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魔法の箱

今でこそ、そのアカウントを完全に削除し、eBayからは足を洗った私ですが、数年前までは「パトロール」と称し、毎日のようにeBayに様々な検索語を入力してカメラやレンズを眺めていました。そんなある日、私がふと見つけたのはイギリスのカメラ店から出品されているフランスで作られた木製のピンホールカメラでした。
「なにこれカワイイ」
確か「購入する」のボタンをクリックするまで1分とかからなかったような記憶が…。しかし、今考えれば、人差し指が動いたこの瞬間から、私とピンホールカメラとの格闘が始まったのでした。

eBayでこのピンホールカメラの画像を見るまで、ピンホールカメラに対して全く興味がなかったものですから、慣れるまで本当に大変でした。何しろ、写真を撮る時のヒントは以下の4点のみ。すなわち、
Film : 120
Frame : 6X6
Focal length : 30mm
Aperture : f/150
あとは全て自分で考えなけれななりません。

まずは、撮影場所と天気に合わせ、適切なフィルムを選ぶことから始まります。ピンホールカメラの露光時間算出には、専用のアプリをiPhoneにダウンロードして使用しているのですが、フィルムの選択を誤ると露光時間1秒とか、さもなければ10分とか、それはそれは大変なことになります。

次に難しかった点は、被写体との距離感です。何しろファインダーがないのだから、もはや撮影範囲(フレームに収まる範囲)は想像するしかない。これがまたHasselblad SWC並みの広角で、最初は被写体が豆粒のように写ってしまい、一体何を撮りたかったのか全くわからない写真を量産しました。しかし、慣れれば何とかなるもの。何本かフィルムを無駄にすることにより(失敗したフィルムの総額は、この際考えません)、次第に「何がどのように撮れているか、現像・スキャンするまで全くわからない」というピンホールカメラの魅力に取り憑かれるようになりました。

針穴で写真を撮ることができる。それを理論的に理解することはできますが、実際に針穴で撮った写真を見ると、今でも「何故こんな写真が撮れるのだろう」と不思議に感じます。そして、ピンホールカメラで撮った写真は、夢の中で見た風景に似ている。私はそう思うのです。

残念なことに、ドイツ中部でピンホール写真を撮るのに適した季節というのは、限定されています。すなわち、4月から9月くらいまで。それ以外の季節は、一部例外を除き、ピンホール写真で撮るには暗すぎる日が圧倒的に多いのです。一度11月にピンホールカメラで写真を撮ってみましたが、露光時間が5分とか、少し暗い場所だと10分とか。三脚もカメラも軽いので、風がソヨとでも吹くと三脚が揺れてしまいます。露光する間カメラが動かないようにずっと三脚を押さえていなければならなかったので、冷たい風が吹くなか適宜身体を動かすこともできず、露光が終わっても手がかじかんでしまって、上手くシャッターを閉じることができませんでした。

今年も4月になったピンホールカメラで写真を撮るつもりです。そうそう、ピンホールカメラに関してはもう一つ、難しい問題があります。前回このカメラで写真を撮ってから半年程度の間隔が開いてしまっているので、距離感とか露光時間とか、前回培った「感覚」が全て失われてしまっているんですよね…。またゼロからの出直し。
「でもまあ、4月に心機一転何かを始めるって、案外気持ちの良いことだから」。そう思って、また今年もピンホールカメラと格闘する予定です。そして何よりも、思うようにならないことについて、自分の頭で考え解決策を見つけること、上手くいかなくても諦めず何回も挑戦すること。これも、PCに適当な検索語を入力してポンッと1回クリックすれば、たいていの場合、参考になる回答例がズラリと並ぶ現代社会、いやいや、それどころかChatGPTがいつでも相談相手になってくれるこの現代社会においては、なかなか貴重な経験ではないかと思ったりするのです。


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