山茶花手折

ストロング缶チューハイ合同誌『強力な零』主催/タピオカ合同誌『多美丘』主催

山茶花手折

ストロング缶チューハイ合同誌『強力な零』主催/タピオカ合同誌『多美丘』主催

最近の記事

ヨモスエ

※当作品は、第二十七回文学フリマ東京にて販売したストロング缶チューハイ合同『強力な零』2巻に収録のものから誤字・脱字を修正したものです。  薄暗闇の中、視界の隅で白い光がちらついていた。  そのいくつかが、ちいさな数字の形をとる。60、80、100、km/h……。  短い眠りから覚めた木戸は、自分が車の助手席にいることを思い出した。 「よく眠っていました」  運転席の荒絹が前を見ながら言う。廃墟と瓦礫だらけの世界を、荷物をいっぱいに積んだトヨタ・ハイエースが時速八〇キロで走

    • 爆破予告日

      ※当作品は、第二十六回文学フリマ東京にて販売したストロング缶チューハイ合同『強力な零』に収録のものから誤字・脱字を修正したものです。  ありきたりな話かもしれないが、大学に爆破予告がされた。いつだったかにも、いくつかの大学や小中高にインターネット掲示板で爆破予告がされて騒ぎになるという事件があった。果たして爆破されるのかと思いきや、結局ボヤひとつ起こらなかった。ただのいたずらに過ぎなかったのだ。今回もそうした狂言だろうと考える人間は少なくない。僕もそうだ。  今日は爆破予告

      • ドーナツの正しさ

        夜中の二時にいつも目が覚める。お酒を飲んでも、睡眠薬を飲んでも必ず二時に目が覚める。 二時に目が覚めると、すぐに再び寝付くことはできない。だから私は外に出て散歩する。誰もが眠りについて静かで暗い住宅街を歩く。途中でコンビニがあるので、そこで缶ビールを買って飲みながら歩く。時計の針が止まって見えることもなく、ただ夜が深まっていく。ほろ酔いで私は暗闇をただ歩く。 五時が近づくと、私は散歩をやめて家に引き返す。ベッドに横になり、五時になると暴力的ともいえる眠気が私の頭を揺さぶった。

        • 星を探す

          星を見たことがないと気がついたのは、少し前に死んだ知人の名前が「星原佳代」であると思い出した時だ。もう彼女からメッセージが来ることのないトークアプリに登録されたその名前をふと目にした時、一瞬ただ漢字が四つ並んでいるだけに見えて、少しショックを受けた。そうして浮かび上がった「星」という漢字が表す、夜空に輝くものを頭にうまく思い浮かべることができないことにも、また同じくであった。死者と星の存在感は似通っているように思える。 星原がどうして自殺をしたのかは誰にも分からなかった。遺

          幽霊手記

          私はある日幽霊になった。理由は分からない。 幽霊になったからといって脚がなくなったり身体が半透明になったということはなかった。 私は私だった。ただ、幽霊のまま人生を過ごした。 会社に行き、誰とも挨拶を交わすことなく自分のデスクに座る。パソコンを立ち上げ、いくつかの作業的な仕事をこなして、暇になると本を読む。仕事の本ではない。完全に趣味で読んでいる小説の文庫本。仕事場で業務時間中に趣味に耽る私に、誰も気が付かない。 やがていくつかのメールが届いたりして、それらの対応を済ませて

          或る夏の拳銃

           就職活動が終わった。結果としては、僕は職を得ることに失敗し、そしてモラトリアムが一年延長されることとなった。時々、この緩やかな時期がいつまでも続いてくれるのではないかという錯覚が訪れることがあった。それでも僕は明確に社会の一員としての人生がやってくる日を待ちわびていて、しかし積極的にはなれずに毎日を過ごしてしまった。  いよいよ取り返しがつかなくなってから、堕ちていくスピードは早かった。僕は何をしてもまるでうまくいかなかったのだ。人生において漠然とした日々を過ごしてきた結果

          或る夏の拳銃

          葛藤と堕落とチリビーンズ

          「先輩、お腹が空いたんです」  森本サエは僕の部屋に突然やってきてそう言った。時刻は二十一時。女がこんな時間に男の部屋に来るのはあまりにも無防備ではなかろうか。そう思ったが、サエは髪もボサボサで顔色も悪く、それどころではないといった雰囲気を全身から滲ませていた。 「スイマセン、部屋に食べ物が何も無いので……。ご飯作ってください」 「コンビニでも行って何か買ってこい」 「しんどいです……。あと給料日前で今あんまりお金ないんで……」  ため息をつく。以前もこんな事があった気がする

          葛藤と堕落とチリビーンズ

          盤上奇譚

           雨崎晴子は相手を追いつめるために思考する。いかにして効率的に敵を詰ませるか。思考する頭はあくまで冷静でなければならない。雨崎は集中力だけは誰にも負けない自信があった。雨崎は俯瞰して、この戦況を眺めた。  思考に耽る雨崎の向かいには、彼女の後輩である杏雲堂中辻が座っていた。杏雲堂は何を考えているのか分からない表情で、放心しているように見えた。しかし雨崎は知っていた、目の前にいる後輩がかなりのやり手である事を。  計算を終え、雨崎はそっと駒に手を伸ばした。  二人は将棋を指して