中途半端なサブカル少女が大人になってからの話をしよう

好きなものをずっと好きでいるのは、
好きなものを嫌いになるのと同じくらい難しい。

それをハルカが体感するようになったのは25歳を越えてからで、特に強く感じるのは学生時代に熱狂的に好きだったバンドの公式Twitterを見ているときだ。
ハルカは今年26歳になったばかりの都内在住の社会人だ。高卒で社会に飛び込み、変則的なシフトと肉体労働にもすっかり慣れた8年目。 
ショートカットにきれいめシンプルなファッションがトレードマークと自負している普通の社会人女性。
しかしそんなハルカは、
学生時代はゴダールの映画と旧い邦画、マイナーなバンドとヴィレッジヴァンガードのチープな雑貨とコンセプトがマニアックな写真集に金と時間と思想を費やした、
どこにでもいる中途半端なサブカル少女だった。

クラスに特に仲の良い友人が二人おり、適度に喋ったり「好きな人同士でチーム作って~」という先生の号令があったときには困らない程度の友人はさらに数名いる、彼氏はいないけど夏祭りに誘ってくれる男子は二人ほどいて、対して関わりのない女子から陰口を女子トイレで叩かれる頻度は月に2回程度の、至極普通の少女だった。

ジャニーズや月9ドラマの話題で盛り上がる女子生徒達を「こいつらは皆バカだ」と内心で見下しながら、わかるう○○くんかっこいいよね~と0.1ミリも思っちゃいない相槌を打っては「バカに話を合わせるのも大変だ」と思うのが日常茶飯事の、よくいるバカな少女だった。

そして、ハルカには学校では決して口にはしない趣味があった。
前述の通りゴダールの映画と旧い邦画を見ること、ヴィレッジヴァンガードのチープな雑貨とコンセプトのマニアックな写真集集め、そしてマイナーなバンドの追っかけだった。
日曜になるたび月曜日のユカをはじめとする旧い邦画と、ゴダール映画を大きなTSUTAYAでレンタルしてきては、せっせと見続けた。
やっぱり昔の映画は良い、美学がある。
などと思っては悦に入った。実際はテーマも何も理解しちゃいないし、本当はハリー・ポッターのほうがよっぽど面白いと思っていたがそんな俗な自分は封印して、正直退屈でわけがわからんとしか思っていない映画を見続けた。
映画を見ない日は駅近のヴィレッジヴァンガードに一時間は入り浸り、写真集を立ち読みして、飽きるとやたらと目玉が強調されたキャラクターのステッカーやモノクロのマッシュルームカットの青年のイラストが描かれたポストカードを買い漁り、100均で買ったコルクボードに飾った。最高におしゃれだと思っていた。
自分はバカなクラスメイトの女子達と違う、カルチャーの意味を知っている。
そんなふうに思い込んでいた。
そしてそれをひけらかしたりしない、クラスメイトのくだらない話にも付き合ってやれる優しく賢い自分。
そんな自分に酔っている典型的な痛いサブカル少女だった。

そうしてサブカル少女を気取っていたが、ハルカはガチのサブカル少女ではなかった。
所詮はエセだった。
ドグラマグラも読んだことはないし、はっぴいえんどは名前しか知らない、中野ブロードウェイは映画館だと思い込んでいたし、ダリの絵など見たこともない。
「なんとなくかっこいいから」という理由で、ゴダールだのマニアック写真集だのに手を出しただけだった。

所詮は思春期にありがちな「特別なワタシ」願望なだけ。そんな自覚はハルカ自身もあった。

ただ、追っかけていたマイナーなバンドだけは別だった。
歌詞に共感し、自分の心の絶叫をわかってくれるのはこのバンドだけだと涙した。
新譜を買いライブに行きホームページは毎日見た。
ボーカルを天使、ギターを神、ベースを世界一のイケメン、ドラムを音楽の神と崇めた。
ガラケーの待受はお気に入りのジャケ写で、手に入れたチェキはこれまたヴィレッジヴァンガードで買った空と電柱のシルエットがプリントされたファイルにファイリングして大切にしていた。

その情熱が消えたのは、いつだっただろう。

思春期が終わったときだったか。
バンドが売れてメジャーになり、オリコンチャートに名前が載るようになった頃だったか。
ギターが大衆向けのラブバラードを作ったときだったか。
社会人になったときだったか。彼氏ができたときだったか。
思い出すことすらもうできないが、ハルカのバンドへの情熱は確かに冷めたのだ。
同時に、サブカルチャーへの情熱も。

宝物だったチェキやCDアルバムは押し入れに無造作に入れられ、壁を飾ったコルクボードはとっくに撤去されて観葉植物を置く飾り棚になっているし、
映画はもっぱら気楽なアクションコメディものしか見なくなったし、写真集はいつのまにか無くなっていた。覚えていないが、ブックオフにでも持ち込んだのだろう。

そうしてハルカは、いつのまにか普通の大人になった。

しかし不意にTwitterで、好きだったバンドのライブ情報を目にすると、あの頃のようにじんわりと胸の奥が熱を持つ。
今はもういないベースを思い出して甘いときめきが胸に広がる。
Googleで一番好きだった曲の歌詞を検索して、ああやっぱりいいわこの曲、と悦に入る。

好きなものをずっと好きでいるのは、とても難しい。
けどやっぱり、好きだったものは嫌いにはなれないのだ。
中途半端だったとしても、そこに注いだ愛はあったのだから。

中途半端なサブカル少女だった自分を捨てきれないまま大人になったハルカは、そう思いながらそっとバンドの公式Twitterのフォローボタンを押した。

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