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サヨナラむつみ荘

資料によると、オードリーが、春日さんが住むアパート「むつみ荘201号室」で小声トークライブを始めたのは2005年6月とある。それから月イチで一年間行っていたようだ。当時のぼくはそれを知らない。
当時というのは2005年10月で、ぼくがラジオ日本で「フリートーカージャック」という番組を始めた時だ。「30歳手前ぐらいでまだ売れていない芸人さんを連れてきて!」と色々な事務所に声をかけた。

ここで喋ってくれた若手たちのトークリストが手元に残っている。
【No39 父と黒豹/オードリー若林正恭】
というのがオードリーと出会った最初だ。フリートーカーという番組は一回に4人のトークを入れていたはずだから、これは10週目か? ということは、オンエアは2005年の12月。11月に収録したのだろう。

次にオンエアされた若林さんのトークが、
【No56 禁断の小声トークライブ/オードリー若林正恭】
なのだ。これは14週目だから、2006年1月のはじめオンエア。ということはおそらく年内に収録していたのだろう。
「相方のアパートでトークライブやったんです。大きな声が出せないから、小声トークライブって名付けて」
と聞いた時、
「それ面白いよ。その話をしよう!」
とぼくは食いついた。
「若手落語家が、住んでるアパートの共用廊下で落語をやったことがあるんだよ。廊下じゃなく、実際に住んでる部屋となると、もっと面白い!」
と言ったのを、今もよく憶えている。

若林さんにはそれから何度も来てもらってトークをお願いした。選ばれた優秀者として「若林正恭はフリートーカーキング」という番組も派生した(5分の超ミニ番組で申し訳なかったけど)。
でも、この番組は2007年5月に終わる。

そして2008年12月。オードリーはM-1で敗者復活から勝ち上がり、大ブームを巻き起こす。ご存知の通りだ。この件にぼくはまったく関わっていないけど、テレビを見て「凄い! 頑張ったなあ」と嬉しく思った。
それで図々しく再び声をかけて、翌年からオールナイトニッポンが始まるわけだ。
それから10年。正直言って、まさかこんなに長く番組が続くとは思わなかった。そして今年、春日さんが結婚してむつみ荘を出た。これまた、まさかこんなに長く春日さんがあのアパートに住み続けるとも思わなかった。
で、先日、空っぽになったむつみ荘から「サヨナラむつみ荘」のオールナイトニッポンをお送りしたのだ。さらにもう一つまさか、その現場にぼくが立ち会えるとも思わなかった。

春日さんはもちろん、若林さんも、
「あれから14年か…」
とさまざまなことを思い出していたようだ。
たぶんその「思い」の百分の一くらいしかないだろうが、ぼくもついでに、
「あれから14年か…」
と思い出せるのが、ちょっと嬉しかった。

ところで、例のトークリストを眺めていたら、発見した!
【No132 さよならムツミ荘/オードリー若林正恭】
というのがあるのだ。
これはいったい何を喋ってもらったのだろう? 何にさよならしたのだろうか? なんだかタイムスリップしたような気分だ。


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藤井青銅

作家です。放送作家、脚本家、作詞家とも呼ばれますが、自分では全部同じことだと思ってます。ヘッダー画像は『ラジオな日々』(小学館)表紙カバー(画・木内達朗さん)より。

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