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国連改革と共和主義(2022)

国連改革と共和主義
Saven Satow
Aug. 28, 2022

“Et tu, Brute? ”

 ロシアによるウクライナ侵略は、平和構築のための戦後の国際秩序の発想を崩した歴史の転換点と指摘されている。それを受けて、ネット上を含め世界中から国連改革を始め数多くの試案が提示されている。

 その際、確認しておくべきことがある。それは、第二次世界大戦後の世界は共和主義を基本原理にして国際平和を実現しようとしてきたことである。これを踏まえていないと、せっかくの革新的アイデアもチグハグなものになりかねない。

 共和主義は共和政ローマに由来する思想である。共通善、すなわち公益実現のため、権力を分立させ、相互に牽制、競争させ、特定の権力が私益を求めて暴走することを抑制する。祐徳者が統治を担えるとは限らない。それより邪悪な人間が権力を握ったとしても制度が自ずとそのよこしまな行動を防止する方が賢明である。権力を抑えるのは別の権力だというわけだ。

 この共和主義を語った思想家がk共和政ローマの歴史家ポリュビオスである。彼は『歴史』において政体を王政・貴族政・民主政に三分類する。さらに、その堕落形態を専制政・寡頭政・衆愚政とそれぞれ当てる。政体は当初よく機能するが、次第に堕落し別のそれに交代する。ポリュビオスはそれぞれの政体を生成・消滅の循環の中に位置づける。

 誰も統治していない状態から一人が王として権力を握る。最初は共通善のために政治を行っていたが、世代交代に伴い、その意識が薄れて堕落していく。王政が専制政になると、少数者が打倒して貴族政を始め、共通善に基づく統治を行う。しかし、代替わりをすると、腐敗した前の政体を倒したことを忘れ、同じように堕落する。寡頭政に対し、大勢が立ち上がり、民主政を起こす。けれども、世代交代すると、統治者は共通善よりも私益を追い求め、衆愚政に陥る。かくして政体が消滅し、統治者のいない状態に戻る。この過程の繰り返しが政治の歴史だ。

 ポリュビオスはこうした政体循環論に適合しない国家があると指摘する。それが共和制ローマである。ローマには王政・貴族政・民主政の三つが混合しているからだ。

 共和政ローマには国家元首として定員2名のコンスル(執政官)、貴族の統治機関である元老院、平民の合議機関の民会が設置されている。王政・貴族政・民主政の三つの制度が併存し、相互に牽制している。権力が分立して、均衡しているので、どれかが暴走することがない。世代交代しても、実質的に統治を担当しているのは元老院で、三すくみになることはない。相互牽制のために政治は堕落しない。共和制ローマは政体が混合しているため、生成・消滅の循環に向かわない。

 国連の最も基本的な組織構造は共和政ローマの混合政体論を踏まえている。事務総長がコンスル、安保理が元老院、国連総会が民会に相当する。執政官は貴族よりも平民の利益を守る役職なので、事務総長も大国から選ばれないことが慣例になっている。

 国際連盟がカント主義に立脚しているのに対し、国際連合は共和主義に基づくので、国連軍を用意する。力を抑制するのは別の力だからだ。

 国連の組織のみならず、東西冷戦下の核抑止論も共和主義に拠っている。米ソは政治的・経済的・社会的体制が異なるため、相互に不信感がある。この状況では外交も限定的であり、思わぬ戦争が発生しかねない。そこで両国は人類を何度も絶滅させられる核兵器でお互いを脅し合う。相手は信用できないが、バカではなかろう。もし戦争が起きれば、人類が滅亡するのだから、そんな愚かなことはしないに違いない。

 ただ、核抑止論は大戦争は抑制できるが、小戦争には必ずしも有効ではない。核保有国のアメリカはベトナム、同じくソ連はアフガニスタンで戦い敗れている。しかも、この小さい戦争は大きい戦争を予防するために位置付けられてもいない。、

 核抑止論の共和主義としての不十分さがロシアによるウクライナ侵略である。ウラジーミル・プーチン大統領は人類絶滅の危険性がある大戦争を避けたいという西側諸国の思惑をついている。邪悪な人間が権力を握ったとしてもその暴走を予防できるのが共和主義だが、そうなっていない。

 こうした戦争を抑止するため、国連の果たす役割は大きいはずだが、本来的なことができていない。その際、指摘されるのが安保理の問題である。安保理改革は以前から提唱されているが、なかなかはかばかしくない。

 共和政ローマにおいてその拡大につれて問題となったのが元老院である。元老院は公益より使役に走り、平民派との対立も激化する。民衆派の政治家たちはその改革を試みる。ルキウス・コルネリウス・スッラは元老院の権限を明確化し、定員を300名から600名に倍増する。しかし、共和政は幕を閉じ、帝政を迎える。

  元老院は平民派の要求を自身の私益の追求と見なしている。他方、平民派は元老院が既得権益を守ることに専心していると受け取る。ポエニ戦争の頃はうまく機能しても、ローマの領域の拡大につれ、両者の牽制が公益の実現につながっていない。環境の変化に伴い、分立した権力のバランスが崩れ、共和主義の相互牽制・競争が十分に機能しなくなっている。

 近代的共和主義者シャルル・ド・モンテスキューは三権分立を提唱している。国家の権力を立法・行政・司法に分立させて、相互牽制させていずれの暴走を抑制する。現代では、それに加えてメディアを第4の権力としてその機能を拡充させている。共和主義的システムは環境の変化に応じてバランスを修正しないと十分に作用できない。

 現時点で共和主義にとって代われる思想は見当たらない。それから外れた提案は竹に接ぎ木となる。国連改革も共和主義的システムがうまく作用するように、分立する権力のバランスを修正することだろう。常任理事国が拒否権を行使した場合、その説明を国連総会でしなければならないことはその一つだ。ノブレス・オブリージュを果たさない常任理事国はそれにふさわしくない。共和主義的システムのメカニズムが理想的に働くためのアイデアが地味でも望ましい。ローマの二の舞は避けなければならない。
〈了〉
参照文献
本村凌二他、『古代地中海世界の歴史』、ちくま学芸文庫、2012年
山岡龍一、『西洋政治理論の伝統』、放送大学教育振興会、 2009年

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