見出し画像

【オアシス】ブリットポップを歴史的に聴く【ブラー】

はじめに

2021年くらいに、『ルックバック』なる漫画がバズって「オアシス Oasis」の“Don’t look back in anger”という曲が再評価されたことは記憶に新しい。この“Don’t look back in anger”という曲を作ったオアシスは、90–2000年代に活躍したイギリスのロックバンドで、それまでのイギリスのビートルズやローリングストーンズ、さらにはマンチェスターから世界に発信された「マッドチェスター」などの音楽性を取り入れたハイブリッドな音楽をやっていた*1。 このオアシスは90年代にイギリスで大流行したブリットポップというジャンルの成長と終焉を担っていたバンドの一つとして見なすことができる。

さて、今日はこの「ブリットポップとはなんであったのか?」を考えるために、ブリットポップという音楽の成り立ちについて考えていきたい。あらかじめこの問いに答えるならば、ブリットポップとはムーブメントであり、それはイギリス人に担われたステレオタイプを自らが演じることによって達成される。さて、このブリットポップにかんする話しは、じつは他所で一度話したことがある。そのメモ原稿を発掘したので、原稿をもとにブログの記事として再構築してみたい。ちなみにわたし自身は、ブリットポップはリアルタイムではない。むしろ世代としてはその次のガレージロック・リバイバルにいる。

ブリットポップとはどんな音楽であったのか?

さて、まず「ブリットポップ」とはどんな音楽であったのか?ブリットポップと呼ばれるバンドは、代表的なもので「オアシス」、「ブラー Blur」、「オーシャンカラーシーン Ocean Colour Scene」、初期の「レディオヘッドRadiohead」、「クーラシェイカー Kula Shaker」などを挙げることができる。これらのバンドは、先ほど述べたように90–2000年代のイギリスでロックをやっていた。であるならば、ブリットポップはそれらのバンドがやっている音楽を指す表現と捉えて差付けない。

が、ブリットポップと呼ばれる音楽には、ビートルズっぽいもの、フォークっぽいもの、インド音楽っぽいもの、レッド・ツェッペリンのようなもの、ローリング・ストーンズっぽいもの、ブルースっぽいものなど、音楽的には実に多様。そのため、それまであったような「ジャズ」、「ブルース」、「ファンク」のような明確にブリットポップと呼ばれる外延を特徴づける内包的な音楽様式的なフォーマットが薄い。実際には、「ロックである」「ギターがある」「シンガーがいる」という部分的な類似によって成り立っていると言えるかもしれない。もっと簡単に言ってみれば「ブリットポップって言っても雑多で多種多様で同じブリットポップに括られるけど全然別の音楽に聴こえる録音がたくさんある。にもかからず我々はブリットポップと認識してしまう」みたいな感じである。

であるならば、一般的にブリットポップとは、「90年代中頃の同時期にデビューしたイギリスのインディーズあがりのイギリスっぽいバンドたちによるムーヴメント」とみなした方がよいかもしれない。だからブリット・ポップはジャンルというよりもムーブメント。

さて、先ほども「ビートルズっぽいもの、フォークっぽいもの、インド音楽っぽい」と「〜っぽい」という表現を使用した。この「〜っぽい」とは必ずしもネガティブな意味を指し示しているわけではない。むしろ90年代の音楽や大衆文化を考える上では、重要な表現ですらある。この「〜っぽい」を考える上で、以下ではブリットポップにおける「イギリスっぽさ」とはいかなることなのかについて述べてみよう。

ブラーのパークライフから見る「イギリスっぽさ」

それではブリットポップはどうやって成り立っていったのだろうか?90年代のはじめのころのイギリスで流行っていた「マッドチェスター」という音楽が終焉を迎え、新しくアメリカの音楽が大流行していった。たとえばニルバーナのようなグランジと言われる音楽。次第にグランジブームが終焉し、イギリスのロック界が空白になってしまう。そんな谷間に登場したのがブラーの3rdアルバム。このブラーの3rdアルバム「パークライフ Parklife」に収められた表題曲の「パークライフParklife」がなんともイギリスらしい。これが「イギリスっぽい」につながる。

さて、この「イギリスっぽさ」についていろんな角度から考えることができる。それには当時のイギリスの政権が保守派のトニー・ブレアによるものであったことなどの政治的要因も含まれる。それではこの「イギリスっぽさ」は、とりわけ「パークライフParklife」のどこにあるのだろうか。さしあたり以下では、3つの点について述べていこう。

『さらば青春の光 Quadrophenia』

まずは、この曲の語りは、イギリスの『さらば青春の光 Quadrophenia』という映画で主役を演じた俳優フィル・ダニエルズが行なっている。この映画はモッズというムーヴメントの映画で、いわゆる「イギリス人っぽい」モッズ・ファッション —— たとえばポロシャツ、スキニージーンズ、モッズコートなど —— を作り上げたムーヴメントの映画として見ることができる。まさにダニエルズが演じる主人公のファッションや喋り方が1970年代後半のイギリスにおいて流行した。重要なのがこのフィル・ダニエルズが、まさに1970年代当時の人気俳優であったこと。このような往年のスターに語らせることは、まさにイギリス人にとっては懐かしさや懐古、あるいは当時の若者文化の様式を感じさせるものになっている。

コックニー

もう一つ、ここで行われる語りは、ある特徴的なイギリスの発音が使用されている。具体的には、コックニーというロンドン東(イーストエンド)の労働階級が使用していたアクセントを使っている。これによってロンドンっぽさ、とくに庶民らしさを演出している。このコックニーにかんしていえば、ジョージ・バーナードショウの戯曲『ピグマリオン Pygmalion』、そしてその本案の映画・ミュージカル『マイ・フェア・レディ My Fair Lady』で見られるイライザの話し方と言えば想像しやすいかもしれない。ちょっと違うけど、日本の下町言葉というとなんとなくイメージもつくかもしれない。

「ザ・フー The Who」

最後に音楽的な特徴としてギターのフレーズを上げることができる。冒頭の箇所(ギターのリフ)に注目すると、「ザ・フー The Who」というモッズバンドの “I Can’t Explain” という曲が引用されていることができる。そしてこの「ザ・フー」も、往年のロックバンドであり、60年代に「ブリティッシュ・インヴェイジョン」というイギリスのロック・ブームをアメリカで作り上げたバンドの一つ。であるならば、このような引用をすることは、懐古的なだけではなく、まさに対アメリカという意味合いも出てくるだろう(そしてこういう引用の仕方はヒップホップ的ということで20世紀後半的である、ということは言うまでもない)*2。そして、言うまでもなくフーがイギリスの「モッズ文化=庶民性としてのロック」の象徴の一つとしてみなすことができるならば、これまで説明してきたようなイギリスっぽさをこのリフに投影することができる。これによって当時の若者にとってみれば「新しさ」、さらには年配にとってみれば「懐かしさ」を感じさせることができる。

おわりに

このようにブリットポップムーヴメントというは、イギリスのそれまでの大衆文化を消化し、新たな音楽として作り上げるようなムーヴメントだったと言うことができる。これは、まさに冒頭のオアシスがビートルズを真似することにも当てはまる(ちなみに、オアシスの "Cigarettes & Alchohol" はT. Rexの "Get It On" で使われているようなボラン・ブギーがあからさまに使用されている)。

また「イギリスっぽさ」に鑑みると、まさに当時のイングランドの若者が、イングランド人であることを演じているようにも見える。それはまさにイギリス人に担われたステレオタイプを自らに投影することにほかならない。だからこそ、ブリットポップのバンドの「イギリスっぽさ」とは演じられたイギリスであると言うことができ、その結果としてブリットポップのバンドはほかの地域のバンドと差異を作り出すことができたのだと思う。これが意図的であるか否かは、ここでは問題となるわけではない。むしろこうした意図をブリットポップのセールス戦略や曲作りに帰属できること、このことがここでは重要な問いになっているからだ。

いずれにせよブリットポップは、イギリスに担われたステレオタイプを自らに再投影することによって可能になっている。そうしたステレオタイプは、言語であったり、ファッションであったり、これまでの音楽であったりする。まさにブリットポップの世界とは、こうした関係性によって成り立っているということができるだろう。


*1
「マッドチェスター」とは80年代のイギリスで流行ったエレクトロに接近したロック・バンドのジャンルを指す。多くの場合四つ打ちなどのダンサンブルなリズムを使用している。しばしばドラッグ・カルチャーに結び付けられる。

*2
ちなみにこのような引用がいつでもうまくいくわけではなく、オアシスの名曲「ワットエバー “Whatever”」の歌い出しのメロディーが、1973年にコメディアン/ミュージシャンのニール・イネスが作曲し、何度か「モンティ・パイソン Monty Python」のライブでも演奏された“How Sweet To Be An Idiot”のメロディーに類似していたことからイネスの所属レコード会社がバンドを盗作で訴えるという事態になった。

参考文献

Harris, John. (2003). Britpop! : Cool Britannia and the Spectacular Demise of English Rock. Cambridge, MA: Da Capo Press.

投げ銭箱。頂いたサポートは活動費に使用させていただきます。