日ぐすり

「《日ぐすり》って言葉があるんですよ」
と彼女は言った。
「日ぐすり?」
と私。
「一日一日を重ねていけば、最初はできなかったことがいつの間にかできるようになる。日にちが薬になるということです」
私はベッドの横に立っていた。裸の背中を彼女に向ける。
「昨日は立ち上がることなんて無理だと弱気だったけど、人間、だんだんできるようになるもんですね」
と言ったら、《日ぐすり》の言葉が返ってきたのだ。

彼女は、看護師さん。
この時の私はといえば、点滴のスタンドを持ってヨロヨロと立ち上がり、入院着をはだけた背中を、看護師さんに蒸しタオルで拭いてもらっていた。生理食塩水や痛み止めなどの色んな管が、点滴スタンドと私をつないでいる。
全然色っぽいシーンじゃなく、申し訳ない。

実は、少々入院していたのです。
入院・手術すること自体は昨年末から決まっていた。が、オードリーのANNin東京ドーム、d47落語@福井が終わるまで待っていたのだ。
といっても入院してから手術までの2日間は、いくつかの検査くらいでたいしてやることがない。体は元気。部屋にはネット回線のLANが来ているので、私はノートPCを持ち込んで仕事をしていた。最初からそのつもりで個室を選んだのだけど。
数時間おきに、入れ替わりで部屋にやってくる看護師さんは、
「リモートワークですか、大変ですね」
などと言ってくれるのだが、内心はやや呆れ気味だったんだろうなあ。

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