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【わたしと藻嶺#6 吉成秀夫さん】

氏名 吉成秀夫(よしなりひでお)
職業 書肆吉成代表
卒業年 2001年
学部学科専攻 文化学部 比較文化学科 文化人類学専攻

プロフィール

▲書肆吉成 吉成秀夫さん

斜里郡清里町出身。札幌大学文化学部へ1期生として入学し、文化人類学者で札幌大学元学長の山口昌男氏に師事。在学中に学長秘書として勤務した経験を持つ。札幌大学卒業後、札幌市内の古書店勤務を経て2007年「書肆吉成」を開業。古書の販売のみならず、専門誌の編集や映像配信、展覧会企画など多方面での事業を行う。

札幌大学在学中の思い出

Q:どんな学生でしたか?とくに心に残っていることなどがあれば教えてください。

本の世界との出会い

大学に入学し、自分が本当に打ち込めるものを探していた中で、「文化学総論」の講義を通して山口先生そして山口文庫へと導かれていきました。「文化学総論」で読んだ「ホモ・ルーデンス」(著:ヨハン・ホイジンガ)は、「遊び」をキーワードに古今東西の文化的な事象や人間的な活動を説明しようとする内容で大変印象に残っています。私は「文化」という学問の幅の広さや自由さに魅了されました。世界的な文化人類学者である山口昌男先生のもとで楽しく学ぶ日々を送り、休むのが惜しいほどでした。

▲サツダイ生だった頃の吉成さん
▲山口先生が1999年に刊行した「踊る大地球」の扉に描いてくれた似顔絵

現在も札幌大学にある「山口文庫」は、私が入学して間もない頃、山口先生がご自身の蔵書を当時の学生と一緒に福島県昭和村から持ち運び、並べられたものです。初めて山口文庫を見た時は、関心の広さもそうですが、一人の人間が集めうる本の量が私の想像をはるかに超えていて驚きました。本の世界はどこまでも果てがなく、一生かかっても全部読み切ったり、理解したりすることができないだろうなと思いました。一方で、あえてその世界を探求してみたいとも思いました。

山口先生が「本のカオス」と呼んだ山口文庫は、私にとってとくにお気に入りの居場所となり、入り浸って司書の人とおしゃべりをしていました。机になにげなく建築家の隈研吾さんからの手紙が置いてあったり、水木しげるさんが山口先生へ贈った絵があったり、アンドレ・ブルトンさんの肖像写真が飾られてあったりと、山口文庫でたくさんの宝物に囲まれて過ごしました。

山口先生からの学び

山口昌男ゼミに入るときは「お前は『君子危うきに近寄らず』という言葉を知っているか」と脅されましたが、ゼミ生にしてもらったばかりか、さらに学長秘書のアルバイトを与えてくれました。仕事はいわゆるカバン持ちで、どこにでもくっついていきました。車の運転をしたり、講演や執筆で必要な資料を山口文庫や図書館などで揃えてコピーをとったり、古書の発注をしたり、新聞の切り抜きを指示されました。

▲学長室付の当時の名刺は今も大事に持っています

私は人一倍怒られるので学友から「避雷針」と呼ばれましたが、山口先生の根底にあるのは笑いの破壊力なので、怒りの稲妻がどかんと落ちても笑いのネタになるようなところがありました。叱られていたのがいつの間にか漫才のようになるのです。とても刺激的で楽しい秘書生活でした。

山口先生はみずからを「動く広告塔」と称し、世界中を飛び回って札幌大学をアピールしていました。そのため大学には不在なことが多く、ゼミは山口先生が札幌滞在中に集中して行われました。毎日昼休みからはじまり、ずっと読書会が続きます。一行毎に山口先生の注釈が入るのですが、どんどん連想が広がり別の本へと連鎖していきます。そのため一冊を最後まで読み切るということはありませんでした。その時々の山口先生の関心ごと、たとえば次の講演のテーマや執筆テーマなどがいま読んでいる本の話に挿入されるので、どこに飛んでいくのかわからないジェットコースターのような読書体験でした。

オホーツク地方の小さな町から札幌大学にきた私にとっては世界が一気に拡張してゆくのが楽しく、どんどん吸収していった学生生活でした。どこへでも連れていってくれた山口先生に同行し、実践的に体験することを通して、本の世界の魅力だけでないタフネスや今でいうダイバーシティ(多様な価値観)を学んだのだと思います。山口昌男学長の秘書として誰よりも近いところで文化人類学を学ぶことができたのは幸運なことでした。

書肆吉成のお仕事について

Q:大学を卒業されてから現在までのご経歴や、現在のお仕事の具体的な内容を教えてください。

古本屋は本を相手に楽しくできる仕事

勉強を続けたかったのですが諸般の事情で挫折し、かといって就職活動もせず、卒業後しばらくはボランティア活動やアルバイトをしながらふらふらしていました。札幌大学大学院の今福龍太先生が主宰する「奄美自由大学」に参加したり、メキシコの国費留学生に応募したりと模索していましたが、このメキシコ留学の最終選考での落選をきっかけに心を決め、札幌市内の古書店へ就職しました。

古本屋という仕事への興味は、学生時代に批評家の坪内祐三さんと古書店・月の輪書林店主の高橋徹さんに、札幌市内の古本市に連れて行ってもらった経験も大きく影響しています。それぞれが本を買い、近くの喫茶店で互いに講評し合うといった和気あいあいとした時間が大変楽しく、「こんなに楽しい仕事があるんだな」と思いました。その時に「僕は将来古本屋さんになりたいです」と思わず言ってしまいました。

「書肆吉成」を開業するまで

 ▲書肆吉成 東区本店

就職した古書店には3年間勤め、28歳のときに離職。失業手当をもらいながら専門学校で簿記3級を学び、翌2007年春に独立開業をしました。「書肆吉成」という名前は、札幌大学に毎年集中講義にいらしていた詩人の吉増剛造先生がつけて下さいました。

大学時代に山口先生や今福先生らの力を得て、さまざまな人脈を構築することができ、中でも吉増剛造先生の励ましによって、これまでなんとか続けてこられました。開業のタイミングについては、「札幌大学での先生たちの影響力がなくなる前にやらなくては」という焦りのようなものも実はありました。自分一人で築ける人脈ではなかったので。

▲書肆吉成の店内
北海道の本をはじめ、詩歌文芸書やアート写真集などのラインナップがとくに豊富

書肆吉成はインターネットでの通信販売からスタートし、数年後に実店舗での営業を開始しました。開業当時は、GoogleのSEO対策をしたウェブサイトをつくる古書店がいない時期でしたので、私のような素人がつくるウェブサイトで十分なアピール力があり、特別広告費をかけずとも事業をスムーズにすすめることができました。古書店はいわゆる「オールドエコノミー」ですが、簡単なIT化を施すだけでインターネット時代に対応できたと言えるのかもしれません。

一方で、15年書肆吉成を続けてきた今、結局「オールド」の部分、基本的で王道路線の商売の基礎がやっぱり大事なのだと思っています。古書店修行を3年間学んだおかげで、派手さはなくても地道に商売を営む基礎ができました。

文化発信事業について

▲「アフンルパル通信」

古書店開業と同時に、詩と写真と批評をテーマにした冊子「アフンルパル通信」の発行を開始しました。書肆吉成のコンセプトとして、古いもの(本)を売りながら新しい表現や文化的なものを生み出したいという考えがあります。残念ながら「アフンルパル通信」は2014年で発行終了となりましたが、2018年からは札幌市中心部にある商業施設IKEUCHI GATEに出店し、2年4カ月の営業期間(うちコロナ休業約1か月)のなかで、22の展示会&トークイベントと、31の単発トークイベントと、朗読会など3つの定期イベントを開催し、「本屋×ギャラリー」として文化発信事業を行いました。

書肆吉成IKEUCHI GATE店は、約60坪のスペースに古書棚と新刊棚とギャラリーコーナーを置きましたが、お店を見に来た学友に「なんだか山口文庫みたいだね」と言われてハッとしたことがあります。たしかに「山口文庫」と「ギャラリー学長室」のイメージが歴然とあったからです。

書肆吉成IKEUCHI GATE店アーカイブ

選書やドラマトゥルクなど

▲吉成さんが選書した本が並ぶ札幌駅近くの某オフィスラウンジ

「文化」を忘れ、経済効率化ばかりを加速させれば、行き着くところは所詮心の荒野です。魅力に満ちた芸術、文学、出版文化史などの知識や遊びを積極的に吸収し、積み重ねることを意識的におこなっています。

定山渓の老舗温泉「ぬくもりの宿ふる川」の最上階特別ラウンジの選書のご依頼をいただいたことがきっかけとなり、「ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通」のライブラリーや札幌駅近くの某オフィスのラウンジの選書の機会に恵まれました。それぞれの場所の魅力を引き立てる選書ができ、お喜びいただいています。

現代アートの分野では、札幌市文化芸術交流センターSCARTSが主催した「高嶺格 歓迎されざる者」展にて、朗読される詩を選ぶドラマトゥルクという役回りをいただきました。また、吉増剛造先生の映像作品をYouTubeへ毎週配信し、イギリスのマンチェスター国際芸術祭に出品された映像作品に英語字幕を挿入するお仕事をいただいたこともあります。

札幌大学の後輩に向けたメッセージ

Q:札幌大学の後輩や同窓生に向けてメッセージをお願いします。

私は2年前から古文書解読の勉強をはじめました。現在はアイヌ語地名研究会の古文書部会に所属し、北海道史にかかわる近世文書を定期的に読み込んでいます。くずし字が読めると取り扱える本が広がります。つくづく文化のお宝は足元に眠っていると感じます。自分のわかる範囲だけで仕事をこなすこともできるのですが、好奇心を抑えられずにいまもなお自分のなかの本の世界を拡大しようと努めています。誰かにやれと言われたわけではありません。もっと知りたいし、知ればもっと本が好きになるからです。

好きこそものの上手なれというのは本当だと思います。学生のみなさんもいまのうちに多くの経験をして、好きなものを見つけてほしいです。

たとえもし見つからなくても、自分が偶然かかわった業界や人たちに対して不満を持つのではなく、ささいなことでも魅力的だなと思える部分を探しだせるようになってほしいです。「小さな好き」を積み重ね、「大きな好き」に育ててください。そうすれば「ここは私の好きな世界」と言える場所を自分でつくりだすことができます。ポジティブシンキングでいましょう。

そのためにはダイバーシティ(多様な価値観)を学ぶことが大事です。ぜひ、未知の経験(傷つくこともありますが)のほうへと好奇心をのばしてみてください。自分と異なる存在に出会ったら敵対せずに包摂してみてください。その先にでこぼこで傷だらけの、しかしささやかでかけがえのない、あなただけの「好きな世界」が見つかります。どんな場所でも輝けます。そのポテンシャルは文化の香り高い札幌大学で学ぶみなさんのなかに充分あります。

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