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全国水族館の旅⑮クニマス展示館

2010年。生物学界に激震をもたらす衝撃的なニュースが報じられました。なんと、絶滅したはずの魚が、山梨県の湖で再発見されたのです!

その名はクニマス。
秋田県の田沢湖に生息する固有種でしたが、人間活動に由来する水質環境の改変によって絶滅しましたーーと、考えられていました。しかし、富士五湖の1つである西湖にて、突如クニマスの生存個体が発見されました。この世にはいないと思われていたクニマスは、大自然の営みの中で生き続けていたのです。
彼らはどのようにして生き残り、そして今後どのようにして保護と繁殖を勧めていくのか、西湖の側のクニマス展示館にて深く学ぶことができます。


幻の魚クニマスは生き続けていた!

現在、日本の水族館でクニマスを展示しているのは、山梨県「クニマス展示館」と秋田県「田沢湖クニマス未来館」の2箇所のみです。クニマス再発見の場所・西湖で彼らの生態と保護について学ぶため、筆者は山梨県の富士河口湖町を訪れました。

山梨県と言えば、富士山! クニマス展示館は富士河口湖町にありますので、必然的に雄々しい富士山を目の当たりにします。これほど美しく荘厳な山を生み出すとは、まさに地球は偉大な芸術家ですね。

富士山麓電気鉄道の河口湖駅周辺でレンタカーを借りれば、そこから西湖までは30分もかかりません。ですが、せっかくですので、ドライブで富士五湖巡りに繰り出しましょう。西湖へ向かうルートはいくつかあり、個人的には河口湖方面から向かう道筋をオススメします。湖を走ると気持ちいいですし、レイクビューから壮大な水の生命感を味わえます。
駅から河口湖の畔までは10分足らずで到着。観光バスが停まることもあり、多くの旅行客で賑わっていました。

遊覧船やスワンボートが往く河口湖。富士五湖の中では、2番目の面積を誇ります。
駅に近いということもあり、湖畔にはお店が多いです。また、河口湖の周辺には美術館も多く、とても観光地化が進んでいると言えます。

湖岸の道路を走り、河口湖を後にします。そこからしばらく山道を進むと、静かで麗しい湖が姿を現します。
富士五湖の1つ、西湖。現在における地球上で唯一のクニマスの生息域です

静謐な西湖。クニマスの生息水域です。
この湖にクニマスが棲んでいると思うと、果てしないロマンを感じます。まさに奇跡の湖です。

優しく波打つ西湖をしばし眺めたら、山道を少しばかり進みます。ほどなくして、西湖地域の重要な自然学習館である西湖ネイチャーセンターが見えてきます。本館の中に、クニマスの現状を学ぶことのできる飼育展示施設があるのです。

西湖ネイチャーセンター。西湖や周辺の自然について学べる体験型学習施設です。
ネイチャーセンターに向かって左側がクニマス展示館となっています。世界で2ヶ所しかないクニマス飼育施設の1つです。

奇跡の魚・クニマスと出会える学習施設

「幻の魚」から「奇跡の魚」へ

クニマスは、もともと秋田県の田沢湖の固有種でした。1940年に灌漑と水力発電のため田沢湖に玉川の水が入れられましたが、その水が酸性であったため、水質の変化によりクニマスたちは田沢湖での生存が困難となりました。
誰もがクニマスは絶滅したと思い、メディアでも何十年間も「クニマスは絶滅種」と報道されてきました。しかし、クニマスは滅びていませんでした。田沢湖の個体群が絶滅するよりも前に、クニマスの卵が田沢湖から山梨県の西湖と本栖湖に繁殖用に譲渡されていたのです(当時はヒメマスの卵だと思われていました)。
西湖に放流されたクニマスの稚魚たちは、新たな環境の中で生き延び、現在まで命をつないできました。クニマスが再発見されたとき、筆者は心臓が跳ね上がるほど驚きました。そして、日本全国が衝撃と感動に包まれたのです。

本館では、生き残ったクニマスの姿を水族展示で見ることができます。ぜひ、本当にとてつもなく貴重な奇跡の魚の姿を見てください。

奇跡の魚・クニマスの生体展示。子供の頃に「絶滅した生き物」だと聞かされていた魚にこうして出会えるとは、本当に幸せです!
クニマスの色、フォルム。本当に美しい!
クニマスの展示水槽には、規制ラインが引かれています。本当に貴重な生物ですので、厳戒な体勢で保全が行われているのですね。

山梨県の清水には、多くの淡水魚が息づいています。西湖ネイチャーセンターで展示されているのは、富士の湧水の恩恵を受けて育った魚たちです。
奇跡のクニマスの展示と一緒に、麗しく輝く清流の生命を堪能しましょう。

きれいなヒメマス。クニマスと同じサケ類の魚です。ベニザケが海へ下らずに、湖で一生を過ごすようになったものがヒメマスなのです。
オイカワ。関東以西の水域に幅広く生息しています。
底生魚ヌマチチブ。河川や湖沼のみならず、汽水域にも生息します。

本館では、ナマズやウナギなどの大型魚類も飼育展示されています。これらの魚たちに引けを取らない大きさのクニマスは、改めてものすごくかっこよく思えますね!

ナマズは横になって休憩中でしょうか(笑)。こう見えて、他の魚や両生類を捕食する恐ろしいハンターです。
ニホンウナギ。西湖での呼び名は「ジャウナギ」。
こちらのコイは、まだまだ成長途中。大型のものでは全長1 mに達します。

クニマスが故郷へ還る日のために

本館では、クニマスの生態・再発見の歴史・繁殖と保全を詳しく学ぶことができます。いかにして彼らが奇跡の魚となったのか、数々の展示でじっくりと学びましょう。

謎に満ちたクニマス。これまで絶滅したと考えられていた魚ですから、生態的にわからないことだらけでした。彼らの研究はこれから発展していくのです。

まず知らなくてはならないのは、クニマス再発見の場所となった西湖は、どのような湖であるのかということです。今、クニマスたちが生きている水域は、いったいどのような環境なのでしょうか。
その秘密は、多くのパネル解説とジオラマ展示にて理解することができます。

パネルのよる図解。西湖は、富士五湖の中でも2番目に深い湖です。やや西側寄りの中央部分が最も深くなっています。
クニマス放流の背景に関してもパネルで解説してくれています。ヒメマスと思って西湖に放たれた稚魚の中には、クニマスも混じっていたと考えられます。
ジオラマを用いて、西湖の形や深さを視覚的に説明。周辺に豊かな植生があることもわかります。

西湖にクニマスが導入された流れは、これでわかりました。続いては、「どうして西湖にクニマスが生きているとわかったのか?」という謎についてです。
絶滅したと思われていたクニマスの同定に関しては、様々な生物学的知見が使われています。1つはDNA分析と、もう1つは鰓耙さいは(プランクトンを濾しとるフィルター状の器官)と幽門垂ゆうもんすい(消化器官の一部)の数の組み合わせです。それらの魚類学の知識を、展示キャプションで正確に学ぶことができます。

年表形式のキャプション。運命の年ーー2010年に、ヒメマスとは異なる「クロマス」という魚が見つかります。
写真付きパネルによって、鰓耙と幽門垂について明示。サケの仲間は、鰓耙と幽門垂の数値の組み合わせが種類ごとに異なります。西湖の「クロマス」の数値は、クニマスのデータと一致しました。
遺伝子解析の結果を詳しく解説するキャプション。分子生物学的にも、西湖のマスがクニマスであると裏付けられました。

クニマス再発見の経緯は上記の通りですが、ここで疑問が残ります。他にもクニマスが放たれた湖はあるのに、どうして西湖だけでクニマスは命をつないできたのでしょうか。

謎を解く鍵は、西湖の底にあります。
湖底の一部には湧水の噴き出すゾーンがあり、そこは水の流れのある砂礫されき(砂や少し大きめの石)地帯となっています。この砂礫地帯はクニマスの産卵場所となっており、彼らの繁殖に必要な環境なのです。

こちらのパネルでは、クニマスの産卵行動の瞬間を載せています。地下の湧水によって形成された砂礫環境によって、クニマスは西湖で生き続けることができました。
産卵状況のパネル解説。西湖の深部の温度は約4 ℃と低く、クニマスの故郷である田沢湖の環境と似ています。多くの面で、西湖はクニマス生存に好適な環境だったのです。

最先端科学によって、クニマス生存の謎は解けました。幻の魚が生息するとわかったら、次に着手すべきなのは保全活動です。
学術的に極めて重要であると共に、かけがえのない地球の生命であるクニマス。彼らの個体数を増やし、故郷の田沢湖に戻すための取り組みがすでに山梨県でスタートしています。

山梨県水産技術センターの取り組み。サケ類の人工増殖のノウハウを活かし、クニマスの保全に取り組んでいます。
写真による人工増殖プロセスの解説。1つ1つの行程を丁寧に説明してくれています。

クニマスの保全活動は確実に前へ進んでいます。いつか、田沢湖の水質が元通りに戻ったとき、クニマスたちは故郷へと還ることができます。
そのときまでに、西湖の自然環境を守り、西湖生まれのクニマスたちを保全していかなくてはなりません。クニマスが田沢湖への帰還を果たしたとき、また大きなドラマが生まれることでしょう。

クニマスとヒメマスの液浸標本。同じサケ類ですが、生態的には異なる部分も多いのです。
西湖で捕獲された雌雄のクニマス。これからも、クニマス研究のために西湖でのフィールド調査が重要となってくるでしょう。

クニマス展示館 総合レビュー

所在地:山梨県南都留郡富士河口湖町西湖2068

強み:日本で数少ないクニマスの飼育保護施設という学術的重要性、西湖及び周辺地域の自然に関する膨大な生態学的知見、クニマスに関する希少資料・標本の展示

アクセス面:レンタカーか自家用車! 車なしでは、辿り着くのはかなり困難です。山梨県内の施設ですので、関東圏の方は普通に自家用車で来られる距離だと思います。また、富士山麓電気鉄道の河口湖駅などの主要な駅の周辺にはレンタカー屋さんがありますので、車を借りられる場所は多いです。河口湖の方から湖沿いを通りながら、ゆっくりドライブしてクニマス展示館を目指しましょう。途中にレストランや道の駅がありますので、休憩も適宜できます。

全ての生き物好き(特に魚好き)の人に強く来館を勧めます。本館に来れば、クニマスの学術的重要性・再発見までのドラマティックな軌跡を知ることができるうえに、生きているクニマスの姿を拝めます。全人類がもう二度と会えないと思っていた魚と対面できるのですから、魚類マニアにとって忘れられない1日となるのは確実です。
再発見の経緯、分子生物学的・形態的な他種との違いを体系立てて解説してくれているので、とても理解しやすい展示構成となっていますり図や写真を多用したキャプションにより、多くの来館者はクニマスへの知的好奇心を強く刺激されることでしょう。
ぜひ、富士五湖巡りの際に立ち寄って、奇跡の魚に出会ってください。

さかなクンが描いたクニマスのイラストと直筆サイン。ネイチャーセンターの事務所窓口に設置されています。実は、西湖にクニマスがいる可能性に最初に気づいたのは、さかなクンなのです。

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