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5年前 <2>

さて、どうしよう。すぐに進行してどうにかなるというわけではないようだが、爆弾を体内に抱えているのも精神衛生上よろしくない。また同じ手術をして病巣を取り除けるかに賭けるか、開腹あるいはお腹に穴をあけて内視鏡で臓器や周辺のリンパも取る手術をするか。

これまでにはっきりと自分のがんがどの部位だか公の場で公表したことはないと思う。婦人科系で、他の多くのがんと違い若い人にも多いがんだ。私と同じ部位の患者さんのブログも沢山読んだけど、まだ20代なのに発見時にはステージ4、シングルマザーで小さいお子さんを遺して亡くなってしまった人もいた。私は他人だけどね、さすがに涙が出たよ。辛い治療を頑張っているとブログを毎日更新していたのに「家族からのお知らせ」で始まる記事とかご本人が「意識を低下させる薬を今飲みました。ブログを読んで応援してくださった方々有難うございました。さようなら」で終わる文章を見てさ。

私には家族もいないも同然だ。一応父親と妹は存命だが縁を切っているし、がんだってことなど打ち明けたくはない。私はあの時点でがんだと打ち明けたのは身近なごく数人と医療関係者と患者会の人たちだけ。今でもたまに言われるよ、娘ががんと知れば親御さんたちは優しくなったり協力してくれるんじゃない?ってね。甘い、甘すぎる。うちの家族の異常さを身をもって知らないから理解がないのは仕方ないけれど、やっぱり私は家族に恵まれなかった、孤独だと改めて思い知らされて半ば絶望した。この頃、がん患者さんのブログのみならず書籍も沢山読んだけれども私と同じく婦人科系のがんで(部位は違うけど)「ぼっち中年女ががんになった!」みたいなうたい文句の実録漫画本を書店で見つけて手に取ったんだけども
「おい!ぼっちじゃねーじゃん!」ってのがあった。
海外出張中の父親が駆けつけてくれた、母親はご飯を作ったり家事をしに来てくれた、職場の人や友人が沢山、世話を焼いたり見舞いに来てくれた…..etc。ゴメン、正直「なめてるのかよ💦」って思った。ただ一人暮らししてるってだけじゃんって。それはぼっちとは言わねぇよ。

リアル孤独な中年のわたくしは県内や都心のがんセンターや近所にある日本にいる人なら名前を知らない人はまずいないであろう超巨大な総合病院(執刀してくれた医師の出身大学の付属)などを回って、どうしたらいいのか相談した。身体に傷が残るのは嫌だ、とか言ってる場合じゃないけどやっぱり嫌だし、臓器を取ったらかなりQOLが落ちる。リンパを取ることで排泄が困難になり、カテーテル生活になることもある。食事も腸閉塞にならないように常に気を付けないといけない。脚はパンパンにむくれて弾性ストッキングを着用することを強いられ、蜂窩織炎も怖い。嫌だ、嫌だ。亡くなった人や闘病中の人には申し訳ないが、これなら死んだほうがましだと思った。ステージ1とはいえ、標準治療は臓器と周辺のリンパを摘出、且つ放射線治療の可能性もある。

もうね、本当に孤独だったよ。爆弾抱えてあちこち回って。医療関係者以外誰にも相談出来ないっていうか、相談する相手すらいない。執刀医のことは信頼していた。けどその先生は開腹手術などは行っていない。先生が開腹手術や内視鏡手術をやっていたならば私は多分だけど迷うことなく臓器を取ろうと決めたと思う。
その先生ねぇ、女医で太陽みたいに明るい先生なんだよね。いつもニコニコしてるんだけど、ポジティブ思考押しつけとかじゃなくてさ。ああ、こんな人が自分の母親だったらいいのになぁって思ったくらい。実際、病院のレビュー見ると「先生がなにより素敵」ってのが沢山。個人の大きい産婦人科なんだけども、その先生(当然、院長)ほぼ一人でやってる。だからいつも激混み。しかもお産やパパママ教室とか妊婦ヨガとかもやってる。本当にね、辛くてたまらなかったよ。幸せそうな夫婦や子連れの人たちが待合室に沢山いるのになんで私はたった一人でこれからどうしようかって悩んでるのかなんてさ。

いいさ、いいさ。私は自分の運命を自分で決める。
「決めました。お願いします。また切除術を受けます」

2度目の手術は40回目の誕生日の数日後に決まった。誕生日には美輪明宏さんのお芝居『愛の讃歌ーエディット・ピアフ物語ー』を観た。私の誕生日、3月31日が初演だったのは偶然か?
Non, je ne regrette rienーー「私は後悔しない、人生の良かったことも悪かったことも」と歌/謡う、邦題『水に流して』。私は後悔してること沢山あるよ。けど、だからこそもう少し生きたい。私はピアフが生きた時代のパリ紳士の格好をして行った。講演後、迷惑にならない場所で出待ちしたら美輪さんが現れたのでボルサリーノを脱帽して会釈したら微笑んで下さった。ああ、もう少し生きよう。生きなくちゃなぁ……。

これまた偶然なんだけれども、執刀医も「ミワ」って名前なんだよね
ーー私は「ミワ」さんに賭けた。