読書日記(2023.10.17) トルストイ 『戦争と平和』 第1部 第1編 2

トルストイ 『戦争と平和』 第1部 第1編 2
(岩波文庫版の『戦争と平和(1)』のP.31まで)


誰からも知られておらず、誰の興味も必要もない叔母さんに、客はみんなごあいさつの儀式を果たした。アンナは黙ったまま《それでいいのですよ》と認めながら、憂いのこもった、威厳のある関心を持って、そのあいさつを見守っていた。マ・タント(※引用者注 「フランスで私の叔母」)はひとりにひとりに同じ言いまわしで、相手の健康、自分の健康、そして、今日は、ありがたいことによくなった皇太后陛下の健康のことを話した。そばに歩み寄った者はみんな、礼を失しないために、急ぐ様子をおもてに出さないまま、気の重たい義務をすませてほっとした気持ちで、おばあさんのそばを離れ、パーティーのあいだじゅう、もう二度とそのそばに寄ろうとしなかった。

トルストイ 『戦争と平和』 第1部 第1編 2 P.31


この部分の解説をしたいと思う。

皇太后の女官であるアンナは、イブニングパーティーの主催者であるが、アンナの叔母さんというのが、おそらくは、このパーティー会場であるアンナの邸宅の所有者である。

アンナは主催者であるが、叔母さんのメンツを立てなければならない。

だからパーティーに同席させ、来客者に礼節をもって挨拶の義務を、暗黙に強いるのである。

この叔母さんは、アンナの主催するこの知的な社交サロンに何の貢献もしない、ごく凡庸な人物である。来客もそのことは知っている。だが、礼を失すると、アンナの気分を害するし、アンナの主催者としての叔母への面目も立たない。叔母も客に、無礼な扱いをされれば、その客に向かっては、何もしないだろうが、アンナに八つ当たりするだろう。

アンナは独身である。

革命前のフランスの社交サロンで、こんな話がある。

サロンにいつもいるヨボヨボのおじいさん。

誰も話しかけないが、いつもサロンにいる。

サロンの主催者は、人気者の貴族の女性である。

おじいさんがなぜサロンに招かれているか、知らない若者がいたが、ある日、このおじいさんが、サロンの主催者の女性が、遺産目当てに結婚した男性だと知る。

アンナの叔母さんは、このヨボヨボのおじいさんと同じである。

アンナが遺産目当てに、資産家で高齢の貴族男性と結婚していれば、その男性が、サロンの端っこにいつもいるだろう。

アンナは、オールドミスとしての社交を行なっている。

そのオールドミス社交術の詳細も後で語られる。

(縁結び役をすすんで勤めるのである)

帝政ロシアなので、来客者には、序列がある。

女性がサロンを切り盛りするというのは、どういうことなのか? 

このことは、この後は、トルストイが細かく描写しているので、また解説したいが、とりあえず、この叔母さんをないがしろにすると、ひどい場合はサロンを出禁になる可能性がある。

アンナに、失礼だとして、嫌われる。

ついでに、アンナの手回しで、他のサロンにも出禁になるかもしれない。

ピエールという主人公が、このあとアンナの叔母さんをぞんざいに扱って(P.34)、アンナの不評を買う。

サロンにはサロンのお約束があるのである。

それがわからないやつは、野暮天なのである。

しかし、ロシアがフランスの侵攻を受けて、戦争になっていくのだから野暮天だ、なんだといって、優雅に優雅に社交しているわけにはいかない。

(おわり)



お志有難うございます。