マーケティングはどう変わろうとしているのか

僕が教壇に立って20年が経ちます。この間、社会の様子は大きく変化しましたから、講義で話している内容もかなり変わりました。

僕自身がデザインと関わり、また企業経営のお手伝いという形で実務に関わるようになったこともありますが、特にここ数年でも、随分変化しました、
広告デザイン専門学校のマーケティングを担当するようになって6年目になりますが、この内容も随分変化していて、特にこの3年ほどは「価値」の捉え方を重視した内容にしています。またマーケティングについても、その役割についての説明を「価値創造」から「価値提案」へと発展させています。

そこで今回は、この数年での、マーケティングの講義内容の返歌を基に、今マーケティングがどのように変化しているのかについて考えます。

講義では、マーケティングの発展過程を説明するため、フィリップ・コトラーが定義する「マーケティング1.0」から「マーケティング5.0」の特徴を挙げます。

そうそう、僕が大学の教員になったときは、まだマーケティング4.0は示されていませんでしたし、マーケティング5.0が示されたのは一昨年ですから、やはり世の中はとても大きく変化しています。

マーケティングの考え方の変化は、言い換えれば企業と社会の関わりの変化です。マーケティング1.0、つまり1950年代のマネジリアル・マーケティングは、利益優先の考え方であったわけですが、徐々に消費者や社会に配慮した考え方に変化していきました。21世紀に入ると、企業がミッションとして社会の問題解決に取り組むことが求められるようになりました。
そして現在では、企業自身が経済活動を通じた問題発見とこれからの社会の在り方を提案する「社会機能」としての役割を果たすことが求められるようになりました。

このような変化を、僕は講義の中で、マーケティングの役割を「価値創造」から「新たな価値提案」と説明しています。

ここで、なぜ‘新たな’価値提案なのか?という質問があるかもしれません。それはそもそもマーケティングでは、既に価値提案という考え方があるからです。

企業や製品の「ポジショニング」、これはマーケティングプロセスである「R STP MM IC」の過程の「P」にあたる段階で考える内容で、コトラーの『マーケティング原理』では、価値提案は以下のように説明されています。

〜消費者は、最大の満足をもたらす製品やサービスを選択する。そのためマーケターは競 合ブランドの動きを確認しつつ、提供し得る基本的なベネフィットを基盤に自社ブランド をポジショニングしようとする。ブランドの完全なポジショニングを価値提案という。〜

これについては、講義でも当然説明しているわけですが、これからのマーケティングの役割の変化を、解りやすく説明するために選んだのが「新たな価値提案」という言葉です。

マーケティングの‘基礎’については変わらないので、基本的には先に挙げた『マーケティング原理』の内容を基に説明しています。

市場に対するアプローチを考えるとき、どの市場セグメントをターゲットとするのかについてはセオリー通りです。しかし近年では、大企業ですら、市場の独占、つまり市場セグメントの多くを獲得するような戦略は考えていません。それぞれが得意な分野で、いかに差別化するかを考えています。つまりマスマーケティングは多くの市場で通用しません。

それではどの市場セグメントを選択するのかということになりますが、このとき考えなければならないのが、共通の価値基準を持ったコミュニティの、中核を成す消費者モデルと、彼らが求める価値基準に合った共感です。

これはコトラーがデザイン思考を、2021年に著した『H2Hマーケティング』で、3つの中核のうちの1つ(デジタライゼーション、SD-L:サービスドミナント理論、デザイン思考)としていることからも理解できます。

デザイン思考は共感による創造を基にした‘問題解決方法’です。しかし現在、企業が求められている役割は、それだけではありません。

特にスタンフォード大学Dスクールを中心としたデザイン思考の考え方は、アメリカの大学や学問がビジネスという視点に特化しているのと同様に、ビジネスモデルとしての位置づけが大きいように思われます。これに対してRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)や東大デザイン研究所などが重視するスペキュラティブデザインや、さらに近年注目されているクリティカルデザインでは、デザインを通じて、社会の本質的な問題を‘問う’ことを目的としています。
つまり企業は、社会の問題を「問う」姿勢を通じて、社会に新たな「価値基準」を示すことが求められるようになっています。

今回述べた内容について、「価値」を基にした具体的な事例の説明については、次回述べたいと思います。

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