夜_ビルの間_改

異界都市ヨミガハラシリーズ「笑う坊主」

●これまでのあらすじ
人と天使と悪魔とその他諸々が暮らす街、異界都市ヨミガハラ。
その街で調停人(トラブルシュータ―)を営む吸血鬼・黒咲ヴァイスは、吸血種特有の吸血衝動を抑え、日々を暮らしていた。
吸血鬼としての本能と、ヒトとしての理性。その狭間で揺れ動く彼は、今日も夜の街を往く――

●●●

 俺が彼と出会ったのは、ある呪術師との戦闘を終えた帰りの事だった。
 深夜のヨミガハラのスラム街。割れた電灯が照らす夜道を歩いていると、進行方向の向こうから、奇妙な人影が現れた。
 禿頭に袈裟を来た男だった。絵に描いたような坊主である。
 そんな男が、千鳥足でフラフラと歩いているのだった。
 
「あ~あ~えぇじゃないかえぇじゃないかえじゃないかぁ~っとくらぁ」

 なんて、鼻歌まで歌いながら。
 
 ――随分と出来上がった坊主だな。酒の匂いがこちらまで匂ってきそうだ。
 
 関わるだけで面倒なことになりそうな予感がした俺は、足早に坊主を抜き去り、家路に着こうとする。
 俺と彼の距離が縮まり、肩と肩がすれ違いそうになった時――
 
「やや! 兄さんなんてモン憑けてんだい」

 がばり、と身体ごとこちらを向いた坊主が、有無を言わさぬ様子で俺の手を掴んできた。
 
「つける? 何のことだ」

 けけけ、なんて赤ら顔で何故か笑っている坊主を見ながら、俺は疑問符を浮かべる。
 つける。憑ける、だろうか。
 例えば、呪いとか。
 
「――呪いの事か? それなら問題は無い」
 
 確かに俺はさきほどまで呪術師と戦っていた。多くの呪いをこの身に受けた。
 しかし、呪い除けの護符(アミュレット)やら十字架(吸血鬼である自分にもダメージが来る代物なのだが)などを持っていたため、呪いは効果を持たなかった。
 結果、無力化された呪術師を捕縛するという比較的"楽"な仕事となったのだが――
 
「けけけ、兄さん護符やら十字架やらで安心してるんだろうけどよぉ……西洋式ばっかりじゃねぇか。
 それじゃあ"コイツ"は"視"えねぇわな」

 とん、と。赤ら顔の坊主が、俺の額を指でつく。
 瞬間、視界が"開く"。強制的に"霊視"と呼ばれる感覚を開かれた、そんな感じだった。
 何を、と言う疑問はしかし、背後から感じる強烈な敵意にかき消える。
 
「――――」

 恐る恐る振り返ると、俺の背後には――先ほどまでいなかったはずの、巨大な"鬼"が立っていた。
 
「"式鬼"って奴だぁな。陰陽道の」

 式鬼。陰陽道で使役される使い魔の一種。自分を使役する術者の意に従い、様々な超常現象を起こす存在。
 
 ――あの呪術師、陰陽道も使ったのか!?
 
 ルーン文字だの悪魔崇拝系統の呪いばかり使う術者だったので、陰陽道も使うとは思わなかった。
 
 ――マズい。
 
 用意した呪い除けグッズは護符(アミュレット)やら十字架ばかりで、対陰陽術の方法は用意していない。
 いつ憑けられたのか定かではないが、一刻も早く解呪しなければならないのに!
 
「けけけ、随分と困ってるようじゃないか兄さん。ま、これは"貸し"にしとくぜぇ」

 焦る俺の肩を軽く叩く酔っぱらい坊主。
 彼はそのまま酒で震える指先を眼前に構え――
 
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前――」

 という呪文と共に、素早く空に指を九度切った。
 
 ――戯矢阿亜亜亜亜亜亜!!!
 
 同時、式鬼がバラバラに寸断され、霧散していく。
 
「これは――」
「九字護身法、って言ってな。ま、道教だ修験道だ色々な謂れがあるが――まぁ簡単でそれなりに効果のある厄除けみたいなもんだ」

 けけけ、と明るく笑う坊主。
 
「――まずは感謝を。俺が気づかずにいた"呪い"を解いた頂いたこと、感謝します。
 しかし――何故、見ず知らずの、道で偶然出会っただけの俺を助けてくれたんです?」
 
 俺としては当然の疑問だった。
 
「呪いが"視"えちまったからな。そのまま放っておくのも目覚めが悪い。酒もマズくなる」
「そんな、理由で?」
「あと、言ったろ? これは"貸し"だって。
 いつか俺が困った時、兄さんと出会ったら――そん時助けてくれよ。それでおあいこって奴だ」
 
 そんじゃな。
 
 なんて言って。酔っぱらい坊主は名乗ることも無く去っていったのだった。
 後に残るのは、"偶然"命を拾った吸血鬼が一人。
 
「貸し――非合理的な……」

 もしも、いつか。そんな可能性につながる"かもしれない"。それだけのために、誰かを助ける。
 あの坊主の考え方は非合理的だ。夢物語とも言える。
 それでも。
 
「ああいうのも"良い"と思うのは――何なんだろうな」

 羨ましい。そう、俺は思ってしまったのだ。
 
 
異界都市ヨミガハラシリーズ「笑う坊主」END

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