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コラム①明治神宮・「永遠に続く森」の秘密


百年前の荒地は何故「永遠に続く神秘の森」に変わったのか


はじめに

 明治神宮の森といえば、誰もがあのうっそうとした森を頭に浮かべるだろう。しかし、100年前にはマツなどの木が点々と生えるだけの荒地だったのは、現在の姿からは誰も想像できない。明治神宮の森は全国から約10万本もの集まった献木を、数年かけて植栽することで創られた人工の森である。
 100年が経過した現在、明治神宮の森にどんな生き物がいるのか、そして植えた木々の生長を調べる大規模な調査が、40年ぶりに平成23年から数年かけて実施された。今回、私は第二次明治神宮境内総合調査の植物班調査員として、神域である明治神宮の森に入り植物の種類を調べ、樹木の高さ・大きさを計測した。実際に明治神宮の森に入り、分かったことや感じたことをお伝えできればと思う。

先人たちの目指す森とは

 そもそも、先人たちは何を目指して「明治神宮の森」を創ったのであろうか。100年前、時の首相である大隈重信は「日光東照宮や伊勢神宮のようなスギを主体とした森を創りなさい」と命じた。しかし、本多静六、本郷高徳、上原敬二らの学者は様々な実験を行い、スギが東京の土地に合わないことを証明し、荒地でも生育できるマツなどの針葉樹と、将来森を構成する常緑広葉樹を混植する方法を提案した。彼らが目指したのは0年、50年、100年、150年の4段階を経て完成する、「永遠に続く森」である。

 永遠に続く森には植物の名前を知らなくてもわかる特徴がある。それは、森の中に木々による4つの層ができることである。1層目は森の林冠を覆う高木層、2層目はその少し下に生育する亜高木層、3層目は縁の下の力持ちである低木層、4層目は地表面を覆う下草の草本層が存在する。この4層構造こそが人間が維持管理を行わなくても森が持続する、つまり「永遠に続く森」の秘密である。例えば、台風が来て古い木(高木層)が倒れても、その下には次の順番を待っている木(亜高木・低木層)が生育している。そして、何十年後にはその木が林冠を覆い、枯葉や倒れた木はゆっくりと時間をかけて土の肥やしになり植物(草本層など)の生育を助ける。これらは森が持つ自己治癒能力であり、きちんとエコシステムが機能している証拠でもある。現代の世の中では人間のエゴを主体としたエゴシステムが機能した緑が多いが、これからはエコシステムが機能した緑を増やさなくてはならないと明治神宮の森を調査して強く感じる。

なぜ「永遠に続く森」ができたのか

 しかし、なぜ本多静六らは4段階を経ると、「永遠に続く森」ができると分かったのか、森の成り立ちを説明しながら紐解いていく。もしも、日本から人間が一切いなくなると、建物は朽ちて崩れ、有機物は土壌動物などが分解し、草や木の種が飛来し、最後はその地域に合った森となる。この概念のことを専門用語では「潜在自然植生」といい、本多静六らは当時これらを踏まえた上で4段階の計画を考えた。潜在自然植生という言葉と概念はドイツの植物学者であるProf.Reinhold Tuexenによって提唱され、弟子の宮脇昭先生がこの概念を基においた森づくりを行ったことで、日本でこの言葉が広まったとされる。私の恩師である中村幸人先生はProf.Reinhold Tuexenの最後の弟子であり、私は学生時代からフィールドを中心として徹底的に鍛えられ今もご教授いただいている。
 その概念に基づいて創られた明治神宮の森に入ると、森の中に池があり、地形の起伏があり、草地もある等、驚くほどに様々な環境が存在している。実はこれはとても重要なことである。なぜなら、「環境の多様性は生物の多様性に繋がる」からである。草地性の生き物もいれば、森林性の生き物もいて、水辺の生き物もいて、それぞれの生物間で何かしらの関係性があり、競争・共存することで豊かな自然が形成される。第二次明治神宮境内総合調査では、菌類、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類などの生物が2800種以上確認された。更に、東京で絶滅したと思われていた希少な生物、なぜか沖縄と明治神宮にしかいない不思議な生物が発見されている。私自身も調査の際に不思議な光景を目にした。それは、高さ20~50cmのタシロランという葉緑素をもたない腐生植物が、梅雨の時期になると参道から歩いていても簡単に見つけられることである。今まで何百という森を調査してきたが、こんな光景を見たのはここだけである。タシロランはキノコと共生すると言われているのだが、なぜこんなに出現するのかは謎である。ますます謎が深まる神秘の森に我々は惹き込まれ、時に森自体が1つの生物であるかのような錯覚に陥る。もっとも驚いたのは「明治神宮の森」が「永遠に続く森」に向かっていることである。40年前の調査と比較すると針葉樹が約70%減少し、常緑広葉樹は
高いもので30mまで生長し、シダ植物や蘚苔類の種類がどちらも2倍に増え自然林に近づいている。明治神宮の森は確実に「永遠に続く森」に向かっている。

明治神宮の森の神秘

 「永遠に続く森」に向かっている明治神宮の森を調査して感じたことは、「神々しい」の一言に尽きるかもしれない。緑の持つ機能は「景観」、「生態」、「防災」の3つに大別されるのだが、明治神宮の森はこの3つの機能どれも充実しており、どこを切り取っても非の打ち所がなく、どんな人工物にも敵わない神々しさを感じる。特に「防災」については東日本大震災以降、緑に求められている機能として注目されている。例えば、明治神宮の森は1923年の関東大震災による災害を乗り越え、さらに1945年の空襲によって明治神宮の本殿は焼失したが森は生き残ったことでそのことを証明している。また、2011年の東日本大震災で発生した津波の後に残った神社の周りには明治神宮の森と同じ、その土地本来の木々によって構成された「鎮守の森」が存在していたことも重要な事実である。
 どの機能も充実した「永遠に続く森」、それを創り上げたのは地形を作り、植物を植えた人間ではなく、最後の仕上げを行った自然にしかできない業である。それが神々しさを感じる理由なのかもしれない。

コラム②へつづく

※このnoteは明日への選択9月号(平成28年)より加筆修正したものです。

<著者>
株式会社グリーンエルム代表取締役社長
里山ZERO BASEプロジェクト代表
西野文貴

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