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飲むなら食え、食いながら飲んでくれ ~三〇一〇運動の話~

ものを食べるのが好きです。

甘かろうが辛かろうがしょっぱかろうが、好きです。

「嫌いな食べ物は何?」と聞かれても、食べられないものがすぐには思いつきません。

それくらい食いしん坊です。

最初の就職先も食べ物関係でした。

そんな私が、苦痛にむせぶことがあります。

最近Twitterなどでも話題になりますが、「会社の飲み会」ってやつです。

飲み会自体が嫌なわけではないんです。

私は下戸に近いんですが、それでもお酒をおいしいとは思いますし、普段事務所ではできないようなひたすら内容のない世間話を交わし続けるというのもなかなか楽しいものです。

上司と以外はな。


ところが、そんな「会社の飲み会」で耐えられないことがひとつ。

酒飲みが食いもの食わねえということです。

うちの管理職たちが、とにかくお通しから食べない。

八寸みたいに盛り付けてあるきれいなお通しでも食べない。

いきなり器を脇に追いやり、その後運ばれてくる料理も食べないで、酒をガブガブ煙草をバカスカ。

冷めてゆく温野菜、乾きゆくお刺身、ゴチゴチにこわばってゆく揚げ物。

室温まで冷める吸い物に、カピカピなったご飯。溶けてしまい海外ファンタジーのスライムみたいになったアイス。

完全に食べ時を逃した料理を「飲み屋のめしってうまくねえよなあ」と箸でつつき、挙句の果てには

「食い物を無駄にするのはよくねえぜ。若い奴が食え」

と、何かを諭すかのように後輩に皿を回してくると。

そんなのが何人分も重なると「もう食べられません」となるわけですが、待ってましたとばかりに

「最近の若い奴ってそうだよな、食えるものも食わねえで残しちゃうから」

「俺らの若いころはそんなのありえなかったぜ」

「食えるところを残したりしたらぶん殴られたもんさ」……

そんなしつけをされていて、なぜこんな仕上がりになったのかぜひご教示願いたい。


そもそもこの「後輩への皿回し」、自分が飲まんでもいいお酒の飲みすぎで発生したものです。

お酒をたくさん飲むと食欲が減退するらしい、それは聞き知っています。

それを百も承知の上で飲みまくり、第一次産業から幾多の手を経てお店の方が作ってくれた料理を、出された瞬間に「いらねえ」「酒飲んでるから食えねえ」と残飯扱いしているわけです。

後輩にそれを食べさせようというのは、貴重な食料に感謝しいただくということではありません。

自分の勝手で出したゴミを捨てるゴミ箱に、その後輩の口を選んだというだけです。

これは完全なる侮辱行為ではありませんか。

二度と食い物の尊さを口にするんじゃねえと言いたいですね。

言えないけど。


Twitterやインスタグラムでは、お酒をたくさん飲みつつ料理にも舌鼓をうつ方々がたくさんおられます。

もはやうちの会社の酒飲みと比べれば聖人のレベルと言えるでしょう、あなたがたは素晴らしい‼


会社では何度か、ホテルで納会のたぐいを行うことがありました。

大きめの部屋を借りて、立食形式で行われるわけです。

食べるのは好きでもコミュニケーション能力に難のある私は、秘技「人がたくさんいるのをいいことに序盤で別階のロビーへ逃げ、ソファで膝を抱えながら小一時間つぶすの術」をよく敢行しました。

もちろん食いしん坊のわたくし、その前後では当たるを幸いと食べる食べる。

しかし、いつも会の終わりが近づくにつれ、暗澹たる気持ちになりました。

酒飲み管理職たちの、きれいなままの取り皿。

山になった灰皿、空いたビール瓶、その傍らにまだたっぷりと盛られている、温め続けられながらもそれ以上減ることのない料理。

この管理職たちは、どうしてこんなことができるんだろう。

私たちの会がお開きになった数十分後、ここにあるたくさんのご飯は、どうなると思ってるんだろう。

私は数少ない同士と、可能な限り食べ続けました。

1グラムでも「残飯」なんてものを減らしたかった。

しかしそこに管理職からかけられる言葉は、

「よっぽど普段から腹減らしてるんだな」

「しょうがねえな、俺たちの分も食っていいぞ」

「ていうか、めし食いに来てるわけじゃねえんだからな(笑)」

ワシはめし食いに来とるんじゃい。

ていうかめし食いに来てるんじゃないんだったら家帰って一人で飲んでろ。

ここのスタッフさんはめし食わせようとしてこれを作ってんだよと言いたいわけです。

言えないけど。


ホテルの方が「いいんですよ、無理しないでください」と言ってくださいました。

入り口には自社の、食品会社であることを示す社名が堂々と飾ってあります。

あんな情けない気持ちは忘れようもありません。


会が終わり、貸し切りバスの中で、管理職たちが言いました。

「締めのラーメン食べに行こうぜ」

「飲み会のめしじゃ腹が膨れないからねえ」

狂ってるのか貴様ら。

くたばりやがれ飽食バブル親爺が。

もちろん言えないけどな。


とはいえ最近はそこそこものが言える立場になったおかげで、「まあまあ食べましょうよ~」とうながせるくらいにはなってきました。

あの日の食材たちよ、私の懺悔を受けてくれたまえ。


そんな私が、近ごろわざとするのが、「三〇一〇運動」の話です。

さんまるいちまるうんどう、と読みます。

「会の始め30分と、終わりの10分は、席について食事をいただきましょう」

というものです。

これを冗談めかしつつ繰り返してきたので、「クナリくんが三〇一〇三〇一〇って、うるさいからなあ」と言いつつ、管理職たちも箸を持つようになってきました。

続けて書くと眼鏡野郎の顔文字みたいになるな、というのはたった今の発見です。


私が引っ越してきた長野県には、「あるを尽くして」という言葉があります。

会が終わるとき、まだテーブルにある料理を残さずいただこうじゃありませんか、という意味らしいです。

食べものに感謝し、作ってくれた人に感謝し、三〇一〇運動であるを尽くしたいものです。

いい人のふりをしつつ、おわり

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