壁のオトコ

壁のオトコ

それはある夏の日、蒸し暑い夜中の出来事だった。

いつもと同じ時間に、同じように布団に入り、同じように眠っていた日のこと。


夜中にふと目が覚めた。少し体が汗ばんでいるように感じた。

「少し水でも飲…」

気づくと、目の前の壁にオトコの顔が浮きあがっていた。

まだ布団の上に寝転んだままの僕は、目の前の壁のオトコと目が合ってしまった。その距離、わずか20センチほどだった。

壁のオトコは、目と鼻と口がかろうじて認識できるくらいだった。

壁のオトコは、僕の目を見ながらこういった。


「起きたのか」

なんだコイツは。真っ先にそう思った。

僕をからかっているだけみたいだ。変な夢だなと思いながら

「うん。」

と一言返事をした。


続けて壁のオトコはこう言った。

「お前の両親を殺した」

何を言ってるんだコイツは。両親なら隣の部屋で寝てるのに。

たとえ僕が寝ていたとしても、両親が殺されているときの物音や悲鳴でさすがに気づくはずだろう。

僕はココで、自分は夢を見ているんだと完全に気づいた。

この変なオトコも、今の状況も全部夢だ。相手にしないでおこう。

そう考えて、もう一度目を瞑った。

夢の中で寝てしまえば、また別の夢が始まる。もしくは目が覚める。

僕はそのことを知っていた。

目を瞑ってしばらく経ち、僕の意識が消えかけたとき、壁のオトコの声がした。

「コレは夢じゃない、現実だ」


それはある夏の日、すっきりとした涼しい朝だった。

いつもと同じ時間に、同じ目覚まし時計の音で目が覚めた。

変な夢を見てしまったからか、夜中に少し汗をかいたみたいだ。パジャマが少しひんやりしている。

目の前の壁を見る。もちろんそこにはオトコの顔など無い。

「変な夢だったな。」

そう思いながら部屋から出る。

いつもと何かが違った。

僕は家族の中でも起きるのが遅い方だ。

それなのにまだだれも起きていないみたいだ。

明らかに静かすぎた。


「今日はみんな寝坊かな。」

と考えようとはしていたが、頭の中には今日見た夢の出来事が焼きついて離れない。

あれは夢だったはず。現に、さっき目が覚めた。だから壁のオトコは夢の中の話。

自分に言い聞かせるように、思い込むようにしながら、隣の部屋のドアをゆっくり開けた。



そこには血を流して横たわる両親がいた。



耳元であのオトコの声がした。


「ほらな、夢じゃない」



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