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労基署にメールしたら匿名でも動いてくれた話

あるところに、残業代を支払う気のない経営者の会社・A社と、その会社で働く総務課長のSさんがいました。

Sさんは総務課長ですから、社員のモチベーションアップも大きな仕事の一つです。

しかし、どう頭をひねっても、残業代も払われないような環境では社員のやる気など上がるはずもありません。

しかもその経営者は、「残業代を払っていない」という事実を客観的に記録されることを避けるために、出退勤時間打刻さえさせていませんでした。狡猾なやり口といえます。

これはつまり、誰がどれだけ働いているのかも会社として把握・評価できないということです。
これでは「チームで業務の負荷を分散する」なんていう当然の発想にも至らず、特定社員に労働が偏るばかり。

これは会社にとっても、残業代の節約程度では余りあるリスクを抱えることになります。もし過剰労働の結果、社員が身体を壊したり鬱になって自殺などしようものなら、会社側に100%の責任が発生した上で、法律違反があからさまになります。なにせ管理してないわけですから。

こんな惨状が、歴史の長いA社でずっとまかり通ってきたことが、中途入社のSさんにとっては信じられない事実です。

いや、Sさんとて、地方や中小企業の厳しい懐事情はある程度想像していたのです。もし経営者が、

「うちの会社は経営が厳しい。十分な給料が払えず申し訳ない。しかし雇用は何としても守り、皆さんが路頭に迷わないようにしっかり黒字経営する。だから我慢してくれ」

とでも言うのであれば、100歩譲って法律違反も見て見ぬ振りをしたかもしれません。

しかしその経営者は違ったのです。
地元の経営者組織では理事を務め、とある県の組織でも重役を歴任。質実剛健、清廉潔白な経営の如く振る舞い、あまつさえ「従業員の物心両面の幸福を目指す」が口癖です。その従業員って誰のことを言っているのでしょう。

まして総務部長も会社の犬であり、労基署への36協定書も独断で会社の都合が良いように捏造する始末です。

Sさんは立ち上がるのでした。

「労働基準監督署」

労働環境についての相談窓口として「労働基準監督署」があることは、多くの人が知っていると思います。

しかし、「月に200時間以上残業させられて過労死した」だとか、あまりにもあんまりな事例ばかりを耳にするので、「残業手当がもらえない、程度のことじゃ何もしていくれないのでは」と思ってませんでしょうか。
「役所の人間は小さなことでは動いてくれない」、そんなイメージを持つ方も多いでしょう。

Sさんも多かれ少なかれ役所の体質に辟易する一人ですが、会社では協力者は得られそうもなく、社員の労働組合なども当然ないので、外部組織に望みをたくすしかありませんでした。

労基署のことを調べると、どうやら「直接、署に行って実名申告する」というのが一番効くようで、立ち入り調査対応してもらえる可能性が高いことがわかりました。
しかし、Sさんはまだ会社と正面を切って喧嘩してまで一肌脱ぐまでの覚悟には達していません。

また、「匿名申告」という手段があることもわかりました。誰からの申告なのかは伏せた上で、会社を調査します。
しかし、小さなS社、しかも「あきらめムード」な社員だらけの中、誰かから労働基準法違反の申告があったとするならば、その知識を持ちうるSさんが真っ先に疑われます。いや、Sさんしかありえません。匿名の意味が無いというものです。

仕方なく、「申告があったことさえ明かさないで調査してもらう」という”お願い”を労基署に申請する手段しか残されていません。
まるで労基署にドッキリの仕掛け人をお願いするようなものであり、動いてくれる期待は薄いのですが、藁を掴むような気持ちでこのラストチョイスにすがることにしました。

労働基準監督署の「メール窓口」

いよいよ労基署に乗り込む腹づもりをするやいなや、その矢先に見つけたのが、「労働基準関係情報メール窓口」というものです。

1. 本窓口では、労働基準法などの違反が疑われる事業場の情報をメールでお寄せいただくことができます。情報の受付対象となる法律は、以下のとおりです。

○労働基準法 ○最低賃金法 ○労働安全衛生法 ○作業環境測定法
○じん肺法 ○賃金の支払の確保等に関する法律 ○家内労働法

2.お寄せいただいた情報は、関係する労働基準監督署・都道府県労働局において、立入調査対象の選定に活用するなど、業務の参考とさせていただきます。
  なお、受け付けた情報に関する照会や相談についてはお答えしかねますので、あらかじめ御承知おきください。

これであれば、労基署にわざわざ出向くために平日に有休を取得する必要もありません。

厚労省サイトですから、地方の労基署に直接メールが行くわけではないでしょう。
しかし、地方署に直接訴えるよりも、中央組織から下部組織に対応を指示してもらったほうが、上の指示を無碍にできずに現場が動かざるを得ないのでは、と邪推してみました。役所の体質を利用しようと。

そこで、Sさんはこの窓口を利用して、「これで動いてくれないとしたら、いったいどうすれば!?」級の長文を送りつけることとしました。

それには知識と、コツが要ります。

続く


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