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SUGA|AgustD TOUR "D-DAY" LA感想-エンタメとして完成された舞台に乗った個人の語り



アメリカ公演に行くことを選んだのは多種多様な人種からの黄色い声援を糧にして、際限なくエネルギーを爆発させるSUGAを見たかったからだ。結果、この目的は達成され、存分にキャーキャーいいながら自由に踊ってきたが、あとになってディズニーランド的作り込まれたエンターテイメントの中に引き込まれていたことに愕然とした。
(本記事に使用している公演写真は自分で撮影したものです。アメリカ公演ではスマホ撮影が全編許可されています)

◽︎アメリカは比較的チケットがとりやすい

今回のツアーは全米11公演あり、それぞれ1万人程度のアリーナ会場、中でも3日間あるロサンゼルスはとりやすいだろうと踏んでいた。アメリカはチケット予約当日のログイン権限に当選さえすれば、あとは回線と決断力があれば末席にすべりこめる。
日本公演はぴあアリーナMM(キャパ1万2000人程度)三日間で抽選しかない。そもそもBTS人気が爆発した2020年夏以降に増えたファンの数は膨大で、絶望的だと思った。
日本から近い韓国の公演も二日間しかなく、基本は抽選、国外からは一般発売でとるのは難しくアリーナクラスでやるのであれば絶望的だった。

かくして仲間内で20アカウント以上を投じ、予約権利に当選した私たちは十分にLA公演のチケットを確保したのだった。
(今回、公式リセールがツアーを通じて世界的になかったので権利が完全に保証される販売機会はこれしかなかった)

チケット販売サイトのシートマップ、FLOORは整理番号なしすべて500ドル。3000人程度だった

◽︎おしなべてよかった治安、低かった平均身長


当日は事前整理番号なしアリーナスタンディングだったため、テントを張って徹夜した組には勝てなかったが二日間ともアリーナ10列目くらいでみることができた。
一昨年のBTSのLA公演を見た時よりも、韓国からの遠征組を含めたアジア系は数を減らし、ヒスパニック系の観客が多かった。押し合いも熾烈な場所取りもなく、日本のフェスなどに比べればかなり「治安」はよかった。もちろん女性グループがほとんどで、身長は低めで日本女性の平均身長158センチの私でも苦なくステージをみることができた。アリーナはすべて「VIP Sound check」というリハ(三曲程度)をみることが可能で、一般開場の3時間ほど前に入場できるものだったが値段は500ドルだった。手数料入れ、138円レートではちまんえんほど...

こんな金額払って、LAまできて面白くなかったらどうしよう?と心配はもちろんしていた。しかし杞憂だった。SCの3曲だけで、存在感とアイドルの色気を振りまいてリアコに観客を誘い、それだけで十分な気がした。

◽︎計算され、エンタメに徹した舞台

ほんとうにすごかったのは本編だ。まず、舞台装置に圧倒される。3×5枚の可動式の床板で構成されたステージ。座席表を見た時からセンターの花道太いな?通常の3倍くらいあるな?と思っていたが、実際に横幅3倍でメインステージとして使われていたのでアリーナの中心が文字通り舞台だったのだ。床板はコンサートがすすむごとに天井にバラバラに巻き取られ、床下からピアノが現れ、弾き語ったり、リアルタイム合成の映像カメラが置いてあったりと演出で飽きさせない。惜しみなく使われる火柱、スモーク。BTSのデビューからのストーリー性を再解釈した映像。織り込まれる今回のための映像も、それらとさらに今回のMV群と関連させた質の高い作り込まれたものだ。
初見であっても、豪華さに満足感を得られたであろう装置でこれは2回見たくらいでは謎がまったく解かれなかった。(結局そのあとライブビューイングと配信で見ても装置については謎が残ったまま)
もちろん音楽そのものについてはあまり心配していなかった通り、かっこいい。ダークなソロアルバムの曲にスイートで切ないBTSでの曲をおり混ぜ、進む。
アイドルグループのソロ活動はダウングレードという刷り込みがあったが、完全にそれを復してきた。
舞台演出は本人が構想し、決めているといっていた。すべてが全力投球での設計、練習量に見えた。激しく動きながらでも歌える、高速ラップをやり切る。笑顔もMCも少なめのこの舞台はまさに「挑戦」だった。交戦的でさえあった。彼にぞっこんのキャーキャー言うファンしかいないのに、立ち向かうものはエンタメの最前線であった。
BTSが世界的に成功した経験値と資金力をフルパワーで注ぎ込んで還元している。

この完成度のステージをひとりで行ってなお、彼は最後のMCで「今度は(BTSの)7人できたいです」といいきった。

上がっていく床板

◽︎一貫性の生み出すメジャーさ

本人がラジオで「歌がうまくなった」と言っていた。SUGAはラッパーなので、BTSにおいてメロディのある歌を歌うことはほとんどない。韓国のアイドルグループではラッパーとボーカルは明確に分けられ、そこが混ざる曲構成をすることはあまりないのだ。それがお作法であり、本人たちもどちらかに特化したトレーニングをする。

今回のソロアルバムはSUGAがBTSとしてデビューするまでの鬱屈した青春、アイドルとしてデビューしたラッパーへの風当たり、プロデューサーとして多くの働きをしながら評価されないことなどへの不平不満を歌ったものだった。これまでミックステープとして公開されていたソロ作「Agust D」(2016)、「D-2」(2020)も基本的にこのテーマの中のものだった。

逆に言うと、ここから外れた楽曲はないのだ。

ヒップホップの文法で、自分の中から取り出したテーマのみ歌う、ということに忠実に制作されている。そのかわり、今回のアルバム「D-DAY」(2023)では旋律のあるうたものが多く入れ込まれていた。

斬新な舞台装置も、生身のパワーを感じるラップもうたも、この一点突破的なコンテキストの表現によってファンに事前共有されている。生来どうしようもない格差、理不尽でもできることをやり尽くすしかない絶望感、努力してもしてもぶつかる壁。

「YOU SAVE MY LIFE」、今回のツアーでもたくさんのこの客席からのメッセージボードを見た。

◽︎プロデューサー、音楽家としての自覚


SUGAはもともと楽曲制作から音楽をはじめ、現在の事務所にもプロデューサー職としてもともと入社している。現在もBTSだけでなく数多くの他アーティスト、ゲーム音楽からCM音楽まで幅広く手がけている。2023年6月9日深夜「BTS SUGAのオールナイトニッポンGOLD」でSUGAは小室哲哉と対談していた、そこで小室哲哉から出た質問に「PAから自分をチェックしたいことはないか?」というのがあった。
彼の答えは「ツアーに帯同しているPAは楽曲制作も共に行なっているすでに「友達」とも言える人で、感覚をかなり共有している。自分の要求にちゃんと応えてくれるので信頼している。(ので自分でチェックしたいとは思わない)」というものだった。
ファンの存在を考える事、商業的に成功するものを作ることにフォーカスしており、チームはそれを実現するものとして機能している。
フラットな共作チームで制作をするという近年のアイドルのスタイルがここまでポジティブに出ること自体が稀有なのではないだろうか?

「ピッチをラップにどう合わせているのか?」という質問も小室哲哉から出た、SUGAはBTSのときには他のメンバーに合わせるために最大7度程度いじることがあるが、ソロ作ではそれはないと言っていた。BTSはラップラインのSUGA・RM・j-hope3人の制作を効率化するために同じ機材・セッティングを使っているとのことだった。これにはびっくりした。わたしは声を素材とするアーティストにとって、機材こそがオリジナリティを表現するものの筆頭だと思っていたからだった。BTSの各人にはその個性があるように受け取っていた。小室哲哉は「最近の作り方だね」と言っていた。

◽︎「現在性」を獲得するためのバンド帯同

日本のバンド音楽は「衝動性礼賛」的なところが大きい。
対してSUGAの音楽は、ヒップホップの文法にのっとって「個人のネガティブな面を吐露」しているが「ルール」にのっとるという意味で抑制的だ。実際には多様な曲を作っているのではないかとは思うが、舞台や公開の場で突然クリスマスソングを明るく歌い出したりはしない。

今回、生バンドを帯同しており基本的に全曲生演奏のようだ。(大会場でのコンサートらしく、やはりバンドサウンドと事前収録の歌声が大きくなる場面も多かったが)

しかし、この熱狂を生み出す要素として生演奏によるグループ感、偶発的な爆発力の醸成は確実に存在した。そしてSUGAはそれを1人でアリーナの真ん中でコントロールしている。

本人も「バンドでやっていきたい」と小室哲哉に言っていた。可能ならバンドが盛んな日本で長期滞在して制作してみたい、とも。今ツアーではSUGAがギターやピアノを弾く場面もある。
いまは封印しているテーマや感性を放出するバンドでの制作、この鬼のようなクオリティー追求の仕方のアーティストがやったらどうなるのか?もしも日本で制作したとして日本のアーティストは受け止めきれるのか?期待しかない。

舞台をストーリーから最大化させる圧倒的な完成度と、音楽的にまだまだ見せる伸び代。同時代のトップアーティストといいきれるステージを生で見られた。楽しかった。アメリカで見た価値はあった。


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