夜景_ビル街

血を吸わない半吸血鬼(ヴァンピール)

異界都市ヨミガハラ。
地獄の蓋と天国の底が抜け、悪魔と天使とその他多くの異種族が棲む街。
そんな混沌とした街に、一人の男がいた。
名は黒咲ヴァイス。吸血鬼と人間との間に生まれた、半吸血鬼(ヴァンピール)だった。

●●●

黒咲ヴァイスの仕事は調停人(トラブルシュータ―)である。
多くの人間と異種族が棲むヨミガハラでは諍いが絶えない。
例えば、ある悪魔が魔界から大魔神を召喚しようとしている、だとか。
例えば、ある天使が終末のラッパを吹き鳴らして世界を終わらせようとしている、だとか。
例えば、人狼族のマフィアと鬼族のヤクザの前面抗争、だとか。
他にも他にも……
そんな各種問題に介入し、解決する。それが調停人である。
言葉で解決できるのならば言葉で。しかし、ヨミガハラの住人は血の気が多いため、大抵は実力行使になってしまう……

●●●

「"串刺し公伝説(ドラクル・レジェンダリィ)"!!」
「グワーッ!」

ヨミガハラ中心街、その裏路地にて。
深夜、月明りだけが照らす暗闇の中で、ヴァイスの叫びと犠牲者の悲鳴が響き渡る。
ヴァイスの眼前には、地面から突き立った鮮血色の"杭"に貫かれ、モズのはやにえとなった人狼がいた。

「連続食殺事件の犯人、コートードを確保。場所は――」

哀れな犠牲者と化した人狼を眺めながら、携帯端末を取り出しどこかに連絡を始めるヴァイス。
そんな彼を、腹を貫かれ行動不能状態に陥りながらも、コートードと呼ばれた人狼は忌々し気に睨みつける。

「畜生……俺はただ喰いたいから喰っただけだ! 他種族の共存? そのための食殺の禁止!? 馬鹿げて――」
「黙れ」

わめく人狼の上顎と下顎を、再び地面から伸びた鮮血の"杭"が貫く。
これが半吸血鬼であるヴァイスの能力。血を操り"杭"を作るチカラだった。

「ッッッ――!! ッッゥ――――!!!」

口を封じられながらもなおわめく人狼に冷ややかな視線を送った後、ヴァイスを踵を返す。
そのまま裏路地から、夜でもなおネオンや電灯で明るく輝く表の繁華街へと出、歩いていく。

「天使だって今日は無礼講! ウチの店で飲まない?」
「この街では神も悪魔も平等! 皆一緒に飲んで騒ぎましょう!」

繁華街を歩く彼の耳に聞こえるのは、飲み屋の客引きだとか。

「兄さんウチ、かわいい子いるヨ。天使も悪魔もいるヨ」
「単眼娘と刺激的な夜、どうデス?」

怪しいポン引きだとか。

「ヒヒヒ……清楚な天使もハイになるクスリだよぉ……」
「ケケケ……邪悪な悪魔も幸せになるドラッグだぜぇ……」

違法薬物を売ろうとする声だった。
そんな声を耳から素通ししながら、ヴァイスは口元を抑えながら足早に歩く。
急ぐように。あるいは――何かから逃げるように。

――クソッ

胸中で舌打ちをしながら、彼は繁華街を走り抜けるのだった。

●●●

バタン、と乱暴にドアを閉め、部屋の中に入る。
ここはヴァイスが借りているマンションの一室である。
キッチンとトイレ、風呂の他には部屋が一つのワンルーム。
彼は冷蔵庫から水のペットボトルをつかみ取ると、作業机に乱暴に座り、それを呷るように一気に飲む。

「ンッンッンッ ――フゥ」

何度かゴクゴクと喉を鳴らして飲み込むと、一息ついた様子で彼はペットボトルを静かに机の脇に置いた。

「――――」

電灯もつけない暗闇の中、彼はペットボトルをじっと見ながら、胸中で一人ごちる。

――"仕事"の後はいつも"こう"だ。
――戦闘で"チカラ"を使うとどうしても"こう"なる。

――喉が、乾いて仕方ない。

水を飲めば多少は落ち着くモノの――ヴァイスの喉は、身体はまだ"何か"を求めていた。
否。"何か"ではない。自分が何を求めているのか、ヴァイスはよく知っていた。

――"血"だ。

半吸血鬼であるヴァイスの身体は、"血"を求める。それは本能であり、生態だ。
吸血鬼とは血を吸う鬼であり――ヴァイスは半分だけとはいえ、その存在の血を引いている。
だから時折、吸血衝動に襲われる。
半吸血鬼としての能力を使った後などは、特に。

――だが、この街では吸血は禁じられている。

人と天使、悪魔、その他の種族が多く住まうこの街では、一定以上の知的生命体同士の捕食活動を禁じている。
吸血はその"一定以上の知的生命体同士の捕食活動"に当たるのだ。

――薬は、飲んでるんだがな。

がさり、と胸元からカプセルを取り出し、中から赤いタブレットを取り出す。
吸血が禁じられた吸血種族向けに処方される、代替薬だ。
これを飲むことで、吸血衝動が抑えられる、はずなのだが――

――半吸血鬼としてのチカラを使うと、抑えられなくなる。

――……俺はただ喰いたいから喰っただけだ!

「――チッ」

舌打ち。不意に、さきほど捕縛した人狼の言葉を思い出す。
身体が、本能が求めるままに食殺を起こした人狼。
本能を、吸血衝動を抑えて生きる、半吸血鬼。
本当に自分は、正しいのだろうか? 不自然ではないか?
ふと、そんなことを考えてしまう。

「――馬鹿なことを」

かぶりを振って、ため息をつくヴァイス。
この街で生きる以上、例え不自然でも――法を守り、本能を抑えるのが"正しい"あり方だ。
あの人狼の様に、見境なく本能を満たそうとするなど――許されない。
そんなことをすれば、一気に狩られる。それだけだ。

「――寝るか」

呟き、コートのままベッドに横になるヴァイス。
目をつぶれば、すぐに睡魔が襲ってきた。

――仕方ない。

意識が眠りの中に落ちる寸前に、彼が考えたのは。

――仕方ないんだ。

そんな、諦めにも似た心情だった。

「血を吸わない半吸血鬼(ヴァンピール)」END


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