【第4回イベントレポート】老舗企業が挑むSDGs|貝印「ムダかどうかは、自分で決める。#剃るに自由を」の裏側(前編)
こんにちは!Social Business Lab運営事務局です。
わたしたちは毎月1回、SDGsをはじめ、サステナビリティやジェンダー、ウェルビーイングといった社会的なテーマに関連するプロジェクトを、企業の中で担当する「人」たちとともに考え、学びを共有する勉強会を開催しています。
世の中に新たな考え方を提示するような「あのプロジェクトの裏側」を分析し、実際にそのプロジェクトを担当した関係者から具体的な取り組みについて共有していただくことで、うまく行ったことだけではなく、失敗や「もっとこうしたらよかった」といった視点、どのように社内を巻き込み、プロジェクトを形にしていったのか?など、プロセスから紐解くことで考え方を知り、それぞれの活動や日々の仕事に活かすことができる場を目指しています。
第4回目は、「#剃るに自由を」プロジェクトの担当者である貝印株式会社 マーケティング本部 広報宣伝部の齊藤 淳一さん、畑谷 友香さんをお迎えし、初めてのオフライン・オンライン同時開催で実施しました。
<第4回目ゲスト>
100年以上という長い歴史とともにお客様に寄り添ってきた貝印。現代の社会の声をつぎつぎとプロジェクトやプロダクトに反映し、形にしていくにはどのような経緯や過程があったのでしょうか。
プロジェクト立ち上げまでのプロセスを振り返りながら、その裏側ではどんな困難があったのか、そして、これからの展望についてうかがいました。
イベントでは「Social Action Canvas」を軸に、参加者の皆さまからいただいた質問を交えながらお話を伺いました。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:まずはプロジェクトについてお伺いしてもよろしいですか?
畑谷さん
:2020年の8月にプロジェクトの第1弾として、「ムダかどうかは、自分で決める。#剃るに自由を」というコピーと、バーチャルヒューマンの女性が腕を上げ毛を出しているというビジュアルで広告を作りました。こちらは、渋谷の109の街頭広告と、電車の地下鉄の広告で実施しました。次に、第2弾として2021年の11月に「FIRST SHAVE BOOK」という、初めて毛を剃る方々に向けての本を作らせていただきました。内容としては、初めて剃るときにどういう方法で剃ったらいいかとか、間違った知識やこれは違うんだよということについて案内を出しています。あとは、紙と金属でできている紙カミソリを本の最後に入れておいて、渋谷や学校で配ったりしました。
それ以外にも、紙カミソリを2021年の4月頃に出しまして、「剃るまえから、心地いい。自分らしく、選べる自由」というコピーで広告を出させていただいています。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:最初の広告を渋谷でみた時、ドヒャー!すごい!って当時思った記憶がありますね。大きい広告で、すごい大胆だなと思いました。
ーProjectが立ち上がった経緯は? / なぜご自身が取り組むようになったのか
石井(SBLメンバー)
:どんな思いでこのプロジェクトを立ち上げたんですか?
齊藤さん
:1個の強い思いがあったというよりは、体毛とかムダ毛ってなんで“ムダ”って言われるんだろうとか、剃ることに対して悩みを抱えている方の声をSNSで知ったり…いろいろ複合的に重なって、という感じです。あとは、日本だと脇毛を処理している女性が多いと思うんですけど、海外だと逆に生やして「かっこいいでしょ」みたいな。レディー・ガガさんとかが脇毛を染めて、堂々としてインスタポストしていて。いろんなことが混ざり合って生まれたっていう感じですね。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:「別に処理しなくてもいいよね」と肯定する広告だと思うんです。カミソリを商品として出していらっしゃる貝印さんが、「剃らない」っていう選択肢も提示することに対して、社内の反応ってどんな感じだったんですか?
畑谷さん
:弊社はもともと岐阜県関市の老舗企業で、今年で115年目になるんです。昔からの企業ではあるんですけど、「野鍛治の精神」をすごく大事にしています。岐阜の関市は、鍛治の人が多い。戦国時代とかは武将が多くいて、刃物を作ることが盛んだったんです。そこで大事にしてたのが、一人一人に対して合った商品を出す、刃物を出すということ。今も我々はそれを受け継いでいて、時代に合わせたメッセージであったり、商品っていうのを出すということを大切にしています。今回も、SNSの声だったりメディア、海外に目を向けると、「剃らない」という選択肢が事実としてある。それに対してちゃんと向き合う姿勢を説明をしていくことで、みんな理解してくれるようになったと思います。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:やっぱりこういうキャンペーンをする時に、会社的にいうと共感を得るブランディングにしようかとか、販促効果を高めようとか、いくつかの狙いみたいなものが出てくるのかなと思うのですが、当初そういう目標は設定したんですか?
齊藤さん
:部署的に2、3年は認知度を上げるということにフォーカスしていました。貝印の認知度調査では、60代以上の方だと大谷翔平さんくらいの認知度があるんですけど、年齢が下がるにつれて認知度が低くなり、20代だと3割を切るんですね。あと、実は製品が1万SKUぐらいありまして、身の回りの製品ならなんでも作ってるんです。コンビニやドラッグストア、スーパーでも買えるような日用品が多いので、気づかずに愛用していただいている方が多い。そういう方に貝印というブランドに気づいていただくと、急に愛着が湧いて貝印を好きになっていただけるんじゃないか。ということで、とにかくロゴと名前の認知度を上げるところに集中しています。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:もともとCCCさんも若い世代にアタックしたいという話だったと思うんですけど、こういう作戦を聞くとやっぱりいいなぁと思うんですか?
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:そうですね。なんとなく感じていながらも言葉にできないというか、表現できないことって多分どの世代にもあるんだろうなと思っていて。そこを代弁してくれたというか、ちゃんと問題提起して、議論の場にあげてくれた。こういうパツッとしたシャープな取り組みっていうのはすごくいいなぁ、かっこいいなぁって思います。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:ちなみに、なぜバーチャルヒューマンを起用したんですか?
畑谷さん
:バーチャルヒューマンを使うことによって、特定の人の思想を広告に入らせないようにしたっていうところが狙いです。どうしても特定のタレントさんを起用すると、もともと脇毛を剃っていらっしゃる方がいきなり生やしても、寄せてきたなっていう感じがしますよね。また、タレントの方が掘り下げられて広告が炎上しちゃう、みたいな懸念もあったのでバーチャルヒューマンを起用させていただきました。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:わたしが社長だったら、脇毛?バーチャルヒューマン?どういうことだ?!って絶対になってたと思います。わたしのやっていた最初のプロジェクトでは性を取り扱うということで、当時社内でちょっと揉めたんです。会社として明言せずに取り組んでいたトピックスに大々的に切り込むと、うちの会社としては時期尚早じゃないか、みたいな。そういうご意見もいただいてプロジェクトが一瞬暗礁に乗り上げてしまったことがあったんですけど、そういった意思の疎通ってどうされたんですか?
畑谷さん
:弊社には週報という制度があり、社員全員が週に一度、自分が気づいたことや、取り組みたいことを140字で書くんです。その中で、「バーチャルヒューマンっていうのがあって、そういうの使ってみると炎上とかも避けられるかもしれない」って書いたら、その週の優秀週報として取り上げられて、社長の方から(バーチャルヒューマンの起用を)ぜひ検討してくださいと言われたという経緯があります。
ーProject化するにあたって大変だったこと
畑谷さん
:現場はやっぱり「大丈夫なの?」など、いろんな声がありました。ただ、社長やキーマンの方には前向きに受け取っていただいていたので、そういう意味では、社内っていうところは通っていったのかな。
齊藤さん
:炎上も不安でした。一言一句、ちょっと間違えると否定的に取られる方もいらっしゃるかなと思ったので、SDGsでよくいわれる「No one left behind.(誰ひとり取り残さない)」じゃないですけど、「誰も傷つけないように」を合言葉に、外部のPR会社さんと共に2ヶ月くらいコピーと向き合いました。「に」を「を」に変えるだけで、もしかしたら傷つきが生まれるんじゃないかとか、そういうのを考えました。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:今日参加してくださっている方の中にも、社内で少し反対されているとか、なかなか賛同を得られないっていう方もいらっしゃるかなと思うんですが、キーマンを見つける方法や、どういう方をキーマンとして捉えられたのかについてもう少し教えていただけますか?
畑谷さん
:各部署のいわゆるリーダー、次長っていう立場の方々に共有をしたりしました。
齊藤さん
:ネガティブチェックといいますか、いろんな予想をしました。例えば、営業担当だったら小売さんとかとやり取りするので、そこから何か言われるんじゃないか。お客様相談室にはこういう質問・相談がくるんじゃないか、といったようにいろんなケースを想定してめちゃめちゃQ&Aを作りましたね。こう言われたらこう、みたいな。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:キーマンの方の立場に立った時に、どういう説明をするか、どう安心を与えるかみたいなところを工夫された感じですかね。
齊藤さん
:シャドウボクシング的な。ただ、それをやりすぎて二人とも体調を壊しました(笑)
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:わたしたちもYOUR NORMALのプロジェクトの時に、いろんな幸せのあり方を描くということで同性カップルやボディポジティブ、ジェンダーロールなどを動画にしたことがあるんです。当時はまだ大きいところがそういうCMを出していなかったので、動画を出す時にいろいろ考えました。最後はえいやー!で出してしまったんですけど、なかなかその対策もどこまでやったらいいかがもうだんだんわからなくなってきて。その辺は最後どう判断されたんですか?
畑谷さん
:わたしは個人的なところですけども、もうこれは絶対傷つかないなっていう自信があったので、もうそこは大丈夫だろうなっていう感じがしていました。
齊藤さん
:先に体調崩してますね(笑)回復したあとも、僕は直前に怖くなっちゃって。広告出した日もめちゃめちゃ不安でひとりでみにいったんですけど、道路挟んで向かい側がTSUTAYAさんなので、そこでひとりでビール飲みながらずっと見てました。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:CCCさんは政治というトピックを扱っていると思うんですが、ハラハラ感とかあったんですか?
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:やっぱり政治、政策の話になると思想が絡んでくるので、炎上しちゃうんじゃないかっていうハラハラ感はありました。
(学校総選挙プロジェクトは)10月に正式スタートしたんですけど、6月の時点で一回ツイッターを立ち上げたんですよ。スタートする前に、プロジェクトの趣旨説明をして、少し関心ある方とSNS上で繋がりを創っていく。その中でやりたいこととか思ってることを発信していって、反応をみるようなテスト期間を提案したんです。その時にいくつか KPI というか目標設定と撤退ラインを決めてくれと言われたので、炎上したら撤退するって話をしました。
ただ、炎上の定義については話しました。誰かが反応するっていうのは炎上ではなくて、ただの感想、対話。それがニュースで取り扱われるぐらいまで広がったら炎上だと言えるかもしれない。そう伝えたところ、GOサインをいただいたんですが、そうそうそんなことにはならないなと思っていました。最終的に、計画通り炎上することなく、正式スタートにこぎつけました。
齊藤さん
:おっしゃる通り、議論は生まれて当然っていうのは、確かにそうだなと思いましたし、我々の広告も何を正しいって言ってるわけじゃなくて、みんなで議論したいなっていう気持ちであったので、そういう気持ちだと結構反論があっても、盛り上がってていい議論だなっていう風に思えるので、よかったかもしれないですね。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:ディベート・討論よりも、対話をすることが本質的に大事な部分なんだろうなと感じます。どっちかが正しいとか間違ってるとか、説得するされるとかではなくて。お互いの思ってることをお互いに知り合うっていうところが、多分とても大事なんだろうな。ツイッターの炎上もそう受け止めればそんなに怖くないのかなって、ここ数年やってきて思うようになりましたね。
ープロジェクトの継続と指標に関して
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:第1弾では「ムダ毛って本当にムダなの?」という問いかけをして、第2弾では剃り方を教えていたと思うんですけど、どういうものを意図していたんですか?
畑谷さん
:第1弾を企画している段階で、600名の方に剃毛に関してアンケートをとったところ、70%近くの方が悩んでいらっしゃったんです。なかなか話しづらいという方も多く、これはもしかしたら、小中学生などはもっと悩んでいるのかもしれないと思いました。また、改めて調査したところ、今度は悩んでいる方が9割に増え、剃り方がやっぱりわからない、正しい剃り方がわからない、というような声が上がっていたんです。そこで、今度は剃りたい方に向けて啓蒙していくプロジェクトをやってみようということで始まりました。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:もう一つの選択肢の、さらにベストな、よりサポートする方法を提案するという感じなんですかね。
齊藤さん
:バイアスがかかる前の段階でちゃんと伝えたいという気持ちもありました。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:わたしは小学生の時、親の影響で脱色していたんですけど、毛がキラキラするんですよね。それはそれでちょっと恥ずかしくて。かといって、プールの時間とかになるとやっぱり毛がすごく気になる。剃り方もよくわからないし、毛が濃かったので最終的にはちょっともう笑いに走るしかないと思い、シマシマに剃って、「シマシマだー!」とか言ってちょっと笑いのキャラに走るっていう。そういう辛いというか、微妙な記憶があるんですけど、もしわたしが当時学校でそういう教育をちゃんと受けてて、本とかも見せてもらっていたら、たぶんもっと違うアプローチをできたんじゃないかなと思うんです。そう考えると、子どもの時に自分の体について学べるっていうのはすごい重要なことだと思うので、素敵なプロジェクトだなと本当に感じています。
齊藤さん
:剃り方って誰にも習わないし、小中学校って親にも聞きづらい時期だったりするので、やっぱり本っていうメディアを使って伝えるのは大事かなと思います。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:紙カミソリがついてるのもまたいいですよね。
畑谷さん
:そうですね、実際にちょっと使ってみてほしいと思い、つけさせてもらいました。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:もともと意図していた認知度アップに関して、反応や変化について何か確認されたんですか?
畑谷さん
:弊社だと1年に1回調査をかけているんですけれども、若年層の認知度というのは伸びたという結果が出まして、広告としての効果はあったのかなと思っています。
石井(SBLメンバー)
:売上にもつながったみたいな部分って何か確認できたりすることはあるのでしょうか?
齊藤さん
:そこを紐づけるのはなかなか難しいですね。ただ、ちょっと違う話ではありますが、新入社員が10から20人くらい毎年入るんですけど、最近の子はだいたい知ってくれていて、卒業論文でこれを書きましたっていう子もいたんです。売上ではないですけど知ってくれている方は増えているし、広告を見て入社までしてくれるって相当ファンだと思うので、そういう人は増えているなというのは感じています。
石井(学校総選挙 / SBLメンバー)
:認知とか共感って、これから使い続けるとか、何かあるときに思い出してちょっと使ってみるとか買ってみるっていうのにすごくつながりやすく、大事になってくる時代なんだろうなと思ったりするんですけど、一方で、会社としては短期的な効果みたいなものをどうしても求める傾向がありますよね。貝印さんもその辺の指摘はあったりするんですか?
畑谷さん
:販促施策ではないので、短期的というよりも長期的に認知度を上げていくっていう目的でやらせていただいています。短期的な施策になるとキャラクターのコラボとかが強くなってくるので、並行してプロジェクトとかを実施したりしていますね。
白鳥(ふつう研究室 / SBLメンバー)
:思いもよらないところ、例えば学校とかから感謝の声とか感想とかをもらうと、今までの会社の事業ではなかなかないタッチポイントからの反応で、社員としてもハッピーな気持ちになって前向きに取り組むとか、そういう社内に対する効果っていうのも結構ありそうなイメージがあります。
畑谷さん
:おっしゃる通りですね。学校でやっぱり授業とかをこういう繋がりでやらせていただくことがあったんですけれども、そういった生徒たちに貝印のことを知ってもらえる機会ができて嬉しいと、さっきの週報とかでいただいたりとかして、すごい嬉しかったです。
齊藤さん
:今、時代的に屋外広告の価値がちょっと変わってきてるかなと思っています。屋外で見る方向けに出してるというよりも、それを見た方がSNSで上げてくださるだとか、メディアにそれを拾っていただいたりとか、ある種ステートメントする場所としての価値観が高まってるかなと思うんです。そういう意味で、最初の発信源としては屋外広告って価値があるのかなと考え、選びました。
また、電車広告にははちょっと違う意味があって。脱毛広告って電車内でよく見かけるじゃないですか。あれって結構バイアスの塊だし、そういった広告が植え付けてる価値観も結構あると思うんですよ。脱毛自体は悪くないと思うんですけど、少しアンチテーゼ的につるつるのモデルさんの隣に「ムダかどうかは自分で決める」って書いてあったらかっこいいなと思ってやらせていただきました。
そして貝印のお二人が思う、活動をスタートさせるヒントとは?
後編へ続く…
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企画 / 編集:Creative Studio koko
ライティング:Ai Tomita
フォトグラファー:Kanae Fukumura