいるし、ステラーカイギュウだっている。でも、誰も襲ったり襲われたりすることはない。みんなそれぞれの動きで泳いでいる。誰も干渉しないし、干渉できない。電源を入れたら存在するし、消したらなくなる。デジタル世界の海だ。
 私が知っている海はデータでしかない。本物の海は見たことがないし、そこに生き物はいない。
 海だけじゃない。森も川も草原も、青い空ですら本物を見たことはない。天気はしっかり管理されている。その中でなければとても生きていけないくらい暑かったり、嵐が起きたりする。ペットだってロボットか画面の中にいるか、どちらかだ。私たちの周りはすべて人工的に作られたものばかり。おじいちゃんの家や、このノートのように手に触れて読めるものは本当に貴重なものなんだ。
「ごめん、ちょっと呼ばれたから行ってくるね」
ヒナのアイコンが動きをとめる。画面の中の私のアイコンはノートらしきものを手にぼんやり座っている。現実の私はタブレットを手にぼんやり座っている。
 おじいちゃんのお兄さんはこの世界を見たらなんと言うんだろう。どっちが勝って、どっちが負けているのか。自然を取り戻す、というスローガンをかかげる企業や団体はたくさんあるけれど、本当にそんなことができるのだろうか。
「もう、この星は負けたのかな」
つぶやいたときにヒナが戻ってきた。
「ただいま」
「ヒナ、この星は勝てると思う?」
ヒナは少し考えた。
「この星に生きているものがいる限りは負けてないんじゃないかな。でもその生きているものが「我々」の目的をひきついだ人間だけになったとしたら、負けてるのかもしれない」
今、この星に人間以外の生き物が存在しているのだろうか。私は不意に怖くなった。信じていたものがすべて消えて、闇に取り残されたような気持ち。
「ヒナ、私たちはどう生きたらいいんだろう」
「それを、これから考えて生きたらいいんじゃないかな」
画面の中の私たちは手をにぎりあう。
「もう、戻れないのかもしれないけど、やれることはやってみよう」
私たちは生きている。この星がこんなふうになったのは、私たちのせいというわけではないけど、でもまるっきり無関係ということではない。この星に関することは、すべて私にも関係があることだ。この星が生きていけないのなら、私だって生きることはできないだろう。
「小さなことでも、やらないよりはましってことだよね」
ヒナがおっとりと言い、私がうなずく。
 まずは、この記録をデータ化することから始めよう。

  十二月某日
 この間夢で見た女の子たちがまた夢にでてきた。ぼくのほうを見て一生懸命なにかを言っている。でもぼくには声が聞こえない。一人の子がぼくの日記を手にしているのが見えた。もうそれは君たちにあげるよ。好きにしたらいい。聞こえないとはわかっていても、ぼくも声をはりあげた。

 十二月某日

 あいつのことも、その前のUFOのことも夢だったのかもしれないと思う。なんだかもうはっきり思い出せない。ただ日記や記録に書いてあることがすべてだ。
 あの女の子たちの夢ももう見ない。今思うとひとりの子はぼくに似ていたような気がする。もしかするといつか、誰かがこの日記を読むかもしれないからはっきり書いておこう。
 あいつは本当にいた。起こったことも本当だ。信じられないかもしれないけど、ぼくにとっては本当のことだ。現実をどうするかは君たち次第だけど、ぼくには勝ち負けはどうでもいい。ぼくたちが勝つことより、この星が生きることのほうが大切だ。だからぼくはそのためにできることを少しずつやろう。ぼくひとりにできることは限られているけれど、やらないよりはましだろう。この星がずっと豊かな星であるように。もう遅いかもしれないけど、ここから始める。
 君はこれからどう生きるんだろう。

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