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「イヌジニ」3

《3場》動物愛護センター・預かり所
 
ココアが「北の宿から」を歌っている。
聞いているハム吉、グリコ。隅で震えているマリー。

あなた変わりはないですか 日毎寒さが募ります
着ては貰えぬセーターを 寒さこらえて編んでます
女心の未練でしょう あなた恋しい北の宿

グリコ 「はい拍手!」
ハム吉 「おい」
ココア 「はい?」
ハム吉 「気が滅入る歌歌ってんじゃねえよ」
ココア 「ごめんなさい。この歌しか知らなくて」
ハム吉 「せめてAKBとかさ、元気になるような歌、歌ってくれないもんかねえ」
グリコ 「じゃあ私が歌おうか?」
ハム吉 「やめて。グリコの歌は歌になってないから」
グリコ 「会いたかったー、会いたかったー、会いたかったー、イエス!」
ハム吉 「だからやめろって言ってるだろ!オンチ!」
グリコ 「オンチじゃないもん」
マリー 「やめて!」
ハム吉 「ホラ、やめてって」
マリー 「やめて!やめて!やめて!」
ココア 「どうしたの?マリー」
マリー 「あんたたちバカじゃないの?私たちはもうすぐ死ぬのよ。死ぬしかないの。それなのにあんたたちは呑気に歌を歌ったりふざけたりしてあんたたちは死ぬのが怖くないの?」
グリコ 「怖くないわけないじゃん」
ハム吉 「しょうがないだろ。死ぬのは決まってんだ」
ココア 「死ぬなんて思いたくない。私はまだ終わりに出来ないから」
ハム吉 「そんなのあんたが決めることじゃねえよ」
グリコ 「終わりにできないって?ココアどういうこと?」
ココア 「私はずっと踊り子さんたちに育てられたの。旅に行くときもいつも一緒。一座のアイドルね。踊り子さんの大粒の涙もいっぱい舐めてあげたわ。・・・でもただ一度、座長さんに歯向かってしまって連れて来られたのがここ・・・でもみんな私を探してくれてるだから、私はまだ死んではいけないの」
ハム吉 「踊り子さんたちが探しに来てくれると信じてるのか」
ココア 「そうよ。おかしいかしら」
ハム吉 「おかしいに決まってるじゃねーか。外を見てみろよ。あれは今までここで殺されてきた連中の墓だ。飼い主に見捨てられた奴らだよ。あの墓の中の連中もきっとあんたみたいに思って死んでった。でも見てみろよ、あの墓に手を合わせに来た人間なんていないじゃねーか」
ココア 「それは・・・」
ハム吉 「あいつらとあんたは違うってか?そんなことはねえよ」
マリー 「うるさい!穏やかに時間を過ごさせて!」
ココア 「ごめんなさい」
ハム吉 「・・・」
グリコ 「人間ってそんなものなのかなあ」
ココア 「じゃあグリコは一緒に住んでた人に二度と会いたくないの?」
グリコ 「そりゃ私を連れ戻しに来てくれるなら嬉しいよ。でもそんなこと絶対にない」
ハム吉 「お前らは人間と住んだことがあるからいいよ。美味いもん食わして貰ってたんだろ?」
グリコ 「そうよ。外はサクサクで中はもっちり。名前は忘れちゃったけど死ぬ前にもう一度あのドッグフードを食べたかった。楽しかったなあ。いっぱい一緒に遊んだり、一緒に笑ったり。ある日、引っ越しをするからって一緒に連れて行ってもらった。でもその新しいマンションに引っ越す日・・・私は」
ココア 「どうしたの?」
グリコ 「・・・ここに連れて来られたのよ」 
ハム吉 「うわっ!悲惨だな」
ココア 「グリコじゃなくて素敵なマンションライフを選んだわけね」
ハム吉 「ペット禁止ってやつだ」
グリコ 「そんな言い方しないでよ!」
マリー 「やめて!静かにしてって言ってるでしょう!」
ハム吉 「なあ、マリーってどこの人?」
マリー 「東京に決まってるでしょう」
グリコ 「そうだよ。東京に決まってるじゃん」
ハム吉 「ん?(鼻を動かして)おい、安西だ。メシだぞ」

カギが開けられ金属の扉が「キイ」と開く。
やってくる安西。

安西  「ただいま。新しい仲間を連れて来たぞ」
ハム吉 「なんだよメシじゃねえのかよ」

のっそり現れるオリビア。
安西は部屋の掃除を始めている。

ハム吉 「なんか汚ないのが来たな」
オリビア「聞こえてるぞハゲ」
ハム吉 「ハゲだあ?」
オリビア「すまない。名前も知らないものだから」
ハム吉 「俺の名はハム吉だ」
オリビア「よろしくな、ハゲ吉」
ハム吉 「ハム吉だっての」
安西  「お、ハム吉とクロちゃんは気が合いそうだな」
ハム吉 「合わねえよ。バカか安西」
グリコ 「ねえ、クロちゃんは脚が悪いの?」
オリビア「そんなに珍しいもんじゃねえだろ」
ハム吉 「クロちゃん走れないんだ」
オリビア「ここで走る必要はないだろう。そして言っとくけど俺のことクロちゃんって呼ぶな」
ハム吉 「なんで?」
オリビア「そう呼んでるのはあいつだけだ」
グリコ 「あれ安西ね。死刑執行人」
オリビア「死刑執行人ねえ」
安西  「(くしゃみ)」
グリコ 「優しい顔してるけどね」
ハム吉 「おい。なんで安西はあんたのことをクロちゃんって呼んでるんだ?」
オリビア「知らない。意味が分からない」
ココア 「ねえクロちゃん、本当の名前はなんて仰るの?」
オリビア「なんだこのオカマちゃんは?」
ハム吉 「オカマちゃんって!」
ココア 「まあストレート!この客席でもそんなにストレートに言う人ってなかなかいないわよ。でも、そういう殿方嫌いじゃないわ」
オリビア「好きになられても応えてやれないけどな」
ココア 「あら!どうかしら」
オリビア「どうせここに来たら死ぬだけなんだろ?」
ハム吉 「実も蓋もないこと言わないでくれよ」
マリー 「死ぬだけ?あなた今、死ぬだけって言った?」
オリビア「何だよ」
マリー 「死ぬだけだなんて言わないで!」
オリビア「残念だったな。ここにいるヤツは全員あとは死ぬだけだ」
マリー 「何言ってんのよ。あなただって死ぬのよ。死ぬのは怖いでしょ?」
オリビア「いや、そうでもない」
マリー 「死ぬのが怖くない人なんていない。強がってないで言えばいいのよ。死にたくないって」
安西  「マリーどうした?キャンキャンうるさいぞ」
マリー 「安西うるさい」
オリビア「悪いな。俺は死にたくてここに来たんだ」
マリー 「え?」
ハム吉 「クロちゃん、正気か」
オリビア「ああ。人間は自分で命を絶つ方法を知ってるらしいが、俺たち犬はそんな方法を知らない。だからここへ来た。それだけだ。そして俺はクロちゃんじゃねえ」
ココア 「どうして死にたいの?」
オリビア「話聞いてないなオカマ野郎」
ココア 「オカマ野郎じゃないわ。ココアよ。ねえ、どうして死にたいだなんて言うの?」
オリビア「じゃあ聞くが、お前らは何で生きていたいんだ?」
ココア 「え?なんで生きていたいかって・・・」
グリコ 「うーんとー」
マリー 「そんなの死にたくないからに決まってるじゃない」
ハム吉 「死んだら美味いもんも食べられなくなるし」
グリコ 「そうよ。私はあのドッグフードをもう一度食べたいの」
オリビア「ドッグフードか。じゃああんたはドッグフードを食べたら死んでもいいんだ」
グリコ 「いやそういうわけじゃ。でもあのドッグフードを食べないで死ぬなんてイヤ」
ココア 「クロちゃんには心残りはないの?このまま死にたくないと思うような」
オリビア「だからクロちゃんじゃないって。何かあれば生きていたいと思うのかも知れないが、ないな」
マリー 「だから死にたいなんて、私はそんなの信じない」
オリビア「ま、価値観の相違ってやつだ(隅に行く)」
ココア 「価値観の相違・・・」
ハム吉 「変なヤツ」
グリコ 「あれだけ言うってことは自分から率先してドリームボックスに志願してくれるんでしょうね」
ハム吉 「さあな、ああいうヤツほど直前になって泣いたりするんだぜ」
オリビア「(見る)」
ハムグリ「(目をそらす)」
安西  「そろそろごはんか」
ハム吉 「さっさと持って来てくれよ」

安西出ていく。

ココア 「マリー、死ぬことばかり考えるのはやめない?クヨクヨしたって楽しく過ごしたって同じ時間なのよ。だったらせめて楽しく過ごしたほうがいいじゃない」
マリー 「そんなの、逃げてるだけじゃない」
グリコ 「どういうこと?」
マリー 「あんたたちはみんな現実から逃げてるだけ」
ココア 「違うわ。限られた時間を『死ぬこと』ばかり考えて過ごすのはつまらないからよ。耳を澄ましてみて。ホラこの一瞬だって時間は進んでいく、この一瞬も私たちが生きてる時間。さあ、楽しい歌でも歌いましょうよ」
グリコ 「僕らはみんなー生ーきている、生きーているから嬉しいんだ」
マリー 「生きてるから嬉しいんでしょ」
グリコ 「ああ、下手こいたー!」
マリー 「あーあ。打算的な考えができるあなたたちが羨ましい」
ハム吉 「まあそれぞれ好きにすればいいんじゃね?死にたくてここに来た奴だっているんだし」

安西が食事を持ってやって来る。(豆)

安西  「お待たせー!ごはんだよー」
ハム吉 「メシだメシだ!・・・ってまた豆かよ。しかもこれっぽっち」
グリコ 「酷いよ安西。こんなんじゃミジメになるだけじゃない」
ハム吉 「おい安西!肉だ肉。肉を出せ。俺たちはベジタリアンじゃねえ」
グリコ 「雑食よ!」
ココア 「贅沢言わないの。普通はずっと絶食させられてからドリームボックスに連れて行かれるらしいわよ」
グリコ 「はああ。こんなとこで絶食?ありえない」
オリビア「ドリームボックスって?」
ココア 「ガス室。つまり死刑執行場のこと」
オリビア「ドリームボックスねえ・・・夢の箱か。ブラックジョークも甚だしいな」
ココア 「箱に犬を入れたらボタンを押すだけ。それで私たちはおしまい」
オリビア「ふーん」
グリコ 「マリー・・・ほら食べて!」
マリー 「いらない」
グリコ 「食べないと、元気出ないよ」
マリー 「元気になってどうしろっていうのよ」
グリコ 「元気なほうがいいじゃん」
マリー 「気にしないで。豆が嫌いなだけだから」
安西  「あれ?お前は食欲がないのか?」
グリコ 「マリー・・・」
オリビア「マリーさんよ、あんたはもう死んでるのと同じようなもんだな」
マリー 「なんですって!」
オリビア「あんた死ぬことばっかり考えてるだろ。死にたくない死にたくないってそればっかり」
マリー 「だから何よ」
オリビア「あんたは『死』に支配されてるんだ。『生きたい』んじゃない、『死にたくない』だけだ」
マリー 「何?とんち?バカバカしい」
オリビア「かといって能天気を気取って本音を隠してるのも空しいけどな」
ハム吉 「俺たちのことか?」
グリコ 「偉そうに」
ココア 「じゃあどうすればいいっていうの!」
オリビア「さあな。ただ生きてるだけでお前らの願いが叶うのか、俺なら願いを叶えるための方法を考えるけどな」
ハム吉 「そんなこともうやり尽くしたよ」
グリコ 「私たちがこの檻に何度体当たりしたと思ってるのよ」
ハム吉 「無理なんだよ。ここから出るなんてことは」
グリコ 「檻に体当たりするって超痛いんだから」
オリビア「で、この檻の中で生きてるだけでいいことにしたと」
グリコ 「何この新入りムカつく」
ココア 「生きてるだけで願いが叶うなんて思ってないわ。でも死んじゃったらもう絶対に叶わないじゃない。死にたいなんて言うあなたよりも全然マシよ」
オリビア「じゃあ聞こう、あんたの願いはなんだ?どうしたら死んでもいいと思える?」
ココア 「私の願いは私を愛してくれた人たちに感謝を伝えることよ」
オリビア「それが叶えば死んでもいい、そういうことか」
ココア 「そうよ」
オリビア「で?その願いが叶ったら、今度はその人と一緒にいたいと思う」
ココア 「それは・・・」
オリビア「いいんじゃないか。ただ人間に愛情を注ぐことに何の躊躇もないあんたに疑問は感じるけどな」
ココア 「あなた、淋しい人ね」
オリビア「俺が淋しい?」
ココア 「あなた人間に愛されたことがないんじゃないの?」
オリビア「愛されたこと?わからないな」
マリー 「分からないって何よ」
オリビア「人に愛されてたのかどうかなんて。お前らは分かるのか?」
グリコ 「私は愛されてたって信じてる」
オリビア「捨てられたのに?」
グリコ 「それは、仕方なく」
ハム吉 「こいつは高級マンションライフに負けたんだ」
オリビア「飼い主の引っ越しで捨てられたパターンか。マンションに負けといてそれでも愛されてたと思うのは、変だぞ」
グリコ 「うるさい。黙れ!」
オリビア「いいか。ここにいる連中は誰も愛されたことなんてない。捨てられたんだ」
グリコ 「違う。違うよ!」
オリビア「違わないだろ?捨てられたのは事実だ。事実だからここにいる。勘違いするな」
ハム吉 「そんな風に言わなくてもいいじゃねえか」
オリビア「ハゲ、お前も捨てられたんだ。勘違いするな」
ハム吉 「俺は人間に飼われたことはない。最初の記憶が段ボールの中だからな」
オリビア「根っからの野良犬か。ならお前が一番まともかもな。人間に愛されてたなんて思ったこともないんだろ」
ハム吉 「ねえよ。ねえけどよ。人間は時々俺みたいなのにもメシをくれることがある。愛されてたなんて思わないけど、俺はそんなに人間は嫌いじゃねえよ」
オリビア「俺は人間なんて大嫌いだけどな。気分次第で俺たちを扱う」
ココア 「あなた犬よね?」
オリビア「あれ?黒いバッファローだと思ってた?」
ハム吉 「ん?なんだこのニオイは?」
グリコ 「ワクワクしてくるこのニオイ・・・」

扉がキイと開く音。
サクラがドッグフードの缶詰を袋一杯にしてやって来る。

安西  「あれ?サクラ。どうした?」
サクラ 「みんなごめんね、そんなごはんばっかりで」
安西  「やっぱり聞こえるのか?犬の声」
サクラ 「うん。町中の犬の声が日本語で耳に入ってくる」
ハム吉 「何だ?お前、何か聞こえるのか?」
サクラ 「あなたたちの気持ちが聞こえるの。はっきりと」
ハム吉 「うわ、答えた」
サクラ 「答えるわよ。あなたが質問したんでしょ」
オリビア「(じっと見て)手前、ウソをつくなよ?」
サクラ 「本当よ。私はあなた方が喋ってる声が分かるの」
ココア 「まさか。そんな人間今まで会ったこともないわ」
サクラ 「さっき誰か肉を食わせろって言ってたでしょ?」
ハム吉 「俺だ、俺!」
サクラ 「外はサクサク、中はもっちりって言ってたのは?」
グリコ 「私よ」
サクラ 「あなたたちの声が聞こえたからこれ、買って来たのよ」
犬たち 「おお!」

ドッグフードに群がって美味い美味いと食べている。

グリコ 「これよ!夢にまで見たドッグフード『カリカリッチ』」
オリビア「お前、これ食べたら死んでもいいんだよな」
グリコ 「え?」
オリビア「俺が死ぬ時付き合ってくれよな」
安西  「なんだってこんなものを買ってきたんだ?」
サクラ 「たまには肉も食わしてくれ、って言ってたから」
安西  「え?・・・そうだよなあこんなんばっかり食べてたら飽きるよなあ。でもなあ」
サクラ 「何?」
安西  「こいつらもいずれは処分対象になる。その時におなかに食べ物が入ってると苦しいんだ。少しでも苦しまなくて済むためには肉とかは食べさせないで、量も少ないほうがいい。だから・・・」
グリコ 「何?死ぬときのためのダイエット食だったの?」
ハム吉 「みたいだな」
サクラ 「みんな聞いてるよ」
安西  「あ、ゴメン」
グリコ 「私、苦しんでもいいから死ぬ前はいっぱい美味しいものが食べたい」
マリー 「じゃあグリコ、あなたは今日これ食べたら死んだほうがいいわ」
グリコ 「ひどいこと言うよねー」
サクラ 「苦しんでもいいから美味しいもの食べてから死にたいって」
グリコ 「何で安西に言うの!やめて!まだ私死にたくないから」
サクラ 「でもまだ死にたくないって」
安西  「え?そう言ってるのか?」
グリコ 「そんなの当たり前でしょ」
マリー 「じゃあ安西は死にたいの?」
ハム吉 「考えてからモノを言えよ」
サクラ 「死にたくないのは当たり前だって」
安西  「そんなこと言ったって、俺だってこんな仕事したくないんだ」
サクラ 「やめればいいんだよ犬を殺す仕事なんて」
マリー 「そうよ。やめなさいよ」
グリコ 「やっぱり殺されたくない!」
ハム吉 「そうだよ、殺されたくないよ!」
マリー 「私たちを殺さないで!」
ハム吉 「そうだよ、殺さないでくれよ!」
ココア 「ほらあんた、通訳しなさいよ!」
ハム吉 「そうだよ、通訳しろよ!」
サクラ 「みんな怒ってる。殺されたくないって」
安西  「いい!いい!言わなくていい!言わないでくれ!頼む!言わないでくれ!」
サクラ 「・・・」
安西  「分かってる。みんな殺されたくないよな。こんなとこで殺されるなんて理不尽だよな。嫌だよな。分かってる。俺だって嫌だよ。お前たちこの檻を破って逃げてくれよ・・・でもこの檻、頑丈なんだよ。無理なんだよ逃げるなんて・・・俺だってお前らを殺したくない。でも仕方ない、仕方ないんだ。仕事なんだよ。お前たちを殺すことが俺の仕事なんだ」
サクラ 「お父さん」
安西  「ごめん」
オリビア「じゃあ何とかしろよ」
サクラ 「え?」
ハム吉 「そうだよ、お前が何とかしろよ」
マリー 「考えてよ。私たちを殺さない方法!」
グリコ 「安西ならなんとかなるでしょ?」
サクラ 「お父さんが何とかしろって」
安西  「え?何とかしろって言われても・・・どうしたら」
オリビア「お前の仕事と犬の命、どっちが大切なんだ?全部言い訳じゃねえか」
サクラ 「言い訳ばっかりだって」
安西  「言い訳ばっかりって。サクラがそう思ってるからそう聞こえるんじゃ」
サクラ 「何でそういうこと言うの?いいよ別に信じなくても」
安西  「ごめん、信じてる。実際こいつら俺の言ってること理解してるみたいだし」
サクラ 「全部分かってるよ」
ハム吉 「俺たちがどこで育ったと思ってるんだよ」
グリコ 「人間に育てられたんだから人間の言葉が分かるに決まってるじゃん」
サクラ 「なるほど。そりゃそうだ」
安西  「なんて?」
サクラ 「人間に育てられてるんだから人間の言葉が分かるのは当たり前だって」
安西  「そりゃそうだな」
ココア 「それなのに人間は犬の言葉を理解しようとしない。何故かしら?」
サクラ 「確かに」
安西  「喋ってるんだよなあ。犬たち・・・」
サクラ 「何で人間たちは犬の言葉を理解しようとしないんだ?って言ってる」
安西  「だってワンワンしか言ってないじゃないか」
グリコ 「安西は全然分かってないね。理解する気すらない」
ハム吉 「人間は犬の言葉を知らなくても困らないからな」
サクラ 「人間は犬の言葉を知らなくても困らないから理解しようとしないんだって」
安西  「そう言われてもねえ」
オリビア「いや。むしろ知ったら困るからだろう」
サクラ 「え?」
オリビア「つまり人間は犬の言葉を知ったってプラスはない。困るだけだと思ってるから知ろうとしないんだ」
サクラ 「困るだけ・・・?」
安西  「なんだ?クロちゃんは何か困ってるのか?」
オリビア「やめろ!俺はクロちゃんじゃねえ」
サクラ 「ごめんねお父さんがこんなで。あなた名前は」
オリビア「俺の名前は・・・オリビアだ」
マリー 「オリビア・・・」
犬たち 「オリビアー?(笑い出す)」
ハム吉 「こんなおっさんが」
グリコ 「オリビアって!」
マリー 「女の子の名前じゃない!」
ココア 「ニューハーフじゃないわよね」
オリビア「そんなはずあるか!」
オリビア「仔犬の頃はメス犬に間違われるくらい可愛かったんだ」
安西  「サクラ、みんな何て言ってるんだ?」
サクラ 「この子はクロちゃんじゃなくて、オリビアだって」
安西  「オリビア?クロちゃんでもいいじゃん」
オリビア「俺はこの名前に誇りがある。人生の最後にクロちゃんなんて呼ばれたくない」
サクラ 「だって。で、オリビアさん、人間が犬の言葉を理解したらどうして困るの?」
オリビア「お前自分が犬と喋れるのに分からないのか?」
サクラ 「ごめん」
オリビア「これだから人間は信じられない。自分のしてることを全く理解していない」
サクラ 「どういうこと?」
オリビア「このオッサンがいい例だ」
サクラ 「ん?」
オリビア「オッサンが殺処分する犬たちをドリームボックスに連れて行くとき犬の言葉
が分かったら、それでもこいつは死刑執行のボタンを押せると思うか?」
サクラ 「絶対に無理だと思う。今だって泣きながら仕事してるみたいだから」
安西  「余計なこと言うな」
オリビア「言葉が分からなければ犬の気持ちを気付かないフリができる。ごまかせる。見てみないフリができる」
サクラ 「でも実際言葉は分からないから」
安西  「で?何で犬の言葉を理解したら困るんだ?」
サクラ 「ほら!全然分かってない」
安西  「サクラ、話に入れてくれよ」
オリビア「だから言ってるだろう。分からないんじゃない。分かろうとしないんだ。自分で自分の耳を塞いでいるんだ。人間が言葉を分かればこんな施設作ろうなんて考えるはずがない」
サクラ 「分かろうとしないから犬を殺せる・・・」
安西  「俺のことか?俺のことだよな?」
サクラ 「ちょっと待ってって!」
オリビア「いいか。犬と人間には信頼関係があるから一緒にいられるんだ。犬が一方的に飼われてるわけじゃない。人間はこのことをすぐ忘れるけどな」
サクラ 「ねえオリビア、オリビアは飼い主と話ができたの?」
オリビア「出来てたらこうなってない」
サクラ 「ごめん。じゃあどうしてその足は動かなくなっちゃったの?」
オリビア「折られ・・・」

松坂が入ってくる。

松坂  「あの、すいません」
安西  「はい」
松坂  「殺処分の担当者の方がこちらにいるって聞いたんですが」
安西  「はい。はい。担当は私ですが」
松坂  「実は猫を一匹処分していただきたくて」
安西  「はあ」
サクラ 「お父さん!あっちで話して」
ハム吉 「俺たちは構わんよ」
マリー 「何?隠しごと?」
安西  「どうぞこちらに・・・あれ?もしかしてトップブリーダーの松坂さんじゃありませんか?」
松坂  「はい。私がトップブリーダーの松坂『ハッピードッグ松坂』の松坂です」
グリコ 「いけすかない」
ハム吉 「松坂松坂うるせえな」
サクラ 「黙って!」
安西  「雑誌で拝見してます。あれ?でも松坂さんって動物の殺処分には反対の立場を取られてたんじゃ?どうしてここに?」
松坂  「実は処分していただきたいのは僕の姉が飼っていた猫なんです」
安西  「お姉さまが」
松坂  「姉は占い師をやってまして」
安西  「はあ」
松坂  「なんでも風水で猫を飼わないほうが金運が良くなるから猫を手放したいと言われまして」
安西  「ふ、風水・・・ですか」
グリコ 「風水ってなに?」
サクラ 「占いみたいなもんよ」
松坂  「それで僕に代わりに飼ってくれって置いて行かれちゃったんです」
安西  「ええ」
松坂  「でもその猫、年寄りな猫なものですから、それで」
安西  「しかし金運を良くするために猫を捨てるなんて。なんとかお姉さまに最後まで面倒を見てあげるよう説得できませんか?」
ハム吉 「そりゃそうだ」
松坂  「一度決めてしまうと絶対動かない人なんです。無理でしょうね。自分で占った結果ですし」
ハム吉 「占い師か」
安西  「でしたらせめて松坂さん自身で飼ってあげてはいかがです?」
松坂  「と申しますと?」
ハム吉 「てめえで飼えって言ってんだよ」
安西  「ですから松坂さんといえばこの世界で知らない人はいないトップブリーダーじゃないですか。その猫、最後まで面倒を見てあげたらどうですか?」
松坂  「何を仰ってるんです?僕は犬のブリーダーですよ」
安西  「ええ、だからこそ」
松坂  「お金にもならない猫を飼うなんておかしいじゃないですか」
安西  「え?」
サクラ 「え?」
ハム吉 「え?」
オリビア「(呆れて脚で耳を掻く)」
松坂  「え?何か?」
ココア 「出たわクソ野郎」
サクラ 「クソ野郎って・・・」
松坂  「クソ野郎?」
サクラ 「いえ、何でもないです」
安西  「で・・・事務手続きはもうお済ませですか?」
松坂  「ええ勿論です」
安西  「そうですか」
松坂  「今から連れてきます。よろしくお願いしますね(行ってしまう)」
安西  「あ、松坂さん!ちょっと!」

松坂を追って安西も行ってしまう。

オリビア「ははーん。ドリームボックスは大繁盛だな」
ハム吉 「なんだかなあ。年寄りになるまで一緒に過ごしてきたのに、飼い主は何で死ぬまで一緒にいてあげないんだ」
オリビア「人間のやることは滅茶苦茶だな」
グリコ 「オリビアの言う通りもう人間を信じちゃいけないのかなあ」
サクラ 「え?」
ハム吉 「人間は動物をこんなに簡単に殺せるようになっちゃったんだ」
サクラ 「ちょっと」
マリー 「だって命をこんなに軽いもののように扱われちゃうんだよ」
サクラ 「そんな」
ココア 「人間はどうしてこんな風になってしまったの?」
サクラ 「ねえ、人間みんながこんなことするわけじゃないんだよ」
オリビア「一緒だよ。お前だって俺たちを裏切る。少しぐらい喋れるからっていい気になってんじゃねえよ」
サクラ 「そんな・・・」

安西がチーズの首にヒモをかけてやって来る。

安西  「おーい、またお友達が増えたぞ」
ハム吉 「こりゃまたずいぶん偉そうだね」
グリコ 「ネコって高慢ちきなのよね」
ココア 「でも境遇は私たちと同じ、仲良くしてあげましょう」
マリー 「そうね。こんにちはネコちゃん」
チーズ 「(プイっと)」
マリー 「何?あの態度!ムカつくー」
サクラ 「あれ?あの子」
チーズ 「あら、サクラちゃんよね?」
サクラ 「はい・・・やっぱりチーズだ!なんであなたが!」
安西  「え?雪印さんとこの?」
チーズ 「あなた、何で喋れるの?」
サクラ 「急に喋れるようになったの」
チーズ 「じゃあ都合がいいわ。お父さまにお願いがあるの」
サクラ 「チーズがお父さんにお願いがあるんだって」
安西  「え?俺に?お願い?」
チーズ 「別室を用意してくださらない?」
ハム吉 「はあ?何贅沢こいてんだ?」
サクラ 「ここじゃない部屋にして欲しいんだって」
安西  「なんだよ。もう部屋はないの」
チーズ 「あるじゃないですか。別の部屋」
安西  「え?なんだって?」
サクラ 「別の部屋あるって」
安西  「チーズ、別の部屋なんてないんだよー」

暗転。


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不要な命を処分することは動物愛護法で認められています。その対象のひとつに「家庭動物」の文字が。ペットが不要になったら殺してもいい。本当にそうなのだろうか。これから超高齢化社会に突き進んでいく日本にとって「不要な命」とはなんだろう。

舞台台本です。最重要部分以外は無料で読めます。 保護犬・保護猫の制度が浸透していなかった2015年初演。後に「雀組ホエールズ」の代表作の…

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