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「イヌジニ」5

《5場》岸根公園(昼間)
 
サクラがココアとハム吉、マリーを連れて散歩をしている。

マリー 「ああ、気持ちいい。散歩なんて随分久しぶりだわ」
ココア 「サクラ、ありがとう」
サクラ 「まずはみんなに考え方を変えて貰おうと思って」
ハム吉 「考え方を変える?」
サクラ 「そう。みんなは別に殺されるのを待ってるだけじゃないのよ」
マリー 「え?どういうこと?」
サクラ 「みんなにはちゃんと里親に引き取ってもらえる可能性だってあるってこと」
ハム吉 「里親?」
サクラ 「そう里親。ペットが欲しい人にあなたたちを引き取ってもらうの」
ハム吉 「いいねそれ。最高じゃんか」
ココア 「ハム吉は飼い犬になったことがないものね」
サクラ 「ハム吉ってずっと野良犬だったの?」
ハム吉 「誰かに捨てられたんだろうな。兄弟もいたみたいだけどみんなダンボールの中で死んでた。俺はとにかくダンボールから這い出してそこから逃げたんだ。食堂街の裏で残飯を食べて暮らしてた」
サクラ 「それでここに・・・ハム吉!里親に引き取ってもらえるように頑張ろう」
ココア 「里親かあ。でもそうなると過去は捨てないといけないわね」
サクラ 「ココアは前の飼い主に会いたいんだっけ」
ココア 「ええ。でもそんなことあり得ないってわかってる。だからもういいの」
サクラ 「ココアは育ちも良さそうだし、純粋なパピヨンでしょう」
ハム吉 「パピヨン?」
サクラ 「ココアは犬の中でもパピヨンって種類で、人間に人気があるの」
ハム吉 「へえ」
サクラ 「それに去勢もしてるから繁殖の心配もないし、可愛がられると思うよ」
ハム吉 「去勢してるとそんなメリットがあるんだ」
ココア 「あなたしてないの?」
ハム吉 「そうそうしないだろ。つーか犬の種類で人気不人気があるのか」
サクラ 「まあ、そういうのもあるとは思うけど」
ハム吉 「じゃあ俺は?俺も人気の種類?」
サクラ 「え?人気はあると思うけど・・・ミックスって種類。うちのパラダイスと一緒」
ハム吉 「へえーミックスかあ。なんか希望がわいてきた!」
サクラ 「グリコは柴犬だし。いい飼い主が見つかるんじゃないかな」
マリー 「私は無理ね。へちゃむくれで全然かわいくないし。私にとって里親なんて夢のまた夢」
ココア 「私はマリーは可愛いと思うよ」
サクラ 「何でマリーはそんなに後ろ向きなの?」
ココア 「マリーは自分に自信を持つことができないの」
マリー 「私のことはほっといて。夢なんて見たくない」
サクラ 「大丈夫。マリーは純粋なフレンチブルドッグだもの」
マリー 「なんでそんな無責任なことが言えるの」
サクラ 「マリーはネガティブ過ぎるだけ。笑うと絶対かわいいんだからポジティブになれば全然大丈夫だよ。ほら、笑顔笑顔」
マリー 「やめてったら」
サクラ 「いいから。とにかく笑顔だけ作ってみて」
マリー 「(無理に笑顔を作る)」
ハム吉 「笑顔が引きつり過ぎて怖いんだけど」
サクラ 「大丈夫!笑って!笑って」
マリー 「(更に無茶な笑顔になる)」

そこに通りがかるシコウとピカソ。

ピカソ 「ぎゃはははは。にらめっこかよ」
シコウ 「ブスが笑ったら、もっとブスになるだけだ」
サクラ 「何、あんたたち?」
シコウ 「おい。人間が俺たちの言葉を理解してるぞ」
ピカソ 「何?キモいんだけど。人間のくせにこっちの世界に来ないでくれる?」
サクラ 「あんたたちどこの犬?」
シコウ 「あ?俺たちがどこの犬かって?」
ピカソ 「俺たちは『ハッピードッグ松坂』のモンだ」
サクラ 「ハッピードッグ松坂って、真奈美さんの従兄弟がやってる!」
ハム吉 「あのコンコンチキの!」
ピカソ 「そう。そのコンコンチキの!」
シコウ 「つまり俺たちは超一流のラブラドールレトリバーってこと」
ピカソ 「お前らとは住む世界が違うんだよ」
ココア 「何よ!住んでるとこは一緒よ」
ピカソ 「はあ、何をふざけてんですか?」
シコウ 「ふざけるのはその性別だけにしとけよ。このオトコオンナ!」
ハム吉 「お前ら、黙ってりゃいい気になりやがって」
ココア 「(ハム吉を抑えて)相手にしちゃダメ!」
ハム吉 「でもよ」
サクラ 「ダメ。手を出したら負けよ」

安西に連れてこられるオリビア、グリコ。

安西  「どうした?何かあったのか?」
オリビア「シコウとピカソだったな。楽しそうなことしてるじゃねえか」
グリコ 「何?ケンカ?」
シコウ 「何だ、こないだのオッサンじゃねえか」
ピカソ 「は!オッサンの仲間かよ」
ハム吉 「だから何だよ。だいたいお前らと俺たちのどこがそんなに違うって言うんだ」
ピカソ 「俺たちは血統書付いてんの。産まれたときから貴族なの。あんたみたいな雑種とは違うの」
ハム吉 「雑種じゃねえよ。ミックスだよ。なあサクラ!」
サクラ 「うん・・・」
シコウ 「もしかしてお前、雑種とミックスが一緒だって知らないのかよ」
ハム吉 「え?そうなの?」
サクラ 「うん・・・」
ピカソ 「お前そんなことも知らないのかよ」
サクラ 「何よ。雑種だってかわいいじゃない。血統書付きだからって幸せになれるとは限らないんだからね」
ピカソ 「でも幸せになれる確率は高いんですけど」
安西  「サクラ、何をもめてるんだ?」
サクラ 「こいつらが・・・」
シコウ 「なあ人間さんよ。犬の世界に口出ししないで貰えるかな?」
ピカソ 「どうせあんたの家じゃ俺たちみたいな血統書付きは買うことも飼うこともできないんでしょー」
サクラ 「少なくともあんたみたいのはゴメンよ」
シコウ 「何言ってんだ。俺たちの言葉が分からなければ『かわいいー』って抱きついてくるくせに」
サクラ 「・・・そんなこと(たしかに)」
シコウ 「お、人間が犬に言い負かされて悔しがってやんの」
ピカソ 「ダッサ」
シコウ 「では皆様、ごきげんよう」

シコウたち行こうとする。

マリー 「ちょっと!謝りなさいよ」
シコウ 「はあ?」
マリー 「謝れって言ってんのよ。礼儀も知らないバカ犬どもが」
ピカソ 「謝るはずねえだろ。ホントのことしか言ってねえし」
ハム吉 「俺たちはともかくサクラに謝れ!こいつは俺たちのために一生懸命考えてくれてるんだ。それをバカにするのは許さねえ」
シコウ 「いいだろう。やるなら、相手してやんよ」
サクラ 「やめなさい」
オリビア「お前たちにはお仕置きが必要みたいだな」
サクラ 「お父さん!」
安西  「おい。二人とも睨み合うのはやめなさい」
シコウ 「オッサン。もう会わないと言ったはずだぜ」
オリビア「お前は占い師か。今日は容赦しない。かかって来なさい(構える)」
シコウ 「咬み殺してやる(構える)」
サクラ 「やめて!やめなさい!」
安西  「こら!やめろ!やめろって!」

オリビア、シコウたちに立ち向かうが弱い。
必死で仲間を守ろうとするが、敗北する。

サクラ 「やめなさいあんたたち!」
ココア 「やめてオリビア」
ハム吉 「もう勝負はついてるじゃねえか」
マリー 「やめて!やめてってば!」

動かなくなるオリビア。

ピカソ 「シコウさん、本当に死んじゃいますよ」
シコウ 「そんな足で勝てるわけねえんだよ(足を蹴り上げる)」

駆け込んでくるサクラたち。

サクラ 「オリビア!オリビア!」
シコウ 「はんっ!どうせお前らは全員すぐ殺されるんだろ!」
安西  「シッシッどっか行け!」
シコウ 「お前らこいつに殺されるんだよ!ガス室に投げ込まれてよ。お前ら全員苦しんで苦しんで苦しんだ挙句に死ぬんだ。カスなんだよ。この世界のカスなんだよお前たちは!生きる価値がないって神様に決められた存在価値のないハナクソの集まりなんだよ!」
犬たち 「・・・・・・」
サクラ 「そんなことない!」
ココア 「そんなこと分かってる・・・そんなこと分かってるわよ」
サクラ 「絶対に許さない」

シコウの胸倉を掴むサクラ。
そこに来る松坂。

松坂  「どうしたんですか!」
安西  「あっ松坂さん」
松坂  「ちょっとちょっと何してるんですか、うちの犬に!」

サクラ、シコウを掴んでいた手を離す。

安西  「いや、こっちはやられてる側で」
松坂  「今うちの犬を叩いてたじゃないですか」
サクラ 「まだ叩いてません!」
松坂  「叩こうとしてたでしょう!あなた、保健所の方ですよね。こんなに沢山の犬に囲まれて。うちの犬が怯えてるじゃないですか」
安西  「うちの犬は攻撃されたんです」
松坂  「うちの犬が何かしたって言うんですか?」
シコウ 「僕たち気が弱いんです」
ピカソ 「松坂さん助けてください」
ハム吉 「はあ?」
安西  「いや、ちゃんと話を聞いてください」
松坂  「犬は私の大切な商品なんです」
サクラ 「商品って」
松坂  「何かあったら損害賠償を支払ってもらいますから。ああ、こんなところに傷が!」
ハム吉 「かすり傷じゃねえか」
松坂  「そもそも保健所で預かってる犬なんかを散歩させていいんですか?」
グリコ 「散歩のどこがいけないのよ」
安西  「別に散歩させるななんて禁止事項はないです」
グリコ 「当たり前でしょ!」
松坂  「それは禁止事項にする必要もない常識の範疇だからですよ。あなたおかしいんじゃないですか。これ、殺す犬なんでしょ?」
サクラ 「違います。この子達は里子に出すんです」
松坂  「は?何言ってるんです?」
サクラ 「だから里親を探すんです」
松坂  「この犬たちを誰が引き取ってくれるんです?こんな小汚い犬の引き取り手なんて現れるわけないでしょう」
サクラ 「そんなの分からないじゃないですか!」
松坂  「分かりますよ。僕はプロですよ」
サクラ 「でも・・・でも・・・」
松坂  「とにかく、こういう犬を外に出さないでいただけますか。よろしくお願いしますよ。さ、行こう。シコウちゃん、ピカソちゃん」
安西  「あの!殺すからって生きてる時間まで取り上げたら可哀想じゃないですか」
サクラ 「お父さん」
松坂  「はあ?意味わかんないんですけど」
ハム吉 「わかんねーのはお前だよこのコンコンチキ」
グリコ 「毛虫まゆげ!」
安西  「松坂さん、あなたは犬に対する愛情がないんですか?」
松坂  「何ですか藪から棒に」
安西  「あなたにとって犬はお金儲けの道具でしかないんですか?」
松坂  「どういうことでしょう?」
安西  「犬は商品である前に生きているんです。うちの犬もお宅の犬も同じ、命ある犬じゃないですか」
松坂  「え?同じ犬?同じ犬って言いました?じゃあ聞きますが『一円にもならない殺されるのを待っている犬』と『20万近くを稼いだ上にこれから幸せな未来が待っている犬』のどこが同じ犬なんですか?笑わせないでいただきたい」
安西  「この子たちだって生きているんです。命はお金に換算できるようなものじゃない。そうは思わないんですか?」
松坂  「おっしゃる通り。確かに犬は生きています。だからこそ犬は人間に愛されてお金を出してでも飼う価値があるんです。それが商品としての価値ですよ。その犬に商品価値があると思いますか?」
安西  「商品価値?」
松坂  「ないでしょう?」
マリー 「サクラ、その毛虫眉毛に伝えて」
サクラ 「え?」
マリー 「毛虫眉毛、あなたにはどれくらいの価値があるんです?」
サクラ 「じゃあ聞きますけど毛虫眉毛、あなたにはどれだけの価値があるんですか?」
松坂  「毛虫眉毛?」
サクラ 「あ」
マリー 「あなたは犬を強制的に捕まえて無理矢理交配させてその子供を売り飛ばす。親は大切な子供を慈しむこともできずにあなたたちに引き離されてしまう。そんなことを何度も何度もさせられて、挙句の果てにはゴミとして処分する」
グリコ 「マリー」
ハム吉 「マリーお前それ、自分のことか?」
サクラ 「え?」
マリー 「それでもあなたたち人間は何も見ないふりをして、人間に都合のいい犬を交配させ続ける。あなたは何にも分かってない。犬をモノ扱いしてるだけ。犬を使ってお金を稼いで痛みも感じず日々を過ごしてるだけ。そんなあなたに生きる価値なんてあるんですか」
サクラ 「あなたに生きる価値なんてない!」
松坂  「なんなんですか。急に生きる価値がないなんて」
サクラ 「あなたが暮らせてるのはすべて犬のおかげじゃないですか。それなのにあなたは犬に商品価値があるかどうかでしか判断しないなんて、おかしいと思わないんですか。少しは犬に感謝したらどうです?」
松坂  「僕は商品価値のある犬に食わせてもらってるんです」
シコウ 「俺たちエリートがこいつを食わせてやってるんだ」
ピカソ 「そういうこと」
サクラ 「その商品価値のある犬に子供を生ませるだけ生ませて使い物にならなくなったら処分に出してるんでしょう。その親犬の気持ちを考えたことはあるんですか。その悲しみを感じたことはあるんですか」
マリー 「サクラ、もういいよ」
松坂  「たかが犬だろう。犬畜生のやることにいちいち悲しむなんて」
サクラ 「犬だって猫だって人間だって同じ『想い』のある生きものなんです。だから商品価値があるんでしょう。さっき松坂さんだって言ってましたよね」
松坂  「想い?そんなものに価値はありません。犬は見た目がかわいければそれでいいんです」
シコウ 「かわいければいいんだよ」
ピカソ 「ホラかわいいだろ?」
ハム吉 「可愛くないわ」
安西  「想いなんてどうでもいい・・・それってどうなんでしょう」
松坂  「とにかく。今度こういうことがあったら本当に許しませんから。それからこの犬たち、今日にでも処分してください」
安西  「処分って、それはちょっと・・・」
松坂  「所長さんにも連絡しておきますから!」
安西  「はあ」
松坂  「シコウちゃんピカソちゃん。行くよ」

3人行こうとする。

安西  「松坂さん!僕にはこいつらを殺すなんて出来ません!」
松坂  「何言ってるんです?あなたのお仕事じゃないですか」
安西  「僕の仕事はこいつらを殺すことじゃない。こいつらが少しでも幸せでいられるように考えてあげることです。殺処分なんて本当の、本当の最終手段でしかないんです!」
松坂  「とにかく所長さんにはご連絡しておきますので」

去っていく3人。

安西  「もうこれ以上命を粗末になんてできないよ!」
ココア 「あら、何だかカッコいいわね」
オリビア「どうした犬殺し」
グリコ 「無理しちゃってる感じだけどね」
サクラ 「お父さん」
安西  「サクラが犬と話ができるんだから、俺もお前らの味方にならなくちゃな」
マリー 「信じていいのかしら」
ハム吉 「ここは乗ってくでしょう」
オリビア「ま、所詮は人間のいうことだけどな」
サクラ 「そんなこと言わないで。お父さんはちゃんとやってくれるよね?」
安西  「ああ」
ココア 「ふーん」

安西を見直す犬たち。
そこに駆け込んでくるパラダイス。

パラダ 「大変だ大変だ!大変大変大変だー!」
安西  「おお、パラダイス」
サクラ 「あんたどうやって家を出たのよ」
パラダ 「あのオバサンすごくてさ、玄関のカギ開けちゃうの」
サクラ 「チーズが?」
パラダ 「そう。それでそのままツーンって出てっちゃうから俺も便乗してね」
サクラ 「あんた野良犬と間違われたらどうするのよ」
パラダ 「それどころじゃないんだって!あのオバサン、殺処分してもらいに行くって言ってシャーって行っちゃったんだ」
サクラ 「チーズが?」
安西  「何?チーズがどうしたって?」
犬たち 「殺処分?」

暗転。

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不要な命を処分することは動物愛護法で認められています。その対象のひとつに「家庭動物」の文字が。ペットが不要になったら殺してもいい。本当にそうなのだろうか。これから超高齢化社会に突き進んでいく日本にとって「不要な命」とはなんだろう。

舞台台本です。最重要部分以外は無料で読めます。 保護犬・保護猫の制度が浸透していなかった2015年初演。後に「雀組ホエールズ」の代表作の…

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