カウンター・テロリズム・パズル

『カウンター・テロリズム・パズル』を読んだ。世界で一番テロが起こる国の一つイスラエルにはICTというテロ専門の研究施設があってトップレベルのテロ対策が研究されている。著者はこのICTを立ち上げた人物であり、この本は、イスラエルの過去事例を題材に、テロおよび周辺の事情をかなり細かく説明してくれる。なお、前書きに佐藤優のめちゃくちゃ分かりやすい要約が載っており、時間がない人はここだけ読んでおけば400ページもある本文を読まずとも概要を一発で理解することができる。自分は、この本でテロについて初めて知った情報があって面白く読んでいた。

まずテロの定義だが、これは一般人をターゲットにした無差別攻撃のこと。似たような戦術にゲリラ攻撃というものがあり、実際混合されやすいのだが、ゲリラは軍人を対象に行われる攻撃であるという点においてテロとは異なる。ターゲットが一般人か軍人か、という区別はテロ対策においてかなり重要であり、それはなぜかというと、テロ対策とゲリラ対策は本質的に異なるものだから。どう違うかというと、たとえば、ゲリラ攻撃に対しては、『反応しない(報復しない)』というリアクションを取ってもよい。なぜならば、ゲリラ攻撃は軍事行動の一環であるため、軍事的な戦略として、あえて『何もせず耐える』という選択肢はあり得るためだ。しかしながら、テロが起きた場合に『反応しない(報復しない)』はあり得ない。一般市民を狙うテロに対して受け身を取っていた場合、テロ組織をつけあがらせることになるため、即時に毅然とした対応でリアクションしなくてはならない。また、テロ攻撃をゲリラと同じ軍事行動の枠組みでとらえてしまうと、軍事関係の法制度の枠組みの中でしかリアクションを取れないということになり、手段が限られてしまう。みたいなことがあるため、ゲリラとテロは明確に区別しなくてはならない。

テロについて考えるにあたっては、そもそもテロとはなんなの? という定義の問題がある。たとえば、ガソリンをまいて火をつけ周囲の人間を殺害するという行為があったとして、それを行うのが、訓練された中東のテロリストであった場合と、人生に絶望した中学生であった場合に、両方とも同じテロ行為であると考えてしまってもいいのか? 答えを言うと、『これらは、ガソリンで火をつけるという行為は同じだが、同じテロであるかというと、そうではない』。テロの定義は『暴力的』『政治的』『民間人を対象とする』の三つ。中学生の場合は、暴力的かつ民間人を対象としているが、政治的ではない。政治的というのは、たとえば日本を滅ぼそうとしているとか、総理大臣の辞職を要求しているとか、そういう政治的な目的があるのかどうか、ということ。テロの定義づけは重要で、なぜなら、テロを定義付けない場合、テロはほかの既存の法律で裁かれてしまうから。しかしながら、『通り魔による殺人』と『テロによる殺人』は、構造が異なる。通り魔がたいてい単発であるのに対し、テロは背後に何らかのネットワークがある可能性が高い。つまり、周囲に仲間とかテロ支援者があり、それが根っこになってる。テロが起こったときは、そういう根っこの部分ごとまとめて対処しないとテロの根絶に繋がらないのだが、しかし通常の犯罪の枠組みでテロが処理されてしまうと、この根っこの部分が残り続け、次のテロに繋がっていく。みたいなことがある。

では、テロが起きたら具体的にどういう法律で裁けばいいの? という話になるのだが、これについては、明文化しないほうがいい。なぜなら、明文化してしまうと、それに応じてテロリストが対策を講じるから。つまり、『街中で爆弾を爆発させたら死刑』『警官を殺したら無期懲役』『ナイフで刺したら禁固十年』みたいなルールを法律で設けてしまうと、『うーん死刑はイヤだから自分は警官殺しをしよう』『禁固十年ならまあ余裕だからナイフで刺そうかな』みたいな感じで、その法律が『ここまでだったらやってもいいんだ』というラインを暗に設けてしまうことになる。テロはそれがどういった形であれ絶対に起こしてはいけないものなので、そういうラインを設けることになる法整備を整えることはよくない。となると今度は、でも法律がなければ裁けないでしょ?みたいな話になってくるわけだが、それについてはテロが起きるごとに特別法を作って個別に対処するとよい。

みたいな内容が延々と書いてあって、いろいろ面白かった。読んでわかったけど、テロは普通の犯罪と違うので、テロリストとして捕まったら人権が剥奪されるみたいな状態になるというか、普通の人間扱いは期待できない可能性がある。どういうことかというと、たとえば取り調べて拷問に近い扱いを受けたり、証拠が被告人および弁護士に開示されないまま裁判を受けたりしなければならなくなる(証拠を開示すると情報提供者の正体がバレる可能性があるため)。また、テロリスト支援者はテロリストより罪が重いという考えのもと、家族や周辺の人間がテロ支援者として丸ごと村八分的に処罰されたりする可能性がある。超こわい。とはいえこういった内容はテロが頻発するイスラエルの例なので日本の事情にはそのまま当てはまらないと思うけど、だとしてももし何か道を踏み外したとしてもテロリストになるのだけはやめたほうがいいな。と思った。

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