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どこかの誰かの物語





 所謂、倦怠期。 

 パートナーに対しての「飽き」や「慣れ」などが原因で、付き合った当初のドキドキがなくなる。一緒にいることが当たり前となり、刺激を感じなくなったり気持ちが冷めるといった状況に陥ることを指す。

 らしい。
 それだ。
 私たちは倦怠期カップルだ。
 お互い社会人になって二年目の頃、友達の紹介で出会って意気投合。それから付き合うまでに、時間はかからなかった。
 レイタくんは優しい。少し変わってるけど、そういうところに惹かれたといったらそれまで。
 だけどなんだろう、なんかもう、ときめきとかはなくなった。嫌いとかじゃないんだけど。なんだかなー。同棲を始めると、やはりお互いの色々な面を知ることになる。最初はラブラブだったんだけど仕方ないことなのかなー。


 「俺たちさ、付き合って三年経つじゃん」
 「そだね」
 「最近喧嘩ばっか」
 「うん」
 「なんか倦怠期って感じだよね」

 レイタくんも同じように思ってたみたい

 「でさ、俺なりに結構考えたんだけど・・・」
 「うん、なに別れ話?」


 冷たい言い方だけど、それはそれでなんかもういっかーなんて思っちゃう自分がいる




 「いや・・・うーん」
 「なによ」
 「あのさ・・・」
 「うん」

 結構言いにくそうじゃん。まさか本当に別れ話だったりする?





 「ちょっと恋愛ソングの歌詞みたいなことしてみようや」
 「なにそれ」

 なんか言い出した。
 レイタくんは結構ぶっ飛んでるところがある。
 そういうところが好きだったりしたんだけど、今はなんかちょっとめんどいかも。

 「いやなんか倦怠期から抜けるためにいいかなーと思って」
 「はぁ」
 「ほら。良さげな曲見つけてきたからさ」

 全然知らない曲を聴かされた

 「ふーん。ってかシンプルにどういうこと?」

 「再現するんだよ。例えばまず
 『出会いは偶然だったけど』
 って歌詞あったでしょ?俺らでそれ再現するの」


 わかるようでわからない。だってもう出会ってるじゃん。まぁいいや。やる気満々の彼はなんでも一度言い出したらきかない。とりあえず付き合ってみるか。


 「んー。なんかよくわかんないけどいいよ」
 「よっしゃー!じゃぁヨイちゃん、外行くよ!あー。これしかないか。まぁいいや。じゃぁこれ持って!」

 なんかパン渡された。朝食用にいつもストックしている9個入りのクロワッサン。のうちの1つ。

 「なにこれ?」
 「じゃぁ俺あっちから走るから、ヨイちゃんはこっちから走って出てきて!パンも上手いことしてね」

 なになになに?
 少女漫画でよく見る、転校生の彼とヒロインの私が曲がり角でぶつかって『痛ったーい!』のやつ、やろうとしてる?偶然の出会いの再現ってこれ?

 「あ、丁度いいわ!歌詞の続き、
『いつもと違う気がしたの、きっとあなたはトクベツ』
だってさ!」

 食パンじゃなくてクロワッサンな部分が丁度良かったみたい。そりゃよくある少女漫画の展開とは違うけど。そういうのでいいんだ?

 「おーーーい!ヨイちゃーーーん、行くよー!せーーーーのっ!」

 とりあえず走った。
 お互い、相手が曲がり角から出てくることは知っているから、ぶつかっても痛くない程度に走った。一応クロワッサンは口にくわえておく。協力的な自分にジワる。カスがポロポロ落ちてる気がする。あとでホウキで履かなきゃ。

 ゴツンッ

 「いってー」
 「いったーい」

 予定通り二人はぶつかった。わかってて曲がり角曲がるのこわかったー。

 「・・・で、どうなるの?」
 「再現完了!どう?なんか感じた?」
 「いや別に。こんなこと初めてしたから変な汗はかいたかな」
 「オッケー。じゃぁ次!」


 ノリノリじゃん。そういえば今日のレイタくん、なんか見たことないトレーナー着てるな。ピンクの小さい花が胸元に刺繍されたやつ。


 「ねぇレイタくんってそんな服持ってた?」
 「あーやっと気付いた!なに、気になっちゃう感じ?気になる?どう?気になった?ねえねえ!」

 言い方うざいな。そこまでは気にならないし。

 「ヨイちゃん、俺の些細な部分気になってる?恋の始まりって感じ?よし、オッケーっと」
 「なんなの?」
 「歌詞の続き。
 『どうしてこんなに気になるの?もしかして恋の始まりなの?』だから」
 「あぁ。そっちに誘導してたんだ」

 恋の始まりもなにも、私たち一応付き合ってるんだけどな。今この場面でそんなこと言うのは野暮だろうから空気読んで黙っておくけど。

 「ちなみにこの花は春の花でポピーって名前だよ」

 レイタくんはそう言って自分の胸元を指差す。

 「へぇ」
 「花言葉は恋の予感」


 いつの間にそんな服用意したんだろう。そっかレイタくん服飾の学校に通ってたから縫えるんだ。特技活かすなー。そういうところ好きだったんだよなー。


 「次は、心の扉を魔法みたいに一つ一つ開いていくよ〜!」



 子ども向け番組のお兄さんみたいなテンションで次の行動を教えられた。

 「クッソー!心の扉ってどうやって開くんだよー俺魔法使えねーし」

 なんか苦戦してるっぽい。
 みんな魔法は使えないよ。

 「オッケーこうしよう」

 どうするんだろう

 「ヨイちゃん、家の中戻るよ」
 「え、うん」

 バタンッ、ガチャッ、ガチャッ、パタンッ、サーッ、ガタッ、パタンッ、パカッ、ガチャッ

 「怖いよなにしてんの?」
 「開けてるんだよ!心の扉の開き方とかわかんないから、こうするしかないっしょ?!」

 レイタくんは家中の開けるものを一つ一つ開いていった。
 リビングの扉、トイレの扉、お風呂の扉、冷蔵庫、タンス、靴箱、テレビの下の引き出し、私のアクセサリーケース。
 嘘でしょ?奇行すぎるよ。私はレイタくんが開いていったものを閉じていった。冷蔵庫開けっぱなしとかマジ勘弁だよ。

 「っしゃーオッケー!」

 オッケーらしい。ねぇレイタくん、これで本当に合ってんの?まぁそもそもなんだけどね。


 「よし、次は
『二人きりの帰り道、ごめんね少し遠回り』だ」


 うん。実に恋愛ソングっぽい。さっきからレイタくんの言動に意識持ってかれてたけど、この曲可愛いな。超青春恋愛ソングじゃん。私たちにもこんな時期、あったのかなー。

 「よし、じゃぁ今日の夕飯の買い物しにスーパー行こっか!」
 「あーうん。そだね行こっか」

 帰り道を作るにはまず、どこかへ出かけなければいけない。そりゃそうだ。すっぴんだけどまぁいっか。

 私たちは近所のスーパーへと出かけた。
 レイタくんはみかんを買うと言い出したけど、家にまだあるよと教えてあげた。そういえば、お醤油切れてたっけな。ポン酢だったかな。どっちかがなくなってた気がするけど思い出せないや。また今度でいいか。食パン買う?と聞いたら いらないと言われた。

 「今日の晩ご飯なににする?」
 「ヨイちゃんの好きなのでいいよー」
 「じゃぁ今日はカレーかなぁ」
 「ヨイちゃん、お刺身も安いよ!」
 「本当だ、買おうか」

 二人の好物であるマグロの刺身と、カレーの具材を買った。


 「じゃぁ帰ろっか!こっちの道からね」

 予定通り、来た道とは違う、あえて遠回りになる道を歩いて帰る。恋愛ソングにおけるあえての遠回りとは、まだ離れたくない二人、もしくは片方が遠回りを提案し、少しでも隣を歩く好きな人と長く一緒にいられるようにするアレだ。とても甘酸っぱい。あ、イチゴも買えば良かったかな。みかんあるからいっか。

 「なんか今日楽しいね」

 レイタくんがニコニコした表情でそう言った

 「そうだね。なんか変なことしてるなーって感じだけど悪くないね」
 「この道だと家まで遠いからさ、しりとりでもしよっか」

 レイタくんはゲームが好き。中でも何故かしりとりが好き。しりとりが始まると、気合いの現れなのか、いつも声が馬鹿デカくなる。

 「じゃぁ俺からね。りんご!!!」
 「ごりら」
 「らっぱ!!!」
 「ぱんつ」
 「つみき!!!」
 「きつね」
 「熱帯低気圧!!!!」

 急にしりとりの定番の流れをぶった斬ってきた。相場はネコじゃん?別にいいけど。

 「つぼみ」
 「見切り発進!!!!」

 「あーーーミスったーーー!!!」

 レイタくん一人で大騒ぎ。勝手に勢いよく発進していって負けた。人一倍ゲームを楽しむけれど人一倍ゲームに弱い。面白いけど戦い甲斐がないで有名なレイタくんだ。
 
そんなこんなしていたら家に到着。私はカレー作りに取り掛かる。



 「そろそろご飯できるよー」


 そういえば家に帰ってきてからレイタくんが消えた。どこに行ったんだろう。


 ……


 え、まじでどこ行った?


 大体二人が家にいる時、夕食は七時頃から食べ始める。さっき一緒に買い物に行って、帰ってきて、カレー作って、で、今。九時。だる。なんなの。どこ行ったん。


 プルルルル…

 私はレイタくんに電話をかけた



 「キターーーーー!もしもし、ヨイちゃん!電話待ってたよ!ありがとね!」

 「今どこにいるの」
 「外だよ!」
 「なにしてるの?」
 「んー?それは言えないなぁ。あ、朝、家の前をクロワッサンで散らかしちゃったから、それ掃いといたよ!とりあえずすぐ帰るね!」


 意味わかんない。掃除は助かるけど。


 「ただいまー!ちなみにさっきのは『電話なるたび飛びついて期待してるあなたの名前』って部分の再現だよ。ヨイちゃんからいつ電話かかってくるかドキドキだったー。途中、きた!って思ったら携帯プランの変更どうですかっていう営業の電話だったしマジ萎えたわ」


 私もせっかく作ったカレーが冷めちゃって萎えてるよ。出来立て食べようと思ってたのに。あとお刺身に使おうと思ったら醤油切れてたし。ポン酢はまだまだいっぱいあった。


 「じゃーーーん!醤油、なかったでしょ?買ってきたよ!」
 「え、まじ?」
 「へへーん。さっき冷蔵庫開けた時に気付いてさ」

 さっきのくだりまさかの役に立つんかい。んで、観察力すご。

 「ありがとう。今日お刺身あるから助かったよ」
 「さ、食べよー」


 朝からやってるこの謎の取り組み、最初は意味わかんなかったし、ていうか今も意味はわかんないけど、なんかちょっと楽しい。まぁほとんどが超こじつけだけど。レイタくんなんか生き生きしてるし、久しぶりに本来のレイタくんって感じがする。最近仕事で疲れてたのかな。もっと優しくしてあげたら良かったかもってちょっと反省。
 似たもの同士な一面がある私たち。だから三年経った今でも一緒にいるんだろう。絶賛倦怠期だけど。



 「ふぅ。ごちそうさま。ヨイちゃんの作るカレーはやっぱ美味しいね!」
 「ありがと」
 「ね、ちょっと目瞑って!」
 「え、なに」
 「いいから!絶対まだ見ちゃダメだよ!?」

 きっと、次の歌詞のやつがくるんだろう。

 「はい!目あけていいよ!」

 テーブルの上には、おそらく手作りと思われるケーキが置かれていた。いびつだけど、多分だけど、ハートの形をしたケーキ。

 「これレイタくんが作ったの?」
 「うん、さっきヨイちゃんがカレー作ってくれてる間に妹ん家借りてさ。ケーキとか作ったことないから全然上手にはできなかったけど。ほら、ヨイちゃん明日お誕生日だから!」


 そうだ。明日、誕生日だったっけ。なんかすっかり忘れてた。え、嬉しい。


 「はい、いっぱい息吸っていっきにロウソクの火消してね、せーの!」


 ふううううううう


 『瞳を閉じて深呼吸して精一杯のハートマーク』

 そんな歌詞の部分の再現だったらしい。きっと本来の意味合いとは全然違うものになっているだろうけど。
 レイタくんめちゃくちゃ考えてくれてたんだな。



 「なんか・・・ありがとね」
 「こちらこそだよ!」
 「あのさ、最近冷たくしちゃってごめんね」
 「俺も、最近雑なとこ多くてヨイちゃん嫌だったよね、ごめんね」
 「まぁこれからもよろしくってことで」
 「だね、よろしく」
 「そういえば、歌詞のやつはもう終わったの?」
 「まだあるよ」
 「そうなんだ。どんな感じ?」
 「うーん。まぁでも今日はこれで終わりかな」
 「途中で終わらせるの?」
 「いや、まぁとりあえず最後はこんな感じなんだけど」


 朝に一度聴いたきりだったあの曲を、もう一度聴かせてもらった。


 『明るい未来信じてありのままの私で
今なら言えるあなたが好き』


 曲は、そう締めくくられていた。


 「これはさ、なんていうか。無理矢理再現するもんじゃないかなーって!ほら、自然とさ」
 「ふーん。なるほどね、わかったよ」
 「とりあえず、ヨイちゃん今日は一日ありがとう!そしてお誕生日おめでとう!ほら、日付変わったよ!」
 「うん、ありがと。レイタくんのこういう優しくて面白いところに惹かれたんだったって、私、思い出したよ。なんかさ、やっぱり好きだなーって思った」
 「俺も!ヨイちゃん大好きだよ!イェーイ!」

 なんかここ最近で一番良い雰囲気になった。さすがだなぁレイタくん。


 「・・・」

 「ん?どうしたの?」

 急にレイタくんがモジモジしだした。

 「あのさ、次はさ、この曲なんてどうかな」

 ??

 また、知らない曲を聴かされる。


 『百万回だってあなたにキュンキュン〜……


 真実の愛を誓いたいんです』



 「え、これって?」



 レイタくんの手元には、手のひらサイズの小さな箱が握られていた。





                              完

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