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作品『カメラのはなし2』

「ガリッ、ざりっ」
白いご飯を食べていて、突然歯の奥で音がした。
何か欠けた音だった。寝ぼけた頭でよくわからないまま、飲み込んだ。



朝の支度を終えて、キッチンの掃除をしていると、
「ザーッザーッ」と耳鳴りがした。
疲れているのか、今日は昼寝でもしようか…と思っていると、
脳の血管に異物が流れている感覚がした。
しかも一つではなく、複数、どんどん細かくなっていった。
これはいけない。血栓かしら。
もう若くない証拠…と家庭の医学を引っ張り出すために、書斎に向かった。
耳鳴りは止まなかった。

違和感を覚えたのは、血栓らしき物が全身を巡りはじめたからだ。
いくらなんでもどこかで壁にぶつかってもいいのに、スルスルと音を立てて循環していく。
こんなに早く、血栓は全身をまわるのだろうか?
何かおかしい…と、分厚い本をめくったその時、
「パシャり」
音がした。
瞬きの瞬間だった。
その瞬間、血栓は止まった。
何か悪い予感が、奇妙な確信に変わった。

(私、カメラか何かを飲み込んだのかな…?)

湧き上がったのは、非日常への憧れと、ほんのちょっとの不安だった。
そう、変わり映えしない生活にスパイスきかせてもいい…
今まで病気ひとつせずやってきたのだから、カメラが体内に取り込まれたところで何とかなるでしょう。
それより、このカメラ、自分の意思で動かせるのかな…?
意識的に、ゆっくり瞬きをすると、
また「パシャり」と音がした。

すごい!

最近のものは良く出来ている、噛んで壊しても機能は生きているなんて…
感心しながら、書斎を出て、ワクワクしながら庭の木々や花々を体内カメラで撮ってまわった。
撮った画像はどうやって後から見るのか?
その疑問と同時に、目の奥でフォルダが開いて、写真が展開されていく感覚がした。

すごいすごい!

ここまで来ると、体内カメラを自分の意思で動かせることは間違いない。
今まで持ったことのあるカメラは説明書を読んでもわからないし、使わなくなってホコリをかぶってしまった。

遊び疲れたので休憩をとる。水を飲もうとコップを覗くと、自分が映っていた。
目を見てハッとし、恐れが生まれた。

取れない。
体内至るところに取り込まれているのだから。

だが、CTスキャンなど不要になるのでは?
体の不調の理由など一発で見抜けるだろう。
このまま、カメラ人間になるのも悪くない。。。

そう思っていた。この時までは。

その晩見た夢は、
生きてきた中でも最悪No.1の悪夢だった。

「ーますー」
それは、遠い山びこのようなもので始まった。
「あ、ーーますかー?」
(呼びかけられてる…?)
夢の中で、音だけが響く空間にいた。
「あ!聞こえますかー?聞こえますねー?やったー!!」
やたらとテンションの高い、オペレーターさんだと思った。
「お世話になっております、未来機構のものです!
この度、お客さまが数ある応募の中から、カメラシステム試験に見事!当選しまして!
当選結果とカメラ導入試験無事通過をご連絡させていただきましたー!!」
(……は?)
寝耳に水とはこのことだった。
(カメラ…って)
「はい!既にお楽しみいただいている、あのカメラ!私どもの叡智の結晶でございまして、いやーお気に召していただけて何より…」
(だから何のはなし?そんな試験に応募したことは…)
「ないようで、あるんです。いや、あるようでないのかな?」
(何…それ、聞いてない…)
「はい、ですが!ほんっとうに数ある人間の中から、選ばれたお客さま!何より誇りに思っていただけたらと存じます!」
(嫌な予感しかしないわ…)
「あ、このオペレーター信用に足らない、と認識されましたね!すぐに対応を交代いたします!」
「…失礼いたします。代わりまして、対応を承ります」
一瞬でガラリと変わり、驚いた。

「突然のこと、驚かれるのも無理はございません。この時代、この世界のお客さまにて、当未来機構がアクセスして直接コンタクトを取ったのはお客様が5人目でございます。何卒、対応にご容赦いただきたく存じます。」
いんぎん無礼とは…と思った瞬間、またオペレーターが代わった。
「失礼いたします。対応を交代させて…」
(責任者を出して!)
「失礼しました、私が責任者でございます」
また交代した。
(いい加減、変なことに巻き込むのはやめてください、このカメラを取って下さい)
「お客様、申し訳ありませんが出来かねます」
(出来かねます、じゃない!何とかして!)

悪夢、これは悪夢だと、思っていたかった。
現実だと認識するには、何もかも不足していた。
何に?何にだろう?

「現実なのか夢なのか、わからないという問い合わせでよろしいですか?」
脳内で話しているオペレーターの責任者とやらが、言葉を繰り返した。
ああ、独り言すら認知される…
「お客さまにより良いサービスを提供させていただきたいので。
そうですね、“夢・現実化装置”のサービスがご提案できますが」
悪夢と思っているのに現実化するとか冗談じゃない!
「サービスは無料で付与出来ます」
そういうことじゃなくて…
だんだん疲れてきた……
「暗闇導入システムを作動します」
… … … …


*********


カーテンの隙間からこぼれる朝日で目を覚ました。
こんな時間に起きるのは久しぶりだ……
『“久しぶり”、導入しました』
ピピッと音がして、脳内に反響した。
… …こちらの思考は現実化されるの?
『“夢・現実化装置”が付与されております』
無機質な声が返ってきた。
『チュートリアルをお聞きになりますか?』
いえ…もう聴きたくなどないから、静かにして……
『かしこまりました』
それきり、無機質な音もせず、脳内カメラのことも忘れるように努めて、日常を過ごした。
ずっとそのまま“平穏な日々”を過ごしたかった。

*********
3日ほど経った時だった。
近所で買い物をしていると、離れたところから4才くらいの男の子がこちらを見ていた。
見かけない子だな…と思い、ニコリと笑いかけてみる。
男の子がこちらを気にしながら、母親を見やり
[かわいい]
と呟いた。
異変だった。
かわいいなんて年齢じゃないし、まして子どもに言われるなんて。
そして、こんなにはっきりと離れた場所の[声]が聞こえるなんて。

『“久しぶり”、導入終了しました』
無機質な声と共に、非日常が返ってきたのだ。

『これからあなたの夢は現実化されます』
『思考も、言葉も、希望も、夢も』
そんなこと望んでない…
ただ、楽しみたかった、
カメラ人間になって遊びたかっただけ…
『あなたのことは身体じゅうのカメラでモニタリング済みです。
望んでいることを諦めている。
いっそ憎んでさえいる。
我ら未来機構は、そんなあなたを救いたいのです』
そんなこと望んでない…
ただ、生きたいだけ…それだけなんだ…
[かわいい]
幼い声にハッとした。
先ほどから子どもが、こちらを見て母親に耳うちをしていた。
母親は笑って聞いている。
羞恥心が全身を駆け巡り、買い物かごをレジの店員に押しのけ店を出た。
そんなこと言わないで。
突然のことでパニックになる。
私の思考が現実化するなら、
幼い子から、かわいい、なんて言わせないで!
『本当に?』
『本当に望んでいることですか?』
『あなたは今、本当に望んでいた未来を生きていると言えますか?』
うるさい!!
普通に、普通に生きたいだけ、
不満だと勝手に決めつけるな!!
『臆病ですね』
家のドアが甲高く開いて、
自室に戻って布団に潜り込んだ。
どこにも逃げ場は無かった。

深い眠りの中だけが居場所だった。

深い深い眠りから、目覚めた。
あたりは暗くなり、頭は重い。

余計なことをしやがって…と、
未来機構に対して不満が出た。
ひとまず何かを食べて、奴らに備えなければ。
体力が必要だ。
台所に立ち、冷蔵庫から適当な食材を出した。
何やら声がする。
あえて無視する。
野菜を刻んでいた時、それは現れた。
[すごい、良く切れるな]
懐かしさと驚きがこみ上げた。
[前からすごい人だと思ってた]
[えー!綺麗に切れてる!プロみたい!]

その声は中学のクラスメートたちだった。

未来機構はどんな魔法を使ったら、
こんな所業が出来るのか?
不思議で仕方なかった。
[未来機構?何それ?
それより手際が良くて、魔法みたいね!]
包丁を置いて、ひとまず手を洗った。
これから火を使う。
[火を使うの?何か手伝おうか?]
[やめとけよ、邪魔すんなよ]
[ひどーい!]
これから火を使う。
コンロに向かおう。
身体が震えているのがわかる。
[ねぇ、出来上がったら食べたいな♪]
[俺も俺も]
[みんな食器持ってこいよー]

「ありがとう……」

声が震えた。

料理を作ることで
こんなに会話が弾むなんて。
思ったことはなかった。

『どういたしまして』

無機質な声が遠くに響いた。



それから、ご飯を食べ、クラスメートに褒められるままに家中を掃除した。
庭の物干し台を拭いていたら、月が真上に登って花々を照らし続けている。
ハッとして、家の中に戻った。

[どうしたの?]
クラスメートが話しかけてきた。
うーんと、夜だから眠ろうかと思って。
[寝るの?]
[なんで?]
[もっと遊ぼうよ]
うーん、遊んではないけれど…と苦笑いしながら、身支度をする。
そういえば。
お風呂って見られるのか。
カメラ人間だから。
全然気づかなかった。
微妙だな…。
まぁいいか。

*********
布団に潜り込み、寝る前にクラスメートに話しかける。
思ったんだけれど。
みんな、未来機構の言う「当選者」なの?
私のいた中学に、あるいはクラスに、未来機構は目星をつけたってこと?
それはなぜ?
未来機構にとってのメリットとは?
[え?]
いや、だからさ、もし当選者なら、
なんでこんなことになってるのか気になるな~って……
[クスッ]
[アハハハ]
[あーおかしい]
え?
[何言ってるの?]
[未来機構、って何?]
戦慄した。
彼らは「知らない」のだ。
知らないのに、私と話している。
いや、話している?
これは…夢?
[ねぇ、どうしたの?]
すごく…おどろいた。
[なんで?]
良く出来てるなって思って……。
声も聞こえて、性格も当時のままで……。
私は、当時のことなんて、ほとんど覚えてないのに……なんで?
[クススッ]
[じゃあ、明日起きたらもっと凄いことしてあげる]
もっと凄いこと……
心臓が鳴るのがわかった。
[おやすみ]

目の前が暗転した。
まるで劇の中にいるみたいだ。

朝、陽射しが感じられて起きた。
すぐに昨晩のクラスメートの話を思い出す。
凄いこととは何か。
驚くようなこと…?
歯磨きをしていても、特に静かだ。
鏡を除いて磨き残しがないか、点検していると、
「は…?」
鏡に文字が浮かび上がった。
ように見えた。
瞬きすると、途端に消えた。

不思議に思いながら、お湯を沸かしつつテレビをつける。

『──次は訃報です。あの名俳優〇〇さんが昨夜未明に都内病院で亡くなりました──』
(あ──あの俳優好きだったのにあの女優の奥さん遺産ガッポリで羨ましいなぁ…──)

「えっ?!」

耳を疑った。
誰の声だ、今のは。
テレビから音声が聞こえた。
アナウンサーの声で、まるで副音声のような…??

[驚いた?]
[あなたは心が読めるのよ]
[クススッ]
クラスメートの声が聞こえた。
意外と冷静に思ったことは、クラスメートの声は「音」が今までしていないため、驚いていたが、
アナウンサーの心の声というが、私の心の声かもしれない、実は勘違いをしている可能性があること、
副音声は聞いたことがあるから意外と対応できる、ということだ。
[むぅ、強情だなぁ]
[今の俳優さんは昔の人だから知ってると思ったんじゃない?]
[そっかぁ、じゃあこれはどう?]
アナウンサーの声が聞こえてきた。
コメンテーターにクイズを出すコーナーに変わっている。

『ここでクイズです。〇〇山脈に3000年前からゆかりある部族の名前は?』

知らなかった。
[うそ]
(◻︎◻︎族だよ)
まるで知らない名前が出てきた。

画面上でコメンテーターが唸っている。

『難しいですよね~』

ドキドキした。
まさか……

『では、正解発表です!
答えは…◻︎◻︎族!!!!』

目の前を闇のカーテンが覆ったように思った。
[どうして?こんなに素晴らしい力なのに。]
[なんで嬉しそうにしないのさ?]
私の知らないところで能力が増えていく。
手に負えない。
まるで宝の山を前に泣く赤ん坊のようだった。

[覚えてないのね]
[料理めっちゃ褒めて欲しいとか言ってたじゃん]
[あと、人を思いやりたいとか]

そんなこと…望んだのか…

[中学の頃はね、言ってたよ]
[忘れてたのか]
[今からでも遅くないよ!]

[夢は追いかけないと!]

年をとった…と思った。
洗面台にある鏡の前に行って、自分の姿を見た。
目の下のシワは寄って、ほうれい線もある。
白髪も少し目立っている。
手には、包丁が下手な頃にこさえた傷がまだ残っている。
そしてちりめんジワがあるのを見て、目をそらした。

また、鏡に文字が浮かんだように思ったが、
直視は出来ず、うがいだけしてリビングへと戻った。

[あなたのことはカメラで身体の隅々まで見たの]
[未来機構の力で、過去から未来まであなたを網羅した]
[俺らは助けに来たんだ!
お前はまだ変われるよ!]

これは夢だ……

脱力した。何のやる気も出ない。

[ひとまず、必要なのは栄養だよ、あと身辺の整理、そして睡眠!]

いくら自分が過去に望んだことだろうと、
他人から言われると何も出来なくなる私は駄目人間なのだろうか?

[他人?]

声がこわばった。

もはや思い出すら思い出せない自分に、未来は見えるのか?

[見えるよ]
[本当に]

こんな、負け犬な、コックもどきに。 
水の味が、わからなかった。

しばらく、リビングの机に腕を組んで置いて、考えていた。


時間だけが過ぎる。

あ、メガネ忘れてた…
立ち上がって、どこに置いたか忘れたことに気づいた。
[こっちだよ、こっち]
脳内に響く声が、方向を指し示す。
洗面台の方向のようだ。

あぁ、顔を洗った時に置いたのか……

そう思って、メガネを取りに行き、見つけた。

順応するしかない。
カメラは取り外せない。

メガネのレンズを覗き込んだ時、
暗い洞窟の奥を
見通したような感覚に見舞われた。

奥深くに人が見える。

「……?」

[見える?]
[あれは               よ]
知らないし、よく聞こえない。
[うーん、そうか]
[仕方ない]
[何か楽しいこと考えようぜ]

そう言って、ごちゃごちゃ声が鳴り出した。
その隙にトイレにたつ。

ひとりぼっちの家。

カメラから音だけは鳴り響く。

[なぁ、外に出ようぜ]
意見がまとまったらしく、カメラから声がした。

なんの用事で?

[理由なんているのかよ、めんどくせぇな]

理由がなくて出かけることなんてないよ。

[本当に?]

[ねぇ、本当に?]

逐一、疑ぐり深いし、一言一言に突っかかってくるこの「カメラ」を
正直どう扱ったらいいか、決めあぐねた。
誰かの心が読めてしまう、
そんなことが、万が一億が一にも本当であれば、
外に出て人と触れ合いたくは、ない。

しずかに暮らしていたい。

[うん。うん。]
[それで?]
[夢は実現するから、どんどん話して。]

かと言って、カメラの思惑通りにもなりたくないんだよ!!

そう言って、ふて寝に入る。
[また、寝るの?!]
[起きてテレビでも見よう?]

静かに過ごしたい。
放っておいてほしい。

そう呟いて、目を閉じた。

[お前は覚えてないかも知らないけどさ]

夢から起き抜けに、そう切り出された。

[林間学校の時、お前が作った料理…メキシカン?なやつ?
めっっちゃ美味くて…嬉しかったなぁ]

覚えていた。
料理実習班で、一品だけ好きな料理を作っても良いことになり、
本格的なメキシカンチリビーンズを作ろうと張り切ったのだ。
班のみんなは途中で別の用事が入り、居なくなってしまったが、
1人で業務用スーパーで食材を買い込み、当日も1人で料理をした。
すると、みんなが美味いと言ってつまみ食いをしまくり、私は少しも食べられなかったのだ。

あれはあんなに美味しかったのか。

[なぁ…また作ってくれねぇ?]

そんなことを言われてしまったら、
作るよりほかにあるまい。

シャワーを軽く浴びて、夜の街に出た。

夜風に当たると気持ちがいい。

[あ、可愛い]
[良い顔してる]

そんな声が、すれ違いざまに聴こえる。

[心の声だよ]
[褒められて良かったね]

ちっとも良くない。
顔をしかめたくなる。
いわば、プータローの、どこが良いのか。
ヒモにはなれないタイプだと自分でも自覚している。

スーパーに入った瞬間に
全員が私を見た。

無視して買い物カゴを持った。

ふと気になり、体内のカメラごしに居る、[向こう側]へ話しかけた。

「私はそんなに気になる顔をしてる?」

ニヤリと、声に出さない笑いを
たたえた音が、身体に響いた。

可愛い?良い顔してる?
言われて気持ちが悪い、ぞっとする。

[そこまで言うかぁ…]

あんまり言わないでくれよ。

[いやでも可愛いしなぁ]
[チリビーンズ楽しみにしてるよ]

材料を買い込みながらレジに向かう。

[なぁ、話変わるけどさ、今って飽食の時代じゃん?]

まぁ、日本はね。

[今度は飽寝の時代が来ると思うんだ]

どきりとした。
あまりに普段から寝ている私への当てつけか?

[いやぁ、違くて!
食べるのは好き、とかたくさん食べろって言われることはあっても、
寝るのが好き!ってあんま聞かないじゃん]
[大食い女王、みたいに、コアラ女王、的な良く寝て凄いね!っていう存在がいないから、お前がなれば?]

思わず笑った。

[ホラ、VR空間の上位互換じゃん、夢って。いずれ夢の世界にアクセス出来る技術が生まれて、そしたらお前の夢すごいな、って褒められる存在、つまりコアラ女王が現れるんだよ!]
[12時間以上寝てても怒られない、眠ることが仕事になって、眠ることが憧れの職業になるかもしれないぜ?]

逆かもよ?ショートスリーパーの方が、現実世界にログイン出来てずっと活動できるんだから。
ダイエットしなくても痩せてる人とか、モデルとか好きじゃんみんな。

[眠り姫でありながらプラスαが必要かぁ。うむむ…]

レジを出て、外を見る。
茜空の向こうに住宅街が見えた。

そもそもさ。

[うん?]

食べられないじゃん、チリビーンズ。
カメラなんだから、君たち。

[良いんだよ、食べられなくても]
[見た目を味わうんだよ]

見た目を味わう、ねぇ…。

帰り道、他人の視線は相変わらず感じたが、
気が紛れていたからか足取りは軽く感じた。


帰ってきた。
昔作ったレシピを覚えているか不安だったが、
[まかせて!]
と、同級生たちが微に入り細に入り教えてくれた。
当時、自分は作っただけで、食べられなかったチリビーンズ。

未来機構、って、夢を叶えるって言ってたな。

[そうなんだー]
[良いから、あたたかいうちに食べようぜ]
[めっちゃくちゃお腹すくー!]

自分の部屋に料理を持っていき、テレビをつけた。
夜のバラエティが、楽しいだろう?って顔して流れてくる。

[お!飯食ってる、美味そうだなぁ]

司会者の声が聞こえて思わず口の中のものを噴いた。

「っっぐ、」

[あなただけが心読めるだけでは、不公平かと思いまして]
[あなたの心を他人も読めるように、アップデートいたしました]

また余計な……

すぐさまテレビを消して、シャワーを浴びようとして、
……気付いた。

独り言、聞こえてるんだったら。

心を閉ざせば良いのでは?
誰からも、聞こえないように。
静かに、静かに、、、

[本当に、それはあなたの望みですか??]

… … … …

根比べだ。
我慢強さには自信がある。

[本当に?]

… … … …

[システム自動切り替え、作動します。]
[オート幸せモード、起動]

… … … …


[本当に昔から痩せてて羨ましかったよな]
[自分の部屋にテレビがあるとか、最高じゃん]
[ゲームし放題、俺もしたかったなぁ]
[勉強あんなに出来たの、なんでなんだろ?塾に通ってないのに、凄いよね]
[みんなから慕われてて、悪口言われてないのヤバくない??]

… … … …

涙が止まらなかった。
泣きながらシャワーを浴びて、髪が濡れたまま、布団に入った。



翌朝、雨の音で起きた。

机の上に食べかけのチリビーンズがある。

[おはよう]

[今日何しようか?]

… … … …

重たい上半身をなんとか起こして、
冷めたチリビーンズを温め直しにキッチンに行く。

レンチンしている間、歯を磨く。
顔を洗う。

[てか、もっと遊べばいいのに]

[なんでそんな我慢してんの??]

スキンケアをして、ガビガビの髪を櫛でとかす。
諦めて、キッチンに戻ったころにレンジが出来上がりを告げた。

[支度はっや]
[顔が出来てるから、そんな支度に時間を使わないのよ]

ボロボロのチリビーンズを見た。

何も言わない。

わたしは、、、

そんなに人間できてない。

[本当に?!]
[うっそだぁ]

よく悪態もつくし、悪いこともしたことある、ミスも失敗もしょっちゅうする、
そんな褒められるようなことはしてない。

[… … で?]

今だって、ボサボサの髪にボロボロの肌で、
仕事してないし、プータローで、
家でひたすら、ひたすら、、、

泣いてた。

雨音が響く。

こんなこと言っても、誰にもなぐさめてもらえない。

それでいい。

それがいい。

[… … よくやってるよ]

… … … …

[なんつーか、ごめんな?そんなこと思ってるなんて、知らなくて、、、]
[本当にごめん、今までわかってなかった]
[…ほんとに?そんなこと思ってたの??]

心を読む、という他人が、どんどん自分の中に増えていくような気がした。

こんな感覚のまま、他人に自分をさらけ出すのは、人生はじめての経験だった。

[なぁ、コアラ女王]
コラっ、と、他のクラスメートがたしなめた声が少し聞こえた。

[自分のしたいこと、すれば?]
[誰も怒らないよ]

[まっ、とりあえず、ご飯食べよ?冷めちゃうよ?]

お皿に目を戻したら、手が震えていた。
数年ごしに、食べたかったチリビーンズを食べた。

みんなと作ったものだから、最後まで残さず、食べた。



泣いたせいか、目が痛い。
ゴロゴロする。

[目薬は?]
あー、あったかな、、
ま、いっか。。

いったん、横になって、目を瞑る。

なんでこんな天気、、
頭も、痛いし、

[目が痛いのと頭痛いのは、別だよ]

え?あ、

よくよく痛みを観察すると、確かに目が痛いだけで頭は痛くなかった。

へー!カメラってそういうこともわかるのね?

[ふふふ]

そうね、、目を使わないで、脳に映像を結ぶだけで、仕事とか、生活できたら、いいのにね

[へぇー]

今耳で会話してるみたいに??

そうそう

電波が、脳に走って。なんでも出来そうじゃない?ゲームとか楽しそう。

[ゲーム?いいね!]

脳みそに映像が流れて、寝たきりで仕事できるようになるの

最高に幸せな、映像が流れるよ

[その映像って、たとえば?]

そうね、、いままで好きになった人全員から告白されて、そしたら誰と付き合う?

[きゃー!!]
[俺にしとけよー]
[ぇ、何どさくさに紛れて、告白?]
[うるせー!]

ふふ、うふふ、、、




『被験体005、永眠しました』

『おつかれさまでした!』

『あー、今日もおっかれー』

そう言って、電子空間から現実空間に戻ってきた。

「先輩」

「ん?」

「良かったんすかね、これで」

「良かっただろ。
家族の意向で、「本人が一番苦しかった時の記憶を優しく癒してから安楽死させたい」って希望を叶えられたんだから、立派な仕事じゃねーか」

「……そっすよね。
わかりました、お疲れ様です、お先に失礼します。」

「おう」

ミント色の病室、ガラス張りのなかで眠る老人をカメラ越しに見やり、

「あー
今日はチリビーンズとビール買って帰ろ。。。」

そう、白衣の天使はつぶやいた。


おわり


*********

アメブロで随分前に連載していた話が、完結しました!
あー、スッキリ、、
たまに「この話のつづきが読みたい!」とリクエストいただく話でした。

たまにはこんな長めのお話もいいね。
まとめてみたら、9千字越えの話になりまして、、なかなかこの分量になることは近年滅多になかったから、新鮮でした!

長々とお読みくださり、本当にありがとうございました!

遠藤さやえんどう

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