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全国自然博物館の旅㉕千葉県立中央博物館

世界中の古生物学者は、ほぼ全員が千葉県を知っているでしょう。「東京や大阪ならわかるけど、なんで千葉県が世界的に有名なの?」と思われるかもしれません。
実は、千葉県の名は地質年代の名称に使われているのです。いったいそれはどんな時代で、そのときどんな生き物たちが暮らしていたのでしょうか。


チバニアンの謎を解きに博物館へ行こう!

地球史には「チバニアン」という名前の時代があります。お察しの通り、その名は千葉県から取られたものなのです。新生代の更新世の中で、約77万4000年~約12万9000年前までの期間がチバニアンとされています。
チバニアンは日本語で「千葉時代」と訳されます。古生物学において、千葉県は世界に誇るべき偉業を成し遂げているのです。

チバニアン期の生態系を学ぶなら、もちろん千葉県の博物館が一番。古生物学の見識を深めるために、千葉市内に位置する県立中央博物館を訪れました。
博物館は「千葉県立青葉の森公園」内に位置しています。JR千葉駅からバスに乗って行くのが無難ですが、筆者は京成電鉄の千葉寺駅から向かったので20分ほど歩きました(笑)。

千葉県立青葉の森公園。千葉市民の方々が集う憩いの場であり、敷地内には博物館や文化ホールを有しています。

博物館のメイン展示棟の近くには、「生態圏」という野外生物観察エリアが設けられています。6.6 haの敷地の中森林や池を擁しており、多種多様な動植物を観察することが可能です。こういった生態圏を有しているのは、日本国内で千葉県立中央博物館だけです

生態圏は入場無料です。定期的に、スタッフさんによる生き物の観察会が催されています。博物館の隣で野外観察がでにるのは素晴らしいですね。
生態圏のオリエンテーションハウス。敷地内の生物や千葉県の自然について学べます。
オリエンテーションハウスでは、生態圏の生物を中心とした標本資料が展示されています。興味深いキャプションもたくさんあるので要チェックです。

博物館に入る前に、生態圏を中を練り歩いてみましょう。予想以上の広さに、筆者は森の中にいるかのように錯覚してしまいました。季節によって様々な昆虫や鳥に出会えるうえに、植物もシーズンごとに違う表情を見せてくれるので、四季折々の楽しみ方があります。

生態圏の敷地面積は6.6 ha。生物観察を楽しみながら、ゆったりと歩いていきましょう。
フィールド内には、動植物の見どころスポットがあります。解説文や写真付きのパネルが設置されているので、学びながら楽しく散策できます。

生態圏内の案内所の1つとして、野鳥観察舎が建てられています。ちょうど池の前に位置していますので、建屋の窓から水鳥たちの自然の姿を観察できます。これほどすごい野外エリアを有する博物館は、全国的に見てもそう多くはないと思います。

野鳥観察舎。休憩がてらにバードウォッチングと洒落込みましょう。
建物の窓の向こうには池があり、野生の鳥たちを観察できます。千葉市内のど真ん中にこれほどの環境を創出するとは、改めてびっくりします。
野鳥観察舎には、鳥や生態圏に関する資料の展示があります。鳥好きの人は、つい長居してしまうかもしれません(笑)。

野外観察を存分に楽しんだら、いよいよ展示施設へ参りましょう。多くの関東人が知らなかったであろう千葉県の学術的な魅力を、とことん学んでいきたいと思います。観覧後には、きっと千葉の偉大さを理解できるはずです。

千葉県各地のフィールドにつながる博物館

時を超えて現れるチバニアンの野生動物たち

まず皆様にお伝えしたいのは、千葉県立中央博物館はとても自然科学の研究レベルが高い博物館だということです。本館の学芸員さんには生物学において世界的な研究成果を発表された方々がいらっしゃいますし、豊富に化石が産出する環境が千葉県にはありますので、新生代の古生物学研究も極めてハイレベルです。
自然科学を極めたい人ならば、ぜひチェックしておきたい学術施設と言えます。

生態圏から歩いて5分ほどのところに博物館が立っています。ここからは有料となります。
エントランスホールにはナウマンゾウの骨格が展示されています。1968年、日本で初めて復元されたナウマンゾウの骨格標本となります

最初の展示エリアでは、千葉県の古生物学に触れていきます。チバニアンよりもはるか大昔の中生代の地層が銚子に存在し、産出化石の中には新種も確認されています。もしかしたら、いつか千葉県で恐竜が発見されるかもしれません。

千葉県銚子市で発見された白亜紀の巻貝群の化石。一般の発掘者から寄贈された当該標本からは、6種類もの新種の巻貝が見つかりました
銚子市の地層で発見された白亜紀のアンモナイト化石。中生代の地層があるからには、アンモナイトだけでなく、千葉県で恐竜が発見される可能性も大いにあります。

恐竜時代の次は新生代へと移ります。千葉県ではコアな海洋生物が発見されており、化石マニアにとってはたまらないと思います。特に、ダイオウグソクムシの仲間の化石には驚かされるのではないでしょうか。

約800万年前の深海生物コミナトダイオウグソクムシ。大型のグソクムシ類であり、日本産の固有古生物です
鴨川市の地層で発見された新生代の生物たち。太古の千葉に多様な自然環境があったことを教えてくれます。
千葉県内で発見されたサメの歯、そして貝類の化石。対比として展示されている現生アオザメの顎(写真下)は、銚子港で水揚げされた個体のものです。

お待たせしました。ここからは、チバニアン期を生きた野生動物が続々登場します。千葉県の博物館で見るチバニアンの古生物、とても特別感がします。
代表的な大型陸上動物は、やはりナウマンゾウです。更新世の日本各地を闊歩した彼らは、チバニアン期にも繁栄していました。

ナウマンゾウの全身骨格。現代のゾウよりやや小型ですが、牙がとても長いので迫力なら負けていません。
ナウマンゾウの復元図。鼻と牙が立派でかっこいい。
ナウマンゾウの頭骨化石の複製。彼らは日本国内の各地で発見されている古代ゾウ類で、数多くの研究が実施されています。
ナウマンゾウの顎の骨と復元模型。ゾウの歯は独特な形態をしているので、他の動物と容易に区別できます。

ナウマンゾウの他にも、チバニアン期の大地には魅力的な動物が生息していました。本館では千葉県内で出土した更新世の動物化石が見られますので、我々は太古の千葉の環境を強くイメージすることができます。

ニホンハナガメ。チバニアン期の爬虫類であり、千葉県袖ケ浦市にて発見された新種のカメです。
ヤベイシガメの甲羅の化石。ニホンイシガメとセットで見ていると、チバニアンの爬虫類について関心が湧いてきます。
袖ケ浦市で出土したニホンジカの化石。本種の標本としては国内最古レベルです。

海洋生物化石においても、千葉では多くの発見があります。特筆すべきは、君津市から産出したザトウクジラ類の骨格です。貴重な実物化石ですので、化石マニアは絶対チェックです!

ザトウクジラ類の肋骨の化石。70万年前の日本近海にも、現生種と近いクジラが生息していたのです。
チバニアン期のザトウクジラ類の下顎。実物化石と聞くと、一気にテンション上がるのがマニアの性(笑)。
こちらは館山市で産出したクジラの骨格であり、チバニアンよりもずっと新しい完新世の時代のものです。約6000年前の千葉県の海にはサンゴ礁が広がり、多数の海洋生物が暮らしていました。

本館の展示で千葉県の古生物が気になった人は、千葉県が誇る化石産出フィールドに出かけてみてください。
特に銚子市には恐竜時代の地層があります。当地は銚子ジオパークとして、地質や地形をテーマにした学術拠点となっています。銚子でたくさん学んで、化石を掘って、千葉県の第1号となる恐竜の発見を狙ってみましょう!

化石が豊富に産出する銚子ジオパークの紹介。自然科学の知識を深めるために、ぜひ銚子を訪れて探検してみましょう。

陸にも海にも広がる房総の生命

古生物エリアを抜けると、生き物好き待望の千葉県の自然環境についての展示が始まります。広大な海に面し、なおかつ広大な森林を有する房総では、あらゆる生物の観察を楽しめます。
1つ1つの展示を味わいながら、千葉県の自然環境への理解を深めましょう。

房総の現生動植物についての展示がスタート。地域の自然環境を学ぶのは本当に楽しいですね。
剥製などの生物標本展示が充実。親潮と黒潮がぶつかり合う千葉県の海には、サケやベニズワイガニといったおいしい幸がたくさんあります。
カラスの剥製標本を用いた市街地のジオラマ。街の中でも、生き物たちはしたたかに生きています。

奥の区画で誰もがびっくりするのが、あまりにもインパクトの強いハチの巣です。巨大なスズメバチ類の巣は壮観の極みであり、ジガバチ類のフジツボのような巣はユニークでとても興味深いです。

タイワンモンキジガバチの巣。ジガバチは狩りをする単独性のハチであり、スズメバチやアシナガバチとは違った形の巣を作ります。
キイロスズメバチの巣。ここまで立派な城を築くには、かなりの年月がかかったでしょう。働きバチたちの努力に感服!
1つの巣から採集されたオオスズメバチを展示。あまりにも数が多いので、写真に収まりきれていないハチもいます。

鳥の剥製標本の見事さには、思わず見入ってしまいます。学術性と美しさの両立した展示、誠に素晴らしいと思います。鳥好きの人にはたまらないですね。

鳥類の剥製標本。どれも美しくかっこいいです。
生息場所の環境や高低差を簡易的なジオラマで解説。鳥たちの暮らし方について理解を深められます。
頭上を仰ぐと、鳥たちの剥製を発見。視覚的に楽しめる展示です。

千葉県は広い森林地帯も擁しています。このエリアでは森林環境をイメージした大型のジオラマ、大型樹木の実物標本などで房総の森のスケールを知ることができます。
今、外来哺乳類キョンの繁殖で話題になっている千葉県の森。問題解決に向けて考えるために、しっかりと学んでおきたいところです。

床面に展示されたスダジイの樹幹。この幹の持ち主は樹齢200年にも及ぶ巨木でした。
動物の剥製標本を用いた森林環境のジオラマ。千葉県の森はとても壮麗ですが、近年ではキョンなどの外来哺乳類が増えています。

続いて海洋エリアへと移ります。太平洋や東京湾に面する千葉県の海洋生物は、とても多様性が高いです。岸辺から深海域に至るまで、千葉の海には数限りない生命が息づいています。
海洋生物の学術標本や模型、キャプションの数は膨大。見ごたえ抜群で関心もどんどん強くなります。

千葉県の海洋環境に生きる魚介類の標本。膨大な展示点数を目の当たりにすると、千葉の海が豊かであるとわかりますね。
深海生物の模型展示。プヨプヨ感の漂うセンジュナマコ(写真中央下)が目を引きます。
東京湾で獲れたカニ類の標本。底曳網漁で混獲された個体であり、我々があまり食べない種類のカニもいます。
サンゴ類の写真と化石の同時展示。千葉県南部の館山市では約25種類の造礁性サンゴが生息していますが、約6000年前の館山市の海にはさらに多くの種類が生きていました。
奥のホールではクジラ類の骨格展示があります。太平洋に面した銚子市の海では、クジラの到来シーズンにホエールウォッチングが行われています。

そして、筆者の大きなお楽しみの1つ、昆虫標本展示です。壁面に配された超多数のドイツ箱を眺めていると眼福です。1点1点、よーく見ていきましょう。

壁一面にびっしりと並べられた昆虫標本。テンション爆上がりです!
ゲンゴロウもシデムシもハネカクシもかっこいい。最近では、シャープなイケメンのハネカクシが特にお気に入り(笑)。
シミ類の標本がたくさんあるのは嬉しいです。原始的な特徴を有する昆虫であり、本などを食害する害虫として、美術館や人文系博物館では恐れられています。

多様な展示で感じる人と生き物のつながり

本館では、視覚的に楽しませてくれる生物模型展示がたくさんあります。その中でも筆者が特に目を奪われたのは、ミクロのプランクトンや藻類などの拡大模型です。とてもリアルでハイクオリティな造形であり、製作者の方はすごい職人であると一発でわかります。

ミドリムシの3000倍拡大模型。本体の造形はもちろん、体の動きをコントロールする鞭毛にもこだわりが感じられます。
シャグクモの造精器と造卵器の120倍拡大模型。生殖器官も緻密な造形で見せてくれるとは最高!
リアルで美しいフネケイソウ類。これは約7200倍の拡大模型ですので、現物のサイズは超ミクロスケールです。

ミクロの生命には、菌類や細菌類もいます。もうお察しかもしれませんが、なんと菌類や細菌類の拡大模型まで製作されています。博物館スタッフや造形師の方々の情熱には、尊敬と感謝の念を禁じえません。

菌類の模型展示。成長ステージによって形態が大きく変わるのも、菌類のおもしろい特徴です。
大腸菌や黄色ブドウ球菌といった細菌類の拡大模型。なお、菌類と細菌類はまったく違う生き物です

標本や模型の展示ホールの奥には、なんと生体展示室があります。千葉県の身近な自然で見られる生き物たちが、愛情深く育てられています。

博物館で生まれたアオダイショウの子供。超可愛い!
飼育員さんがアズマヒキガエルに給餌中。よく懐いているなぁと感動しました。
飼育員さんの手書きキャプション。ユーモラスで親しみやすく、スムーズに学習理解ができます。

私たちにとって身近な生き物たちのスポット。それは各地でよく見られる水田です。人工的な湿地でありながら生物多様性は高く、種の保存になくてはならない場所なのです。
一方で、米の生産の害となる生き物たちも水田にやってきます。そんな美しく手強い生物たちを見ていきましょう。

水田に生える草本植物の模型展示。イネを正常に生育させるため、これらの草を定期的に間引かなくてはなりません。
イネを食害する昆虫たちの拡大模型。彼らは決して侮れない存在であり、農業害虫は歴史的な大飢饉をもたらしたことがあります
イネに病気をもたらす菌類の拡大模型。農作物の病原体は多数存在し、菌類や細菌類のみらず、ウイルスやウイロイドも手強い相手です。

これまでの展示で学んできたように、千葉県の自然はとても豊かですが、過去と大きく変わってしまった環境もあります。千葉県だけに限った問題ではありませんが、人為的な環境改変に伴って、生き物が姿を消した場所がたくさんあります。
本館の展示では、過去と現在の水域環境を対比しています。生命豊かな環境とはどうあるべきなのかを、改めて考えるきっかけにしたいと思います。

ジオラマ展示で、一昔前の日本の小川を再現。岸には植物が生い茂り、水中にもたくさんの生命が棲んでいます。
現代の街で多く見られる川の姿。2面もしくは3面がコンクリートで固められ、生物多様性は低下してしまいました。

豊かな海を擁する千葉県。その海においてもーー特に東京湾において、由々しき問題が発生しています。
代表的な事例が赤潮です。人間の産業活動によって水中の窒素やリンが増加すると、プランクトンが爆発的に増加します。自然界にあるべき数を超えすぎると赤潮が発生し、水中の生物が酸欠によって死んでいきます。また、原因種のプランクトンが毒性を持っている場合、人間にも悪影響を及ぼす可能性があります

赤潮と関係する微小生物を来館者に伝えるために、本区画でも超ハイクオリティな造形の拡大生物模型が登場します。なお、彼らは決して悪者ではなく、自然界を構成する大切な一員であることだけはご理解いただきたいと思います。人と地球環境に密接に関わる問題なので、赤潮について本展示で深く学んでいきたいと思います。

ケイソウ類スケレトネマ・コスタトゥムの3000倍拡大模型。東京湾では、この種類に起因する赤潮の発生が最も多いのです。
ゴニオラックス・スピニフェラの3000倍拡大模型。近縁種には恐ろしい毒性を有するものもいます。
ディノフィシス・フォルティの2000倍拡大模型。本種の毒に摂取した魚介類を食べると、下痢や嘔吐などの症状が起こります

太古から現在までの千葉県の自然学習を通じて、人と地球の未来について考えさせられる素晴らしい展示内容。本館での学びによって、身近な環境への理解が、マクロな世界を知ることにつながっていくのだと感じました。

千葉県立中央博物館 総合レビュー

所在地:千葉県千葉市中央区青葉町955-2

強み:千葉県産の貴重な化石資料および古生物研究にまつわる多大な知見、千葉県の現自然を総合的に学べる標本・生体展示、各種微小生物の拡大模型を含めたハイクオリティな展示造形物

アクセス面:関東在住の方なら、車で来館するのがベスト。青葉の森公園に有料駐車場があります。公共交通機関をご利用の場合は、JR・京成電鉄の千葉駅より路線バスに乗って向かいましょう。千葉駅から徒歩で行けなくはないですが、野外エリアの生態圏でたくさん歩きまくりますので、体力の浪費を抑えるためにも乗り物の利用を推奨します

千葉県の自然・人文科学を深掘りした「県特化型」の博物館です。化石マニアの方々に超受ける展示が多く、千葉県産の新生代の古生物展示には筆者も無我夢中になってしまいました。現生動植物の標本・模型展示も非常に充実しているうえに、身近な生き物の生体展示まであるという隙の無さが素晴らしいと思います。
施設を一巡して全体を振り返ったとき、本館から千葉県への強い郷土愛を感じられることでしょう。多くの県立自然博物館では海外産の大型恐竜を展示しているものですが、千葉県立中央博物館の展示資料は大多数が千葉県産の化石・生物標本です。専一な展示スタイルを貫いているからこそ、千葉県の魅力が観覧者に強烈に伝わってくるのだと思います。

本館には千葉県の歴史文化に関する展示もあります。ただ、考古学資料の中には撮影禁止の物もありますので注意しましょう

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