絵本で現実世界をどこまで現実的に描くか

Vitello-serien af Kim Fupz Aakeson, illustreret af Niels Bo Bojesen, Gyldendal, Denmark  「少年ヴィテロシリーズ」キム・フォップス・オーカソン作、ニルス・ボー・ボイエセン絵 絵本 デンマーク

Vitelloという名の少年が主人公のこの絵本シリーズは、デンマークの幼稚園児から小学校低学年児とその親たちに絶大な人気を誇っている。以前紹介した"Villads fra Valby"シリーズの主人公Villadsに比べて、このヴィテロ少年はかなりのやんちゃで、隣の家の子ねこを盗んで身代金を要求しようと計画したり、カッコいいヒーローのようになりたいからとナイフを持ち歩いたり、ハロウィンでは貧しいふりをしてお菓子をせびったりと、小さいのにかなりのやんちゃぶり。でもストーリーが全体としてとても愛情深いものだったり、小さな頭で色々と思い悩んで行動しているヴィテロの様子に愛着を感じる読者も多いのだろう、彼の行動や本の中の出来事にクレームがつくことはない。少なくともデンマークでは。

ところが、ヴィテロシリーズの一冊が2010年にノルウェーのマクドナルドでハッピーミールの付録として配布されると、本の中の下品な言葉遣いにショックを受けた親から多くのクレームが寄せられ、マクドナルドは一旦は本の配布を全面中止、その後は6歳以上の子ども限定で配布することになったという。

こういったクレームをスウェーデンやノルウェーから受けるのは初めてではないと、この件について答えた作者のオーケソン氏(彼は日本では「おじいちゃんがおばけになったわけ」で知られている作家さんです)。「子どもにお話を書くにはふたつの方法がある。一つはあるがままの世界でお話を書いていく方法、もう一つは、こうあるべきという世界でお話を書く方法。ぼくらは難しいことでも、現実に生きている世界で起こっていることを扱っていくべきだと思う」と述べ、「児童文学が、子どもたちを自分たちが生きている世界からあまりにも離れた世界へと連れて行ってしまうようだと、そのエネルギーを失ってしまう」と危惧さえしている。そして登場人物たちの言葉遣いについても「実際の幼稚園児の使う言葉を知っていれば、ぼくの書くものは大した違いはないけどね」とコメントしている*。

実際にオーケソン氏の絵本や児童書には、理想的ではない親や、品行方正でない大人がよく登場する。主人公の子どもも、読者である私がハラハラするような、モラルの境界線をいく言動をすることが多いし、言葉遣いも良いとは言えない。でも現実の世界に目を向けると確かに色々な大人がいるし、子どもはいつもお行儀が良い訳ではない。とんでもないことを考えるし、大人が驚くほど残酷なこともある。そんな現実世界に近い状況設定からフィクションを作っていくことで、リアルな世界の滑稽さを親子で共有できたり、そこから実際に身の周りに起こっていることを改めて考える機会も与えてくれていると思う。こういうアプローチの絵本を読み聞かせているデンマークの大人たちはいたって落ち着いているし、ヴィテロは子どもたちにもとても愛されているなと、ボロボロになった絵本を見ながら私も日々感じている。この辺りがとても異文化を感じる部分でもある。

ただこの大胆な現実路線は、どこの国でも受け入れられるわけではない。昔、リンドグレーンの「長くつ下のピッピ」が、あまりにも非モラル的であったために多くの国で翻訳されなかったというエピソードがあるが、オーケソンの作品も他国では是非が分かれるのだろうと思う。

* "Kim Fupz Aakeson censureret i Norge" Berlingske Tidende d. 29. november 2010

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