言葉にならない気持ちを描く

"Garmanns sommer" af Stian Hole, Cappelen Damm AS, 2006 Norge 「ガルマンの夏」スティアン・ホーレ 作・絵 ノルウェー 絵本

新しくページをめくるたびに、主人公の少年ガルマン、3人の老女、そしてガルマンの父と母それぞれの、未来への期待と不安で揺れる気持ちがあふれ出てくる絵本。不安で心がざわざわ揺れる時の空気感にあふれるこの絵本は、なんと2017年に日本語にも翻訳され出版されている。

夏休みも今日で終わり。ガルマンは明日から小学生。デンマークやノルウェー語の表現で、ワクワクドキドキする時に「お腹の中に蝶がいる」というのだけれど、ガルマンのお腹にも蝶がバタバタと飛び回っている。そんなとき、毎年ガルマン一家を訪ねてくる老女たちが今年もやってきた。老女たちに「ドキドキして怖いことってある?」と尋ねるガルマン。ある老女は「もうじき自分で歩けなくなって、手押し車を使う時が来るのが怖いね」という。「冬が怖い」という彼女に、ガルマンは、雪だるまとそり遊び、温かいココアを連想する楽しい冬がなぜ怖いのだろうと不思議に思う。別の老女にガルマンは「もうすぐ死ぬの?」と尋ねる。老女は「そうね、そんなに先ではないわね」と言い、「そしたら、口紅をつけて、きれいなドレスを着て、北斗七星に乗ってお空を飛ぶのさ。大きな門があって、そこを抜けるとこの庭のようにきれいで大きな庭にたどりつくんだよ。」と答える。ガルマンは、パパとママにも、怖いものがあるか尋ねる。オーケストラでバイオリンを演奏するパパは、ガルマンとママをおいて演奏旅行に出ることや、コンサートでうまく演奏できなかったらと思うと、怖い気持ちになるという。ママは、明日からガルマンが車通りの多い道を一人で渡る時のことを思うとき、そして歯医者にいくときのことを考えると怖いという。老女たちはガルマンの家の庭で楽しいひと時を過ごしたのち、船に乗って旅立っていく。ガルマンはもう随分前に支度した学校カバンの中身をもう一度確認する。夏の終わり。あっという間の夏、そして明日からはいよいよ小学生。もう秋の気配さえする庭を眺めながら、ガルマンはまた不安と期待でいっぱいになる。

"bange" という単語は「不安」という意味で、この本の核になる単語なのだと思うのだけれど、これを日本語訳では、書評等を見る限り「不安」と統一して訳しているのだろうか。でもなんとなくだけれど、ガルマンの気持ち、おなかの中に蝶がいる時の気持ちというのは、不安だけではなく、ドキドキワクワクする気持ちと、怖いという気持ち、そしてその一番奥に、楽しみという気持ちも内包しているように私は感じている。そんな複雑な感情を人はそれぞれ、違った場面で感じるのではないだろうか。晴れの舞台に立つ直前の、緊張感と楽しみが入り混じった感覚、親元を離れて初めて一人暮らしするために家を出る日の朝、または結婚式の前日など、大人だったらそんな、様々な気持ちが入り混じった感覚。それを子どもの表現として"bange" (不安)と表現しているのではないかなと感じた。

この本は子ども向けではないとある有名なデンマークの児童書評論家は述べているが、作者自身は、子どもは多様であり、どんな表現でもそれを受け止めるだけの器の大きさがあるという* 。私はもう大人になってしまったので、子どもとしてどう感じるのかはわからなくなってしまったけれど、少なくとも大人として読むと、老女たちの発言、ガルマンの親の発言を自分のものとして感じることができるし、一方で6歳のガルマンの不安や、緊張と期待の入り混じった感覚も、子どもの頃の自分を振り返って思い出すことができる。人生のどの地点に立っていても、それぞれがこの本から感じ取ることのできる不安、緊張、期待、怖さなどを感じることはあると思うし、そういった、言葉にするのが難しい感情の重なりを、子どもと一緒に感じながら読めたらすばらしいだろうなと思う。残念ながら私の10歳の娘は、一緒に読もうよと誘っても乗ってきてくれなかったのだけれど。

内容にフォーカスしすぎてしまい、この特別なイラストについてコメントしてこなかったのだけれど、作者は本の表紙なども手掛けるグラフィックデザイナーで、フォトショップを使ったコラージュ風のこのイラストも、とても独特なものになっている。人物描写はリアルで、北欧で暮らしている限りは違和感なく受け取れるし、背景やイラストのディテールも色使いがとても美しい。

(記事内で作品を訳している部分は、デンマーク語版を参考にしています)

* "Verden set gennem en seksårigs øjne" af Kristeligt Dagblad, 1. november 2010.

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