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子供を愛する、という事が分からない。

子供たちが幼稚園に通っていた時の事です。
先生に呼び出されては「お母さん、お子さんをちゃんと愛してあげて」と言われたことが何度かあります。
送迎時の私の態度、キャラ弁ではないお弁当、イベント時に携帯のカメラでしか撮影しない私、などほかの親の熱量からだいぶかけ離れたところに私はいたので
思い当たる節しかないため「すみません」と言うしかなく
ちなみに幼稚園の先生からだけではなく、実母、元夫からもよく言われてました。

他の母親、父親から「子供がかわいくてかわいくて仕方ない」とか
「この子のためになら命も惜しくない」という言葉を聞くたびに、私にはそのような感情が欠落している事を自覚していました。
なんていうか、そこまで子供に入り込めないというか、距離があるというか・・・
他の人たちには愛情の蛇口があるけど、私にはそれが無い、みたいな。

当時の私に出来る事として、予防接種を受けない、薬を使わない事で健康を守るという形で愛情表現をしてきていたのですが
そんなのは世間が言う「愛」に当てはまらない事も分かってる(と、いうか状況によっては虐待認定されるのも分かってる)
子供たちに悪い、他のお母さんのようにならねば、と思っていても、どうしたらいいのかが分からない。
なので自分は愛情が欠落した特殊な人間なんだと思ってきました。

そして、この記事の

あなたは、若い世代のお母さんが「どう可愛がっていいかわからない」「どうしても可愛いと思えない」というような悩みを抱えていることを聞いたことがありませんか?

これは、『スポック博士の育児書』の全盛期に、間違った育児法で育てられた人たちの症状です。そして、これらの症状は、自分が可愛がられた記憶が希薄であることが原因です。

https://note.com/abco_biz/n/n0343815224ed

この一文、その通りだと思います。

*     *

私は小さいころから母から「本当によく泣いて手がかかる子だった」と迷惑そうに言われた経験が何度かあり
子供ながらに「そうか、私はとても悪いことをしたんだ」と思っていました。

気づいたころから母は私に「自立」を強く求め、普段から「親を頼らない」とよく言われました。
長期休みに入ると、子供をつ集めた1週間くらいのキャンプだの、従姉妹の家にお泊りなどの予定が立てられ、母は出来るだけ私との距離を取るようにしていたように思います。

しかし私はとにかく母のそばから離れたくなくて、母が立てた計画は全て嫌。
なので母が私を自立させようとすればするほどに私は母にしがみつくし
しがみつく私に母はうんざりする、という悪循環がしょっちゅうでした。
(でも、結局、行かされる)

私は中学を卒業してからカナダの高校に進学しましたが、両親から「いってらっしゃい~~(涙)」「おかえり~~(涙)」なんてことは一切ありませんでした。

*     *

私自身が長男を出産した後に、自分の私の母子手帳を母親目線で見てみると
「生後50日、朝まで一人寝に成功」と書いてあり「は!?どーゆーこと!?」と驚き当時の事を母に聞いてると
「一部屋用意して基本的にそこで過ごさせた。夜は特にどれだけ泣いても朝まで扉を開けなかったのよ。あの事は出来るだけ触れない事が大事ってされたたからね~~。まぁ、一晩中本当によく泣いたわ。
でも、そのうち一人遊びが出来るようになって泣かなくなった」と。
「生後50日で一人で寝かされたら泣くだろ」というと
「しょうがないじゃない、あの頃はこれが正解だったの!」と。
母はスポック博士の本を愛読し、「自立は良い」と思って書かれていたことをキッチリ実行していたそうです。

そこから年月は経ち、自分の感情に向き合うようになった時、この件は本当に根深い問題として何度も何度も現れました。
生まれて間もない私が夜の暗い部屋で一人で寝かされ、どれだけ泣いても泣いても誰も来てくれない。
その時の感覚を再体験したとき、そこにあった感情は悲しさというよりも絶望に近い寂しさと「自分の声は誰にも届かない」という現実に打ちのめされたというか。

母は一人遊びが出来る私を良いとしましたが、あれは一人遊びじゃなくて「現状に順応するために感情のスイッチを切った」たことが分かりました。
そして、その経験から私は愛が欠落していたんじゃなくて、
生き延びるために生まれて間もない時から感情のスイッチを切っていたことが分かったのです。
感情が動くから現実に傷つくけど、感情が動かなければ何が起きても「平気」で居られますから。

その辺のことが解き明かされると、昔から身近な人に感情表現が出来なかった事、強い感情が揺れそうな事を避ける癖があったこと、大切な存在にたいして愛情を止めていた理由も分かるようになりました。
本当に、つくづく「愛」からかけ離れた人生でした。

*     *

子供たちが小さいころに愛情をかけられなかったことは、懺悔してもしきれませんが
少しずつ過去の傷が癒されていくと、子供たちに昔とは違う態度をとれるようになりました。
昔は出来なかった感情表現も出来るようになったし
「褒める」も出来るようになりました。
時間は本当にかかったけど。

とはいってもまだまだ良いお母さん像からは程遠いですが、幼稚園の先生から愛情面について指摘されていた時の硬さはかなり減ったと思います。

私と同じ悩みを抱えているお母さんがいらっしゃるなら愛情が欠落してるんじゃない、止めなきゃならなかった理由があっただけ。
その理由を癒せば本来の自分に戻れるよ、と伝えたいです。

とはいいつつ、全部がクリアになったわけじゃないなぁ、と書きながらも実感しています。
たぶん、母も同じような傷を持ってると思います。
でも、この負のサイクルを子供たちにつなげないために頑張ります。

*     *

この気づきから、いろいろと分かることが多かったです。

コミュ障って何!?私は当てはまらないと実は思ってきましたけど・・・私こそコミュ障だったのかもしれません。

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