記憶の博物館3

ずいぶん以前、ラジオ番組での朗読コーナー用に書いた、エッセイと詩をミックスしたような原稿を元にアレンジし直したもの。そこから、何本かずつまとめてUPしています。
今回は「卒業アルバム」「自転車」「オルゴール」「夕焼け」

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卒業アルバム


なにが不機嫌なのかわからないけれど、あなたは、ちょと戸惑った顔をしている。
なにがおかしいのかわからないけれど、あなたは、すごく楽しそうに笑っている。
……卒業アルバムの写真。
 
あなたは、気がついているだろうか。
卒業アルバムの写真。そこには、写っていないものも、写っているのだ。
 
たとえば、あなたと友達が並んで立っている写真。
二人の間にある、何もないその空間には、その時のあなたたちの気持ちが写っている。二人の間にあった、さまざまな出来事が写っている。
あるいは、体育館の壁。桜の木があるだけで、人は誰も写っていない写真。けれど、クラブの練習でその横を走り、へとへとになった仲間の姿が、あなたには、写って見える。
それとも、ひそかに好きだったクラスメートの写っている写真。
結局のところ、思いを告げることすらできなかったのだけれど、なぜか、うまくいった時の想像の世界さえ、そこには写って見える。
 
学園祭、体育祭の写真からも。
授業風景、クラブ活動、修学旅行のスナップからも。
あまり親しくなかった生徒や、一度も授業を受けたことがない先生の写真からさえも、いろいろなものが見えてくるのだ。
 
もちろんあの頃は、最新のデジタルカメラじゃなかった。
魔法のような修正マジックもなかった。カメラで撮った写真を、紙に印刷している。最新技術なんか、なにもない。
なのに不思議なことに、卒業アルバムの写真は、3Dのように立体的に浮かび上がり、音まで聞こえてくる。
人の気持ちまで写っている。
たった一枚の写真に、何年間もの出来事が圧縮され、閉じ込められている場合だってある。
まったく、驚くべきハイテクじゃないか。
      
卒業アルバムの写真には、あの頃のあなたが見たものすべてが、写っている。そしてやがて、いくらか色落ち始める頃には、あの頃のあなたには見えなかったものも写っているのだ。

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