【SF小説】兵器物語 -序 - 新宿アリーナ ①
1. 闘獣機
僕には三分以内にやらなければならないことがあった。
目の前の闘獣機四機を撃破し、不確定フィールドの外へ脱出するのだ。
「大丈夫、お前なら出来る」
頭の中でユラ・ノヴァが言った。
文字通り、僕の頭の中。コクピットにいる僕の騎手。
その声はどうしても少女の声に聞こえる。実際はそんなものではないのだが……
「まるで、全部僕に丸投げするみたいな言い草だね」
ユラは笑った。
「もちろん、操縦は私がするさ。射撃も自分でやる。でも奴らと取っ組み合いになったら、あとはお前にかかってる」
「相手は四機だよ。勝ち目あるの?」
「心配ない。センサーからの情報をよく見ろ。あのうち三機は〈骨抜き〉だ。勝てる。お前が本気を出せばね」
「やれやれ……」
「もう行くぞ!」
ユラの操縦通りに、僕は伊勢丹本館の陰から新宿5丁目の交差点に出た。
四機の闘獣機は靖国通りの西側、ちょうど歌舞伎町交差点のあたりで待ち伏せしていた。
大きさは僕と同じ。身の丈、約9メートル。
僕と同じく、人型の二足歩行モードで多目的機能弾発射装置を構えている。
僕と同じ……星雲人の機動生物兵器闘獣機……
僕たちは兵器だ。
なんとかこいつらの防衛線を破り、その向こう……新宿大ガードのさらにその先にある不確定フィールドの境界を、三分以内に越えなければならない。
三分が経過するとこの不確定フィールドは完成し、外へ出ることはできなくなる。
不確定フィールドは星雲人が使う戦略環境制御システムだ。
生物機械「量子因果干渉脳」によって生成されたそのフィールドの中では、何がどうなるかわからない。
量子効果の操作によって因果律は歪められ、こちらの攻撃が完全に無効化されたり、敵の意図通りに翻弄されて容易く葬られるかもしれないのだ。
ただ、何もかもがフィールドを設置した者の思い通りになるわけではない。
攻撃面、防御面などの各位相における因果律の歪曲度を、ある程度都合よく設定できるだけだ。
このバランスをうまく取らないと、味方も危険に晒すことになる。
僕たちは、この地域での強行偵察中に、突然この不確定フィールドに放り込まれた。
その時は、ちょうどフィールドの中心にいたが、三方は物理的な障害物で完全に塞がれていた。
墜落した宇宙艦の巨大な残骸によって。
まさか艦ごと量子因果干渉脳を地上に落としてくるとは……
とにかくフィールドからの脱出口は、大ガードの向こう。西新宿方面にしかないのだ。
かつて人間だった頃、僕はよく新宿へ通っていた。
なので土地勘はあり、どこをどう通ればよいかはわかる……
さて……
この距離なら先制攻撃で陽動し、こっちのビル陰へ誘い込んでから各個撃破がセオリーだが……
ユラはいきなり僕のかかとの重力スケートを起動すると、スロットル全開で敵の真っ只中へ突っ込んでいった。
「!」
向こうも完全に予想を裏切られたようで、パレッタムを構え直した時にはユラの連射した量子確定弾が右の三機を捉えていた。
量子確定弾は不確定フィールドの内部で確実に使える唯一の弾丸で、素粒子レベルでの物質の分解という「状況」が込められている。
命中後外郭が外れてその「状況」が露出し、射手あるいは第三者の目撃によって確定すれば、標的は設定範囲内で確実に分解する。
これを防ぐ手段は無い。
三機のクーガーは、胸から膝にかけてぽっかりと球状にボディを失い、そのまま崩折れていった。
残りの一機だけがユラの射線を避けてビルの陰に飛び込み、新宿駅の東口方面に逃げていった。
「あいつだ! 念気動格が入ってる本物のクーガー! 油断するな!」
念気動格が入っているということは僕のように意識を持ち、コマンダー抜きでも独立して行動できるクーガーということだ。それを持たない骨抜きとは段違いに素早く動き、強い。
そして元々は人間だったクーガーということだ。
地球人かそれ以外かはわからないが……
僕は隠れた敵を気にしながらも、そのまま一気に大ガードを抜けようとして……
「!」
ユニカビジョンのビルを飛び越えて上から襲いかかったきた敵クーガーを際どいところで避けた。
だがそこから離れようとしたところで腕を掴まれ、格闘戦を強いられることになった。
身動き取れないまま組み合った僕と敵クーガーの姿が、ビルのガラス壁面に映る。
人間に近いなめらかなプロポーションだが、随所に異様な人工物が顔を出している。
背中側には腕とは別に一対の付属肢があり、そっちが今僕のパレッタムをホールドしていた。
また、コクピットの入った前後に長い頭部は人間とかけ離れていた。コマンダーはその中でバイクに跨るような形で乗り込んでいるのだ。
そのコマンダーが僕を叱咤した。
「気をつけろ! 量子ディバイダーだ!」
見ると敵クーガーの付属肢が、格闘戦用の量子兵器をこちらに向けていた。
コの字型筐体の切れ目に走っている青いビームは、極限定的な不確定フィールドだ。そこを通過したものは確実に切断される。物理的にというより、そういう状況に固定されるのだ。
僕は格闘戦プログラムをスキャンして、最も確実にそれを避ける動きから一つ下のオプションを選んで実行した。
足払いをかけたのだ。
ひとつ間違えば勢い余って量子ディバイダーの刃にかけられる恐れもあったが、意外性を突いたことで足払いは見事に決まり、両者は大ガードを潰しながら倒れ込んだ。
そういう相手の虚を突く戦いができるところも、念気動格を持つクーガーのアドバンテージと言えた。
だがユラはおかんむりだった。
「あぶねー! もちょっと考えて行動しろ! 操縦権切るぞ!」
「いいよ、それでも」
彼女……便宜上そう呼ぶが……が、そうはしないことは分かっている。
僕は後転しながら素早く起き上がり、敵クーガーがディバイダーを構える前に足で付属肢を押さえ込んだ。
敵はさらに何か武器を出そうとしたが、僕はその前に相手の首元に拳を突きつけ、手の甲に仕込まれたメタブレードを射出した。
原始的な刃物でのゼロ距離からの攻撃は、敵性不確定フィールドの中でも防ぎにくいものだ。
そのまま一気に頭部の接続部を切り裂き、完全に動きを封じる。
「トドメを刺せ!」
それはつまり、切り離した頭部を踏み潰すなりして、騎手の息の根も止めろということだ。
嫌だなあ……
だが命令には逆らえず、僕は敵コマンダーに手早く確実な最期を与えるため、足を上げた。
と、その時……
背面のセンサーが、ドンキホーテのビルを突き破って何かが現れるのを感じた。
新手のクーガーだ。
「!」
すかさず、背中側の付属肢で量子確定弾を連射する。
が、それはブラフだった。
反対側、ガードの向こうの思い出横丁の方から、さらにもう一機のクーガーが現れたのだ。
「直前までセンサーに何も引っかからなかった……完全にあり得ないところにクーガーを送り込んできてる……不確定フィールドが完成しかかってるんだ」
ユラの声に緊張がにじむ。
無理もない。
戦いの主導権を、敵に握られかかっているのだ。
おまけにセンサーによれば新手も念気動格入り。
さらに悪い情報を、僕はユラに突きつけた。
「気がついてる? 量子確定弾がもう無いよ……」
2. アンロック
「こうなったら、切るしかないね」
僕は言った。
ユラはチッと舌打ちして動こうとしない。
前方に現れたクーガーは、突然消えたかと思うと眼前に現れた。
すかさずユラが回避行動を取り、僕は通りの市ヶ谷方面へ退避した。
敵はまた姿を消し、一瞬後、僕のまわりに複数のクーガーとなって現れた。
「!」
クーガーたちの一斉射撃で空間の穴が確定し、僕の身体を消しにかかる。
ユラの反応速度はそれらを全て際どいところでかわしたが、因果律を超えた攻撃に焦り出しているのがわかる。
「イチかバチか!」
ユラは多目的機能弾発射装置のセレクターを磁気加速実体弾に切り替えて牽制射撃を試みた。
だが銃口から迸ったのは正体不明の黄色い水だった。
「何これー!」
星雲人の戦士が女子高生のような声を挙げる。
「僕の……じゃないよ」
「わかってる!」
この不確定フィールド内の因果律操作は奴らの攻撃面寄りにチューンされているようだ。
防御面では、弾丸を水にする程度のマイルドな効果しかないらしい。もっと厳しい条件だったら、いきなり暴発を誘引してこっちの腕を吹っ飛ばすくらいのことがあってもおかしくないのだ。
「攻撃面でも位置系と限定的な存在系しか拡張できないみたい。そうでなければ、もうやられてるよ。速度系の拡張攻撃で、ね」
「だから何?」
ユラはイラついていた。
「わかってるでしょ。念気動格ロックを切るしかないよ」
「お前に全部任せる? 冗談でしょ!」
「さっき、僕ならできるって言ってたじゃん」
「それとこれとは、意味が違う!」
「時間がないよ。決断しな」
戦いを始めてからすでに1分が経過しているのだ。
ユラがうなった。
「……後悔させるなよ」
「させたことあった?」
コンソールのカバーをドンと破る音がした。
その下の念気動格ロックスイッチも同時に押される。
「ほら行け! 五秒だ!」
それだけあれば十分だ。
十分すぎる。
かかとから伸びた重力スケートがバンと道路を叩く。
鈍い音を立ててボディが歪み、僕は四つん這いの姿勢を取る。
腕に仕込まれたスケートも起動し、重力反発場がさらに強い力で僕の体を浮き上がらせる。
僕は四足獣モードにシフトして、格段の機動力を得た。
ユラの操縦では出せない精度で細かく横運動をしながら敵に向かって突撃を敢行する。
視界が虹色に流れる。
ロックを解除された僕は、通常空間とも不確定フィールドとも異なる、自分だけの世界にいた。
数千倍に加速した「僕の世界」……極限定的不確定フィールドの外で、敵クーガーはただの標的と化している。
僕は六機に分かれた敵クーガーの真横に回り込み、まとめて三機に激突してそのままビルに突っ込んだ。
超加速の衝撃だけで、致命的な損傷を与えたのは間違いない。
前足となった腕の力だけで後方へジャンプした僕は、背後にいた敵の喉元に食らいついた。頭部コクピット下に仕込まれた三又の金属顎がひと噛みで敵クーガーの首を切断する。
残りの二機が瞬時に何が起きたのかを理解し、鈍い反撃を開始しようとしていた。
普通ならそんなことは出来ないはずだが、外の敵性不確定フィールドが状況を修正しようとしているらしい。
フィールドをコントロールしている量子因果干渉脳はかなりスマートなもののようだ。
だが、アンロックされた僕を止めるのは簡単ではない。
凶暴な速さで虹色に流れる時間の中、敵を潰すという意志が僕の中の深い部分で燃えている。
僕の右手から、指に数倍する長さの爪が飛び出した。
敵クーガーが構えたパレッタムを爪で腕ごともぎ取り、返す攻撃で頭部を鷲掴みにする。
爪……アシッド・クロウから鉛色の戦闘用強酸性液がどっと噴出し、煙と火花を散らしながら溶解した頭部を一気に引き裂く。
もう一機のクーガーも、左手のアシッド・クロウで腹部から胸部にかけて切り裂き、完全に無力化する。
靖国通りはあっという間にクーガーたちの凄惨な墓場と化した。
こぼれた酸を浴び、防腐コーティングされた僕のボディスーツからも煙が上がる。
ぼやぼやしている時間はない。
僕は与えられた時間を無駄にすることなく四足獣モードのまま走り出し、大ガードを飛び越えた。
だが、意識の奥底にはフィールドからの脱出よりももっと強い渇望があった。
敵が欲しい……
切り裂き、噛みつき、徹底的に鏖殺するまで尽きることなく戦える敵が……
念気動格アンロックは僕自身の意識も、そういう歪な形で拡張するのだ。
そもそも、念気動格とは僕そのもの。
星雲人の生物機械兵器である闘獣機の機能を制御し、またある時は解放し、コマンダーがその能力を完全に駆使するための言わばOS。
だが実態はもっと根深い。
コンピュータのメモリとかメディアとかに保存されて動くプログラムと違い、念気動格はクーガーの心臓(心臓があるのだ)から、アシッド・クロウの先端に至る全身に量子レベルで定着している。
だが元々は僕のもの……僕自身なのだ。
僕は、かつて人間だった頃のことも覚えている。
その時から僕の記憶、人格、意識は念気動格となった今も形が変わったまま存在し続けている。そうしたものをまとめて、かつては何と呼んでいただろう?
そう、「魂」とか言っていたような気がする……
もちろん、念気動格はその時と同じものではない。
クーガーに量子インストールされるにあたって、念気動格は綿密にチューニングされ、基本的に騎手の操縦には絶対服従だ。
時にはチューニングが不調に終わり、インストールが失敗することもある。
そういう時、念気動格の主は発狂し、自殺を図ったりするそうだ。
無理もない。強制的に体から分離させられて、いきなり兵器として目覚めたりしたら、おかしくならない方がおかしいというものだ。
幸いにというか不幸にというか、僕はおかしい方だった。
しかもかなりレアケースと言えるほど、クーガーにうまく適合したのだ。
自分の肉体の変化にも、機能の変化にも、コマンダーの操縦に従うことにも、ほとんど違和感なく対応できた。
そして大事なのは、戦うことに疑念を抱かないこと。
星雲人たちが何のために戦っているのか、僕は知らない。
興味もない。
そういう風にチューニングされているのだ。
そして、念気動格の機能を無制限に解放すると、なぜ極限定的不確定フィールドが発生し、異常なほど好戦的な性癖が現出するのかも知らない。
これについては、星雲人たちにすらよく解っていないらしい。
そんな解らないものを、よく兵器として使うものだ。
それは地球人も同じようなものだが……
かつて人間だった頃の僕なら、こんな境遇は忌まわしく不幸なものだと思ったろう。
だが今はそうでもない。
少なくとも今、僕の人生(?)はシンプルだ。
不確かな将来に、不確かな展望……夢とか志とかそんなものに振り回されず、ひたすらユラの操縦に従って戦い続ける。
不確かなのは、不確定フィールドの中くらいだ。
時にはこういうアンロック状態で、本能(なのだろうか?)の赴くまま暴れることもできる。
それは楽しい。
そういう風にチューニングされているからそう感じるのかもしれないが、それはどうしようもない。
とにかく、今は四足獣モードで不確定フィールドの外を目指して走るだけだ。
大ガードを越えた僕は、そのまま新青梅街道に入らず、新宿駅の西口に出た。
待ち伏せを警戒して……いや、そっちの方が待ち伏せがいそうな気がしたのだ。
敵が欲しい……
西口バスターミナルにから、都庁方面に抜ける大通りに出る。
そこを都庁まで抜けて新宿中央公園に出れば、フィールドの西端だ。
一気に突っ走ろうとした僕の行く手を、大きな影が遮った。
「!」
嬉しいことに敵が現れたのだ。
それも普通の闘獣機じゃない。
でかい。
背丈が僕の三倍はある、巨大なクーガーがコクーンタワーの陰から歩み出て、僕の前に立ち塞がった。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?