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温かい場所

「カッコいいー!この歌好きー!」

笑って楽しそうに、他の客のカラオケを褒める。気持ちはキャバ嬢。私の通ってる大好きなバーにまた来て欲しいから。
お酒が入ると男性は、色んな女性が可愛く見えるから。こんな楽しい場所なら、また来ようかな、と思ってもらえるように、店長に好印象を持ってもらえるように...

「お姉さん、一人で飲んでないでこっちおいでよ!」

だけど、やり過ぎてしまったようだ。
全くタイプでもない男性に、口説いたらワンチャンあるんじゃないかと思われてしまったみたい。

「話してる声が可愛い!」
「酔っ払ってるじゃん、目とろんとしてるよ?」

青いシャツを着た男性に頭を触られたり、肩を触られたりする。
現役キャバ嬢にやってもダメだけど、初対面の女性にスキンシップをするのはもっとダメだと思う。
そしてこの男性は、

「可愛いな」

と言って、私の頬まで触ってきた。
それセクハラだから!と怒って叫びたくなってしまった。
だけど、通っているバーの従業員達、他のワイワイしているお客さんの空気を壊したくないから。
私は煙草を持って、店の外を出た。
あなたが好きで場を盛り上げているんじゃない。
あなたに気に入って欲しくて、笑顔を振り向いているんじゃない。
大好きな従業員に、私の笑顔を見てほしいからやっているのに、勘違いしないでほしい。

なんて...
言えないから、私はただ逃げた。

店の外でうずくまって煙草を吸っていると、オーナーの奥さん(水商売ベテラン)が気にかけてくれた。

「大丈夫?」
「あ...好きでもない人に触られて...」
「あ...嫌だったよね。あたしも気にかけてたんだけど、細かい所まで目が届かなくてごめんなさいね」
「い、いえ...」
「分かるのよ、あなたの気持ち。仕事でもないのに触られてさ。それにもう水商売してないでしょ?余計よね」
「はい...」
「嫌な時は、あたしにウィンク送ってね!そしたら、あたしがかっちめてやるから!キッと怖い顔して、守ってあげるから!」
「...ありがとうございます...」

水商売を経験された女性ならではの言葉が心に染みる。
泣いて色々と八つ当たりをしたかった怒りが、彼女の優しい言葉でほぐされていく。
そして、

「大丈夫?」

私の大好きな店長が、タバコを買いに行くと言い訳をつけて、様子を見に来てくれた。
私は強がりだから、

「大丈夫...酔っぱらっただけで、休憩なの」
「酔っ払ったたね、イイ顔してるもん」

乙女心をくすぐる言葉を放って煙草を買いに行った店長はやっぱり、好きでムカつく。笑

私が何も言わずにお店を出たことで、口説こうとしてきた男性は会計をして出ていったので、私は安心してお店に戻った。
すると次は...

「お姉さん!俺の隣座ってよ!」

20歳そこそこの若い男の子が、おいでおいでしてくる。
私は笑顔で首を横に振った。

「この距離感が好き。心は隣にいるから、それで許して💓」

なんてキャバ嬢っぽく言って、男の子を嗜めて。
私の断るセリフを店長が聞いて笑って。
いつものお気に入りのバーの空間に戻っていく。

「じゃ、お疲れ様です!」

お店を閉めた後、店長と一緒に帰る所を見られ、

「え、一緒に帰るの?」

疑問の声が後ろから聞こえてきたけど、私たちは振り返ることなく、

「もう疲れたよね」
「うん」

若い子にはついていけない、なんて私たちは笑いながら話して、一緒に部屋へ帰っていく。

ようやく始まる、二人だけの時間。
ただ、好きな人の隣にいるだけで幸せで。
お店では見せない、だらっとした姿、気張らない姿。
同じ水商売経験者だからこそ分かり合える、○○はストレスになる、そんな話とか。

孤独、こんなに頑張っているのに何がおかしかったんだろう、そんな焦燥感。
嫉妬や色んなネガティブと戦って、一人なんとかもがいて生きてきた...
同じような経験をしてきたからこそ、共感出来ること。

私に触れるその手も唇も...優しくて甘くて、一日中繋がっていたい、溺れてしまいそうになるほどの相性の良さ。

ねぇ、知ってると思うけど、大好きだよ。

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