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ブランドの本質は「やらないこと」の中にある

悟空が急に仲間を裏切るとか、ルフィがお金のことしか考えなくなるとか、ゴジラが建物を壊すことに躊躇したりは絶対しない。
したらしたで視聴者は驚き話題になるが、それは一時的なもので長い目でみると大きな世界観の損失だ。

有名なキャラクターには、世界観があり、彼だったらこうするなんていう想像だってできてしまう。ドラえもんは、その高い知性で地球人を害となして殲滅したりは絶対しない。そうキャラクター設計をされているから、僕らもそんな想像はしない。

僕というキャラクターが、急に酒を飲まなくなったり、タバコをやめたり、ランニングをしようものなら、周りが少し心配する。健康上の理由を疑われるだろう。私たちそれぞれにキャラクターイメージが蓄積されている。
これを読んでる人はどうだろう。どんなキャラかな。

ずっとアイデアを考える仕事をしてきて、7−8年前から徐々にアイデアからコンセプトへと仕事以来の比重が変動してきた。
アイデアを考えるというのはあらかじめ出来上がったキャラクター(ブランド)の土台の上にどういう振る舞いがあると認知されるか?みたいなことで戦っている。

肌感ではあるが、コンセプトの再定義依頼が非常に多くなった時代だと思っている。時代の速度がすごかったのだろうか。この数年でグッと相談量が増えている。

そのどれを眺めていても、やはり漫画のキャラのような強いキャラクター設計はなく、非常に抽象的な言葉で表現されていることが多い。
解釈の余地がありすぎるあまり、キャラがぶれる。そんな友達がいたとしたら、飲み会のたびにどう接していいかわからなくて僕らはちょっと疲れる。重なると疎遠になる。これはブランドと顧客の関係性でも同じだ。

アイデアを考えなければいけないミッションは、だいたい常時5件ほどある。これはすでに出来上がったキャラクターに憑依して、どう行動するかを想像する作業でアイデアが生み出される。

しかし、個性を見失ったコンセプト再定義は、憑依先がない。
落ち込んで無口になったキャラクターに酒でも飲みながら、隣でうんうん話を聞いてあげる感じに近い。例えが合っているかわからないが悩みを聞く中で、大切なものってそれだよね〜と拾い上げて磨いてあげるみたいな感じだ。

アイデアとコンセプトの二つが並走すると、もう想像力が無尽蔵に必要になる。ロジックもない、ハウツーもない。なんというか胆力。
これを鍛えるには飲み屋がもってこいなのだ。全く知らない人の話を聞いて、あなたが大切なことはこれかーとキャッキャする。濁った泉の中から原石を見つけるみたいなトレジャーハントに近い。

これがデスクにかじりついても、本を読み込んでも学べることではない。
これをどうスタッフに伝えるかが非常に難しい。悩んでいる。悩んでいる間に私のキャラクターもぶれてきそうだ。

それにしても、よく仕事内容の詳細を聴きにきた知人が、
どのようにこれら作業をしているかを勉強しにきてくれるのだが、
持ち帰ってもらう知恵がない。シャーマン的にこれだってなる。しかいいようがない。申し訳ない。方程式とかあればね、良いと思うんだけど。

でも、冒頭に書いたように「やらないであろう行為」を並べていくと、
本来あるべき姿というものが見えてる。

やることの中より、実はやらないことの中に、その人やブランドの大切な原石が眠っていたりする。僕が徹夜や残業をしないように、やらないことの中にはやることより何倍も多い情報があったりする。

どう伝えるかの答えが見えないので、今日はこれ以上日記を書かない。
この行為の中にも私らしさがにじみ出ている。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。