『夜に光って生きる』



 太陽が眠り、月が瞼を開ける。

 人々が化粧を落とし、眠りにつくのと反比例して、夜空は小さな星々で化粧を始める。

 暗闇に人は恐怖を覚えるというが、私にとって夜は世界の中心だった。

 網戸だけ閉めた窓からは、夏の終わりを運ぶような晩夏の涼し気な風が部屋に入り込み

 机の上に開いておいてあった本を使って、パラパラと小さく音を奏でた。

 夏が終わり、もうすぐ学校が始まってしまう。

 夏休みの間で完璧に昼夜が逆転し、生活習慣が乱れ切った私は憂鬱な気持ちになった。


 なぜ学校というのは昼間にあるのか。


 私は訴えたところで変わらないであろう命題をいつも考えてしまう。


 少量の氷を入れたミルクティーを少し飲み、暗い気持ちを払拭するように

 この夏に始めたオンラインゲームにログインする。


 画面には『メッセージが届いた』という通知があり、それはこの夏、ずっと一緒にゲームをしていたネット友人からであった。


『今年の夏休みでこのオンラインゲームを辞めることにしたよ。急でごめんね。そして、この季節の間、遊んでくれてありがとう。』

夏休みを同じように怠惰に過ごした、顔も知らない友の引退。


 ネットの繋がりなんてものは、まるで氷のようにハッキリ目には見えなくて、いつの間にか、現実に融けて無くなってしまう。

 小さい頃からネットに浸かっていた私には分かり切っていた事だけど、いつになっても別れは慣れないものなんだと自覚した。


 きっと彼にも夏の間に何か変化があって、前に進むことにしたのだろう。

 氷が溶け切ったミルクティーを口に含み、キーボードに感謝と別れを打ち込む。

 外から聞こえてきた鈴虫の歌が、何故か心地悪く感じた。
きっと鈴虫はこう歌っているんだろう。


「もうすぐ夜が明けるね」





「えーー、クラスの代表を決めるぞーー」

 季節は戻り、夏の始めと学校の終わり。


 夏休みを目の前に、教室では夏休み開け直ぐに行われる文化祭の出し物を決めていた。


 私の通う高校では、文化祭において少し変わった『しきたり』がある。


 それはクラスから代表を1人だけ選出し、オリジナルの出し物を前夜祭に行うという事だ。


 一人一人が輝く場所を作るためだとか、100年の伝統だからとか、それらしい理由を付けて続けているこのイベントに

 クラス全員が誰に押し付けようか虎視眈々と狙っていた。

「せんせ〜い、私は倉科さんがいいと思いま〜す。歌が上手いそうで〜す」


 間延びしたキーの高い音を発するのは、このクラスのカースト最上位の女の子、通称女王様だ。

 彼女はその金に染めあげたストレートの髪の毛をいじりながら言った。


 私は突然、名を挙げられたことに戸惑い、何も言えずにいると


 ぽつりぽつりと、同調する声が上がった。


 女王から放たれた、言外に何も言うなという視線に対して、私みたいな根暗が反発出来るわけもなく


 私の夏休みは、始まる前から暗闇に閉ざされてしまった。




「大丈夫…?ではなさそうだね…」


 放課後になり、人気がすくなった教室では長い茜色の光が手を広げ、2人の影を長く伸ばしていた。


「…死にたい」


 人前に出ることが極度に苦手で、当たり障りのない学生生活を送ってきたはずだが

 どうしてこうなってしまったのだろうか


「よーちゃんは学校で1番美人だから!大丈夫だよきっと!」

 何が大丈夫なんだろうか。


 目の前で苦笑いを隠しながら私を慰める幼馴染は10年来、変わらない朱が差した焦げ茶色の目を逸らしながら言った。

 私なんかより、この子の方が綺麗だろう。

 ほっそりとした首に小さな顔を乗せ、焦げ茶色のカールした髪の毛に、紅葉を連想させる朱を散りばめている。
 クラスで最も人気のあるこの子に褒められても、何も自信にならない自分がいる。

「それが本心で言ってるのだから、タチが悪いよ秋ちゃん…」

 人工物が全く含まれていないこの天然人たらしに、何を言っても意味が無いとは分かっているが
どうしても文句を言わずには居られない。

 私は根暗で、声が小さくて、その上、面白みのない真っ黒な髪をしている。


 そんな私が本名をもじって、暗代(くらよ)ちゃん何て陰口で呼ばれているのは、もはや必然なんだろう。


「ごめんね…私が大きい声で歌が上手いなんて言っちゃったから…」


「んーん、秋ちゃんは悪くないから気にしないで」


 女王様が私を目の敵にしていたのは前から知っていた。筆箱を隠されたり、変な噂を流されたり、何かと私に当たるのは今に始まった事ではない。


 ただ、彼女が私を推薦するきっかけになったのは別な理由があった。


 それは、ある休み時間に、私が気まぐれで撮った歌ってみたの音源を秋ちゃんに聞かせた時

 秋ちゃんがクラス中に響き渡る声で『歌ほんとに上手!!』と叫んだからだ。


 それを耳にした女王様は、きっと私に何かひとつでも負けるのが悔しかったのだろう。


 あがり症の私を無理やり前夜祭の代表にして、恥をかかせたいのだ。


「秋ちゃん…今はもう…歌える?」

 グラウンドから野球部の掛け声が聞こえてくる。

 少しずつ日が傾き、長くなっていく日の時間に、私は否が応にも夏を感じた。

 私の唇はきっと、微かに震えているんだろう。

 力ない声で発した言葉は、自分でも嫌になるほどか細く、頼りなかった。





 小さな頃、家族や親戚から天使の歌声だと言われていた。


 親戚が集まる時に必ずと言っていい程、開催されるカラオケ大会で、私は皆に絶賛された。


 その時はまだ人前で歌うことも出来たし、引っ込み思案でもなかった。

 私が今の私に成り下がったのは、父親に無理やり出された合唱コンクールでの出来事が原因だろう。

 知らない人の前で歌うことが初めてだった私は
その遠慮のない試すような眼差しに息がつまり、声が出なくなった。

 私の悲劇がここで終わったなら、まだ良かったのだろう。


 しかし、外聞を気にし、エリートの道を進んできた父には、自分の娘が期待を裏切り、犯した失態に我慢がならなかったようで


 私のことを、言葉と手で殴りつけた。


二度と歌うな恥さらしが。と


 その日が原因なのだろう。私を擁護する母と父には溝が出来始め、1年もしないうちに父は私たちをおいて、どこかへ消えていった。


 そうして私に残ったのは、歌うことへの恐怖だけだった。


人前で歌えなかったら、また恥になる。
人前で歌えなかったら、また誰かを失う。

私は歌ってはいけない。


 克服しようとして様々なことを試したけれど、未だに人前で歌おうとすると吐きそうになってしまう。

 きっと私は、あの時、父に沈められた深海の水槽から抜け出せないでいる。


 壊せない透明な壁に、見えない真っ暗な水の中に、永遠に閉じ込められたのだ。

 深海は私の心に強い重圧をかけ続け、私が助けを呼ぼうとしても、泡がゴポゴポと浮かぶだけ


 幼い心で、もう二度と私はこの水槽から出れないのだと知った。


 それは夜空のように光はなく、深い海の底みたいな記憶の牢獄だった。




 夏休みに入り、徐々に日差しは夏らしい強さを発揮し始め、紫外線が絶え間なく降り注ぐ。


『おっと、僕は今日はここまでだ。友人が遊びに来るらしい。』

『そう、楽しんでね』

『次は俺のクエスト手伝ってくれよ?』

『では今日はお開きにしましょうか』


 どうやら現実だけでなく、オンラインゲーム内でもその夏らしさは変わらぬようで

 夏休みに入り、何となく知り合い、何となく固定メンバーになった4人で、真夏イベントを周回する毎日を送っていた。

 私は1滴1滴、その総量を減らす夏を前に『歌』について何も対策を講じれないままでいる。


 その後、2年半はある高校生活を考えると、どうにか無難に前夜祭を乗り切らなければならない


 少しずつ少しずつ大きくなる絶望の足音を前に、私はオンラインゲームに逃げていた。

 本当にどうしようかと悩みながら、大きな氷が入ったミルクティーを飲む。

 カラン、と氷が音を鳴らすと同時に携帯が鳴った。


「秋ちゃん…?」


 いつもはゆるふわなスタンプを多用してくるのに、その簡素な文章が私の沈んだ心を静かに水中に押し込む。


『話さなきゃならないことがあるの』





 夏の夕方というものは、いつもより暖かい色味をしていて
 

遠くからこだまするセミの歌声が季節を嫌にも実感させる。

斜陽が私たちの影を弄び、長い影を作り出していた。

 夕暮れのこのお寺は、人通りがほとんどなく、遠くから聞こえる子供たちの笑い声や、電車の走る音だけが茜色の空に歌っている。


 私は食べ終えた棒アイスを、ヒラヒラと指先で持ち、隣に座る秋ちゃんの、夕日で綺麗に染められた紅葉の髪を見ていた。


 遺伝で知覚過敏の秋ちゃんがアイスを食べ終わるのを、小さい頃もよく待ってた気がする。


 思い出せないほど、小さい頃から私達は一緒にいたんだなぁと

 流れた時間に哀愁のようなものを感じた。


「ダメだよ、よーちゃん。冷たいものを早く食べるのは身体に悪いんだよ?
あ、小さい頃みたいに氷いっぱい食べちゃダメだからね?」


 私は長年言われ続けてきたお説教に、何故か頬が綻んだ。

 秋ちゃんといるのは本当に楽しくて、私まで秋ちゃんの持つ綺麗な紅葉色に心を染められる気がしている。

 私はこのまま、この天然で美人で、優しい子とずっとこうしていたら幸せだなぁなんて

 漠然とした未来予想図を描いていた。

 どこからか、夕暮れの少し涼し気な風が私たちの間を通り抜け

 空気が変わる瞬間はこういう時を言うんだなと何となく察した。

「あのね、よーちゃん…私…文化祭が終わったらね、外国に引っ越すの」


 唐突に語られたその言葉は、私の描いた未来予想図をいとも容易くバラバラに引き裂き

 私は自分の心臓が軋む音を、産まれて始めて聞いてしまった。



 秋ちゃんの父親は有名な資産家で、もともと仕事でよく遠くに行く人だった。

 何回も遊びに行った秋ちゃんの家でも、お母さんしか見た事がないし、秋ちゃんの実家は城のように大きかった。


 秋ちゃんも高校生になり、これからは、父と母と外国で過ごすことを決めたらしい。

「でも大丈夫!毎日LINEとかするし!たまにもどってくるし!それからそれから…!」

 思考が止まってしまった私には、自分の心臓があげる悲鳴しか耳には入ってこなくて


 それなのに、冷静に現実を受け止めてしまった頭は、私にボロボロと止めどなく涙を流させた


私はまた、誰かを失ってしまうのか


夜空から星が一つ一つ、消えていくように


 ただでさえ少ない私の星達は、容赦なくその光を消していく


「よーちゃんも私以外にお友達いっぱい作らなきゃ!よーちゃんはいい子だから大丈夫だよ!」


 わたわたと手を動かし、瞳を潤ませる彼女に対して何を言えばいいのかも分からず

 普段なら安心する『大丈夫』という言葉が耳に障ってしまう。

そんな自分も嫌で、涙は溢れ続けた。



「そうだ!よーちゃんならみんなの前で歌えばきっと…」


「無理だよ!!!勝手なこと言わないで!!」



 無意識に否定した叫びに、あぁ私はこんなに大きな声が出たんだなぁと、的はずれなことを考えていた。


 秋ちゃんは紅葉の瞳を水に溺れさせ、小さな声でごめんねと言ってどこかに走り去ってしまった。


 違うの秋ちゃん、ごめんね


 謝罪も言い訳も引き止める声も
 全てこの喉を登りきれず、涙で溺れ死んでいく。


 私は一人ぼっちになった小さなお寺で、静かに静かに泣き続けた


 私を飼う水槽が、より深くなった気がした。





「ねぇ、大丈夫?」

 身体を揺さぶられ、ゆっくり顔をあげると目の前には見たことがない女の子がいた。


「え、あ、大丈夫…です」


 どうやら泣き疲れて、座ったまま寝てしまったらしい


 彼女は、綺麗に伸ばされた真っ直ぐな髪を抑えながら私の隣に腰掛けた。

 夏休みなのに半袖のシャツと、短く上げられたスカートの制服に身をつつんだ女の子は、髪とおなじ綺麗な深紫の目をこちらに向け



陽の光のような優しい笑顔を向けた。


「私、陽光っていうの!あなたは?」




 気が弱っていたからか、それとも彼女の人望からか、私は人見知りせず、何があったかをゆっくりと話し始めた。


「つらいねぇ〜それは〜よしよし〜」


 何故か私より号泣している彼女は、私を力強く抱き締める。


「あの…ちょっと苦しいです…」


 陽光さんは本当に太陽のような人だった。


 紫外線って呼ばれてるんだなんて嫌そうに言うその髪は、本当に幻想的なほど綺麗で

 もし、この世で紫外線がいいイメージだったなら、それはきっと彼女を表すんだろうな、なんて思った。


「もう夜だ。…綺麗な星空だね」


 気づけば日は完全に落ちて、三日月が高く登っていた。


「ねぇ、夜空ちゃん。」

 彼女はとびきりの笑顔を浮かべ、そのほっそりとした白い指を月に伸ばした。

 この綺麗な姿の下は、取り返しがつかないほど死に侵されていて、彼女はこの夏で、もう


「私、もうすぐ死ぬの。昼の時間は終わるから、貴女に交代ね!夜は貴女が1番輝く時間でしょ?だって…」

 何故彼女は初対面の私をそこまで励ましてくれるのだろうか。



「貴女の髪も、瞳も、心も、まるでたくさんの綺麗な光が輝く、夜空のようだからね!」


 私はいつの日か、秋ちゃんにも同じこと言われたなぁなんて、また涙を零しながらそう思った


それから、彼女とお互いの話を交わし合った。

 彼女と私は同じ高校の隣のクラスで、私は前夜祭で歌を歌わなきゃいけないこと。

 彼女はお嫁さんになるから前夜祭までは生きれないなぁと、眩しい笑顔で話した。

「陽光ちゃんは強いね…」


 私よりも遥かにつらいだろうに、彼女の瞳に迷いは見られなかった。

「大切な人の前で輝ける最期のチャンスだもん。一生心に焼き付けてやるんだ〜」


 無邪気に言う彼女の言葉は、私にも当てはまるだろう。

これは最後のチャンスになるかもしれない。

 そう考えると、もう何でも出来る気がするのは夜中の変なテンションのせいだろうか。

 いつの間にか、私を飼っていた水槽は彼女によって壊されたみたいで

星々でいっぱいに化粧をした夜空みたいに

私も輝いて見せると心に決めた。


 それから夜が明け、鳥のさえずりが聞こえてくるまで、私達は談笑し合った。


オンラインゲームをしていること。

彼女も始めてみたいといったので、携帯からフレンド申請を送る方法を教えたこと。

旅行に行くつもりだということ。

私は秋ちゃんと仲直りをするということ。

そして、彼女はお嫁さんになるために

そして、私は夜空に輝けるように


 朝と夜の狭間で、私達は昼から夜に、大切なものを繋ぎ渡した。





 ゆっくりと言葉を考えながらチャットの返信をしていたせいで、お気に入りのミルクティーはぬるく、そして溶けた氷で薄くなってしまった。

『〜、短い間だったけど楽しかった。こちらこそ、ありがとう。』


 1ヶ月という長いようで、明らかに短い夏が終わった。


窓から聞こえる鈴虫の鳴き声が、なんだか心地悪く感じるのは緊張しているからなのか。


 あの日以来、私は秋ちゃんと連絡を取っていない。


 友達も大していなかった私には仲直りなんて経験値を積むこともなかったし、その一回目が親友などと言ったら、その緊張は計り知れないものだ。

 少し震える手を抑え、意を決して秋ちゃんに電話をかける。


 頑張って!と、太陽の光が背中を押してくれてるように感じた。

『…もしもし、秋ちゃん。私…決めたの。


                                     私は、夜に光って生きる』






 夏休みがあけ、学校全体が慌ただしい雰囲気に呑まれ始めた。


 前夜祭の数日前になると、やはりメインイベントと言われるクラス代表の出し物の噂が立ち始める。


 今年は校長に直談判して、ほかのクラスと合同でやるクラスがあるとか

 降霊術を行うというクラスがあるとか

 1人だけで劇を行うクラスがあるとか


どこまでが本当かは分からないけど、私の噂も出ているようで


それは根暗の女の子がいじめで出されたとか
弱みを握られて脅されてるらしい、とか


そんな突拍子もない噂もあった。


「ねぇよーちゃん、私、よーちゃんの歌を楽しみにしても…いいかな」

 秋ちゃんは私の顔色を伺うように、少し怖がった様子で言う。

 きっと、お寺での出来事を気にしているんだろう。

 その仕草に、優しい秋ちゃんに心配かけてしまったな、と改めて反省した。


「ん。ぶちかましてみせるから楽しみにしてて」

「よーちゃん言葉遣いが荒すぎるよ…?」


 秋ちゃんとの関係も、ほとんど元のように戻り、私達は少しでも多くの思い出を作るため

学校帰りに寄り道を増やしたり、夜まで電話したり、様々な事をした。

 そうした楽しい時間というものは、普段の何倍速にも時間を加速させ


 瞬きの間に、気がつけば前夜祭の当日になった。





 前夜祭は屋台や、部活の発表ステージ、キャンプファイヤーのようなものまであって

 高校初めての文化祭を目の当たりにした私は、その規模の大きさに足がすくんだ。

「無理かもしれない。」

「よーちゃんなら大丈夫だよ!だってほら、今日はとっても綺麗な夜空だもの」

 もっと違う慰め方があるんじゃないのかなぁとも思わなくもないけど

 秋ちゃん独特のゆったりした雰囲気に、落ち着いている自分がいた。


『さぁ!!みなさんお待ちかね!!クラス代表のソロイベントだあああああ!!!』

 実況席からマイクを持ち絶叫する進行役のテンションに乗せられ、地の底から響くような歓声が学校全体に響いた。

『まずは1-1から!!代表者は学校一の天才、櫻井 晴久くんだ!!発表内容はなんと!!天才ならではの発明である〜』

どうやら始まってしまったみたいだ。

 さっき落ち着いたのに、再び心臓が暴れている私は情緒不安定なのかもしれない。


「よーちゃん、私ね、よーちゃんと過ごせて本当に幸せだったよ。夜空って名前も、性格も、たまに口が悪くなるところも」


あぁ、本当に今日が最後なんだなぁと感じてしまった。


 秋ちゃんは私を見ながらゆっくりと、ゆっくりと私に勇気をくれる。


無邪気な笑顔で、私の好きなところを指折りしながら数えていく。

悲しみを滲ませ、愛しさに肩を震わせ


 夕日に照らされた秋ちゃんの、紅葉を思わせる髪は綺麗で、安心して、愛しくて、

見慣れた横顔が滲んで見えてしまう。

「だからね、だからね、よーぢゃん、だいずぎだよ!!めいいっばい!!輝いてぎでね!」


 背中に沈みかけた夕日を背負う彼女は、きっと私に大切な何かを繋ぎ渡してくれた。

 秋ちゃん、正直、泣き声で何を言ってるのか聞き取りづらいよ


「わだしも!だいすぎだよあぎちゃん!」


 幾度も交わしたギューっとしたハグも、柔らかい彼女の髪の匂いも、その泣き声も


 私には忘れられない大切な、輝く星だった。






『少し弱まった紫外線が、僕の青白い肌を染めていく。

きっと、これは空耳なんだろう。

「もうすぐ夏が終わるね」』


 ステージでは1-2、1-3合同発表である、自作のノンフィクション映画がちょうど終わったとこであった。


『安代 夏ざん!神咲 牡丹ざん!ありがどうござびまじた!!!
ほんどにがんどう的な映画でしだね!みなざん!!』


 ステージから一組の男女が降りる。

 鳴り止まない拍手と、多くの泣き声、ナレーションも上手く言葉を喋りきれていない。

『ぐずっ!えー、予定通り、15分の休憩をいれまず!みなさん鼻かんでくださいね!』


 ステージの裏まで移動して、残り少なくなったミルクティーを飲み干す。

「よーちゃん歌う前にそれ飲んで大丈夫なの?喉いがいがしない?」


「任せて」


 私はミルクティーを飲まないと本気を出せないのだから仕方ない。

 私は秋ちゃんに向けて親指を立てるハンドサインを送り、相棒であるアコースティックギターを装備する。

『お待たせしました!!次は1-4、倉科 夜空さんのオリジナル曲!【夜に光って生きる】です!!』


 夕日が沈み、ライトを全て消したステージは真っ暗な闇と静寂に包まれた。


ステージに立ち、息を整える。

すると、真っ暗な闇に少しずつ穴が開き始める。


 それは少しずつ数を増やしていく黄色いペンライトの光で、いつしか無数の光になっていた。


 きっと秋ちゃんが実家のお金にものを言わせて配ったものなんだろう。

暗闇に浮かぶその光は、まるで夜空のように輝いて

 薄らと見える秋ちゃんに向けて、私はギターを、心を、思いを、奏でる。


秋ちゃんが私の名前を呼ぶ声や、伴奏、歓声、その全てが綺麗に混ざり合い

それは美しい歌を歌っているようだった。

「もうすぐ夜が来るよ」


ーENDー


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?