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サハラの風とアルジェリア人のおじいさん

南フランスのモンペリエには移民が多い。多いのは地中海を挟んで向かい合うアルジェリアやモロッコ出身の人。風が強い街で、アルプスからはトラモンタン、プロヴァンスからミストラル、そしてサハラ砂漠からはシロッコと呼ばれる風が吹いてくる。そのシロッコがサハラの砂を舞わせながら吹き荒れた3月の初旬のこと。

風で目に埃が入り、涙を流しながらモンペリエのアラビア人が多く住む地区を歩いていたら、知らないおじいさんに話しかけられた。

「わしゃ、目を見開いて歩くぞ。お前さん、泣いてるのか。あっはっは。どこからきた? 日本か、中国か、タイか」
パリでアジア人に対する差別が増えたという報道があった頃だったから、私は少々身構えながら答える。

「日本です」
「日本か。今、中国は大変だよな。あの、病気で」
うんうん、と私もうなずく。気の毒そう話すおじいさんに、警戒が緩む。

「ああ、そうか! 日本人か!」
おじいさんは急に大きな口を開く。歯があちこち抜けているのが見える。
「日本は良い国だ! わしゃ、アルジェリア人だ。日本はアルジェリアのために戦ってくれたんだ!」

何の話だろう。フランス語を学び始めたばかりなので、聞き間違いかなとも思い始める。戦った(battu,バチュー)じゃなくて船(bateau,バトー)だった? いや、それじゃ意味がさらにわからない。しかも動詞だったはず。おじいさん、打てども響かない私を見てさらに言葉を続ける。

「ほら、原爆のことだ。原爆のために戦ってくれたんだ」
原爆? 戦う? 第二次世界大戦のことを言っているのだろうか? おじいさんはぽかんとする私を残念そうに見た後で、シワの深い顔をくしゃっとさせて笑った。
「とにかく、日本はすばらしい国だ。じゃあ、良い1日を」
おじいさんは手をひらひらさせて風下に歩いて行った。

家に帰って調べてわかった。アルジェリアはフランスの元植民地。独立戦争中の1960年、フランスはアルジェリアのサハラ砂漠で原爆開発のための核実験を行った。日本はそれに対して真っ先にフランスに抗議し、アルジェリア人の味方をしたのだった。

ところで風というものは煩わしいものだ。心地よい風なら大歓迎だけれど、雨と違ってメリットがあまり思いつかない。せいぜい風で受粉する植物や風力発電、ヨットの航行にメリットがあるかなと思うくらいだ。それどころか時には暴風によって木が倒れたり、物が飛んで壊れたり、電線が切れたり、飛行機が飛べなくなったりするから、デメリットの方が大きいように思える。

でも、実は風は、地表の空気を入れ替えるだけではなく、川、沼、池、海の表面の空気を入れ替えることで水質を改善するという大事な仕事をしているらしい。そして、風は気温、気圧の差があるから吹く。差がなくならない限り、風は吹く。

アルジェリア人のおじいさんは、新鮮で心地よい風を届けてくれた。世界中に吹き荒れる暴風も、何か大事なものをもたらしてくれるといい。

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