見出し画像

チャンポンタウン@下北沢Three(5.22.2022)

去年のコロナ禍にて見つけた素敵なバンド「チャンポンタウン」のライブに行ってきた。
これまでギターボーカルのゴルゴスのソロのライブは何度か行ってきたけどバンドセットははじめて。チャンポンタウンとしても2年ぶりくらいらしい。そのような意味で「再出発」と名づけることもできるだろうし、このライブを観た感想を言えば「事件」であった。それくらい私にとっては衝撃的で素晴らしい時間と場所であった。

楽曲はたくさん聴いてきた。
CDとして発売されているロックバンドっぽい曲も好きだし
SpotifyやApple Musicなどで配信されている曲も大好きだ。
どの曲も本当に作り込んである。ゴルゴスが作った音楽は、いつか本人が私に言っていた「消費されない音楽」「残る音楽」だと思う。
ちなみにCDで発売された曲というのはチャンポンタウンが大阪で活動していた時代に作った曲で、2021年以降に配信されている曲は東京に移ってから制作された曲。
大阪時代と東京時代では音の作りも雰囲気もまるで異なっている。ここでは詳しく説明しないが東京時代の楽曲はDTMでの制作を導入し、複雑で複合的な様相を担った曲になっている(これについてはいつかゴルゴス自身にもっと詳しく話を聴いてみたい)。
それでも一貫してチャンポンタウンの音楽になっているのは作詞作曲そしてアレンジを担っているゴルゴスの音楽的センスがぶれていないからだと思う。
ちなみに大阪時代のCDはここで購入できる。

ライブの高揚感

主催のアナウンスが終わりついにライブがはじまる。
小泉文夫のラジオをサンプリングしたSEが流れ、会場に妙な緊張感が流れる。
一気に明るくなって演奏がはじまる。

セットリストは:

  1. Soundcheck session

  2. Giant step

  3. パラレル

  4. チャンポンタウンのテーマ

  5. Water vain

  6. Bayang bayang

だった。3と4は大阪時代の楽曲で2、5、6は東京時代の曲。まさに大阪と東京の空気を吸った曲がチャンポンになっている。

Giant Stepのギターによる祝祭的なイントロを聴いた瞬間に鳥肌が立った。ロックバンドを聴いたときの高揚感って久しぶりなんじゃないか。そんなことを思っていると、目の前でゴルゴスがチャンポンタウンのメンバーと一緒に演奏をしている光景に自然に涙が出てきた。
わたしにとってははじめてのチャンポンタウンのライブだったこともある。

でもそれだけではない。

たぶん当日涙が出たのは、チャンポンタウンの「かっこよさ」だけじゃなくて、ゴルゴスが話していたゴルゴス自身の努力や苦悩と、おこがましいことではあるが一人のオーディエンスとして応援していた自分を、ステージ上のチャンポンタウンの中のゴルゴスに投影していたんだと思う。

だから涙が出た時にまず思ったのは「よかったね」だった。

ライブ中はチャンポンタウンが作り出す音楽に身体が揺れ、ステージに釘付けだった。たぶんチャンポンタウンが出した音は会場にいた人全員に繋がっていたのではないかと思う。

そんなふうに思わせる不思議な高揚感がその日のチャンポンタウンにあった。この高揚感はライブの終わりまで続き、チャンポンタウンの出番が終わるとしばらくぼーっとなった。

ライブは一瞬に思えたしチャンポンタウンに圧倒された。

ライブ終わり、機材を片付けているゴルゴスが私に「これをするために東京にきたんでねー!!!!」と言っていた。
この言葉が忘れられないし、まだまだチャンポンタウンを見続けていきたいと思う。


投げ銭箱。頂いたサポートは活動費に使用させていただきます。