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2021年ノーベル生理学医学賞解説「温度と触覚の受容体の発見」

初めに

2021-10-04
The Nobel Assembly at Karolinska Institutet
has today decided to award
the 2021 Nobel Prize in Physiology or Medicine
jointly to
David Julius and Ardem Patapoutian
for their discoveries of receptors for temperature and touch

引用元: "Press release: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2021". (Oct 4, 2021) The offical website of the Nobel Prize.
2021-10-04
Nobelförsamlingen vid Karolinska Institutet har idag beslutat att
Nobelpriset i fysiologi eller medicin år 2021
skall delas lika mellan
David Julius och Ardem Patapoutian
för deras upptäckter av receptorer för temperatur och beröring

引用元: "Pressmeddelande: Nobelpriset i fysiologi eller medicin 2021" (Okt 4, 2021) The offical website of the Nobel Prize.
【上記訳】
2021年10月4日、カロリンスカ研究所ノーベル賞会議は、本日、2021年のノーベル医学生理学賞を以下の者に授与する事を決定しました。
共同で、
デヴィッド・ジュリアスとアーデム・パタプティアン
温度と触覚の受容体の発見に対して

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David Julius
Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach

David Julius (デヴィッド・ジュリアス) : アメリカ合衆国出身、1955年11月4日生まれの65歳、アメリカ合衆国、カリフォルニア大学サンフランシスコ校所属、賞への貢献度1/2

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Ardem Patapoutian
Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach

Ardem Patapoutian (アーデム・パタプティアン) : レバノン共和国出身、1967年 (生月日不詳) 生まれの53~54歳、アメリカ合衆国、スクリプス研究所所属、賞への貢献度1/2

※以下の文章は、全て以下の参考文献に基づいています。また、画像は注記がある場合を除き、全てMattias Karlénによる作品であり、以下の参考文献より引用したものです。
○ "Press release: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2021". (Oct 4, 2021) The offical website of the Nobel Prize.
○ "Advanced information: Scientific background: Discoveries of receptors for temperature and touch". (Oct 4, 2021) The offical website of the Nobel Prize.

【選考委員】
●Patrik Ernfors, PhD, Professor at Karolinska Institutet; Member of the Nobel Committee
●Abdel El Manira, PhD, Professor at Karolinska Institutet; Member of the Nobel Committee
●Per Svenningsson, MD PhD, Professor at Karolinska Institutet; Member of the Nobel Committee

【イラストレーター】
●Mattias Karlén

生物の超基本的なシステム "感覚"

私たちが周りの世界を認識できるのは、目、耳、鼻、舌などの感覚器官を通じた感覚によるものだよね。目は光を受け取って景色を見る、耳は振動を受け取って音を感じる、鼻や舌は様々な化学物質を受け取って匂いや味を感じる、というものだよ。感覚が無ければ、どんな生物も周りの世界を認識できず、外界の危険に反応する事もできないよ。だけど、これらの感覚に関しては、基本的なものすら近年になって原理が理解されたものもあるくらい、結構複雑で謎の多いシステムだよ。

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【図1】
ルネ・デカルトが、熱による信号がどのようにして
脳まで到達するかを想像して描いたイラストだよ。

17世紀、哲学者のルネ・デカルトは、皮膚と脳の間に糸があり、火の粒子がそれを引っ張る事によって "熱い" という感覚が得られると考えたよ。1880年代には、皮膚の特定のポイントが、触覚や温感冷感など、特定の刺激に反応する事が判明したよ。これらの理解は後世に下るほど更に詳しくなり、ノーベル賞が贈られた研究もいくつかあるよ。銀化合物による染色により神経細胞を目に見えるようにしたカミッロ・ゴルジと、このゴルジが開発したゴルジ染色を使って、神経細胞は多数のニューロンの集まりであるというニューロン説を提唱したサンティアゴ・ラモン・イ・カハールが1906年のノーベル医学生理学賞に、神経細胞の細かい構造で、ニューロン間の物質伝達を担うシナプスを提唱したチャールズ・スコット・シェリントンと、細胞内に電流が流れている事を発見したエドガー・ダグラス・エイドリアンが1932年のノーベル医学生理学賞にそれぞれ輝いているよ。

感覚を感覚として感じるためのシステムの根幹を成すのは、刺激を受け取って脊髄へと信号を送る感覚ニューロンという神経線維で、これは感覚に応じてかなり細かく種類がある事が分かっているよ。これはジョセフ・アーランガーとハーバート・スペンサー・ガッサーが最初に明らかにしたことで、1944年のノーベル医学生理学賞にもなっているよ。この細かい種類分けによって、例えば同じ "触る" という感覚でも、痛みを伴う触覚と、痛みを伴わない触覚を区別する事ができるよ。ただ、受容体や感覚ニューロンがどのようにして感覚を細かく感知し、これを解釈するのか、という点にはまだまだ謎があったよ。

 "辛い" 研究で見つけた受容体「TRPV1」

1990年代後半、受賞者の1人であるデヴィッド・ジュリアスは、カプサイシンが引き起こす熱さの感覚を研究して、感覚の研究分野に大きな貢献を果たしたよ!カプサイシンは、唐辛子などに含まれるあの辛い成分。唐辛子を食べると、辛いという感覚の他に、周りの温度が上がったわけじゃないのに身体が熱さを感じて発汗したり、ケガをしたわけじゃないのに痛みを感じたりするよね?まさにこれも、皮膚や粘膜への刺激が、どういう感覚と解釈されたか、という謎に言及しているものだよ。当時、カプサイシンは感覚ニューロンに作用する事、イオンが移動する事が知られていたよ。それとは別に、危険な熱に対しては感覚ニューロンのイオンチャネル (細胞内外のイオンを調整する、細胞膜を貫通する膜貫通タンパク質) が活性化する事も知られていたよ。ただ、熱やカプサイシンの反応とイオンチャネルの関係性については理解が不完全だったよ。

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【図2】
A. HEK293細胞による様々なcDNAライブラリーの写真だよ。上のpcDNA3は無反応、下のVR1は反応が多すぎるのに対して、Pool DRG-11では、細胞のいくつかがカプサイシンに反応している事がわかるよ。この手法を繰り返す事でTRPV1が発見されたよ。
B. 後根神経節ニューロンでTRPV1が発現している様子の写真で、矢印で向けられた赤い部分がそうだよ。
C. 卵母細胞でTRPV1が発現するのは、危険な温度である40℃以上である事が分かった時のグラフだよ。

引用元: Michael J. Caterina, Mark A. Schumacher, Makoto Tominaga, Tobias A. Rosen, Jon D. Levine & David Julius. "The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway". Nature, 1997; 389 (6653) 816-824. DOI: 10.1038/39807

カプサイシンに反応する感覚ニューロンを探すために、ジュリアスはカプサイシンに反応するタンパク質があり、このタンパク質をコードしている遺伝子が存在すると仮定したよ。この仮定で研究するなら、カプサイシンに反応する遺伝子を見つければいい、という話になるけど、これを見つけるのは "藁の山から1本の針を探す" 作業が必要になるよ。まず、細胞の研究分野ではよく使われるHEK293細胞から、カプサイシンに反応した感覚ニューロンを含む後根神経節 (感覚神経が脊髄に接続する部分) を作成、cDNAライブラリーという、簡単に言えば何百万ものDNAコレクションを得たよ。この培養細胞の山から、カプサイシンに反応する・反応しないで分類と仕分けを行って、カプサイシンに反応する1個の遺伝子を含むcDNAクローンを見つけたんだよ!

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【図3】
カプサイシンに反応するTRPV1の発見は、そのような機能のない細胞がカプサイシンに反応する事で確かめられたんだよ。
この発見を通じて、他の温度を司るTRPチャネルの遺伝子が次々に見つかり、複数の受容体の働きで温感冷感が正常に働く事が分かったよ。

この遺伝子は、TRPチャネル (一過性受容体電位型チャネル) というイオンチャネルのグループに属していて、6種類の膜貫通タンパク質をコードしていると予測されたよ。そして最終的には、この中からTRPV1 (Transient receptor potential cation channel subfamily V member 1) と後に名付けられる受容体を発見したんだよ!更にTRPV1を詳しく調べてみると、自然にみられる感覚ニューロンの反応に似ている事、人為的にTRPV1を導入した細胞はカプサイシンに敏感になる事、TRPV1の反応を阻害する物質によって反応が停止するなどが示されたよ。そしてこれと並行して、熱を感じると、TRPV1がカルシウムイオンを細胞の内部へと移動させる反応を示す事が判明したよ。詳しく調べてみると、約43℃以上でTRPV1が反応する事が分かったよ。この40℃という数値は、熱に対して痛みを感じる精神的な感覚の下限値に近くて、この事はTRPV1は単にカプサイシンに反応しているだけでなく、熱にも反応するものだという可能性を示しているよ。この事は後に証明されて、圧力や触覚のような刺激では反応せず、熱がTRPV1を発現させる因子である事が分かったよ。そしてTRPV1は、マウスの実験を通じて、炎症による痛覚過敏にも必要な事、TRPV1の働きを阻害する薬を通じて、ヒトが危険な熱を感知するのに主要な役割を果たしている事が分かったよ。

多彩な温度感覚に関与するTRPチャネル

ただ、遺伝子操作でTRPV1を働かせなくしたマウスで実験を続けてみると、TRPV1を無くすだけでは危険な熱を感知する感覚が少ししか鈍らない事がわかったよ。トーマス・フォーツらの研究によって、TRPM3という別の受容体も熱を感知する事が分かったけど、TRPV1とTRPM3の両方を働かせなくしても、危険な熱への反射反応はだいぶ鈍るものの、完全になくす事はできなかったよ。そこでジュリアスらと、もう1人の受賞者であるアーデム・パタプティアン (アメリカ合衆国、スクリップス研究所) らの研究チームは、それぞれ独自にTRPチャネルであるTRPA1を2004年に発見したよ。TRPA1は、マスタードオイル、セイヨウワサビ、シナモン、ニンニク、チョウジ、ショウガなどに反応するよ。これを生物学的に観れば、毒性があり、外部刺激をもたらす刺激性物質に反応している事を意味しているよ (刺激性物質は、少量ならともかく、大量では有害になるものが数多くあるよ) 。ただ、TRPA1は様々な刺激に反応するから、TRPV1・TRPM3・TRPA1の3つで本当に危険な熱に対して反応するのかは、あまりにも複雑すぎて当時は分からなかったよ。これを最終的に、3つの受容体が関与していると解決したのはフォーツらの研究チームだよ。

ところで、私たちは熱いという感覚だけでなく、冷たいという感覚も持っているよね?危険な冷たさの感覚は約28℃以下で、それ以上の温度の領域では0.5℃の皮膚温度の違いも検出できるという、実はものすごく高度なセンサーだよ。ところで、熱さと同じく、冷たさも温度に関係なく感じさせる物質があるよね。そんな物質であるメントールについて、冷たい・寒いという感覚とイオンチャネルの結合に関係があるとの過程で、ジュリアスらの研究チームとパタプティアンらの研究チームは、それぞれ独立してそんなイオンチャネルを探して、最終的にTRPチャネルに属するTRPM8を発見したよ。TRPM8は、危険ではない寒さに対して反応する役割があったよ。更に、ジュリアスら、パタプティアンら、Ning Qinらの独立した3つの研究チームが、TRPM8を働かせなくしたマウスは、明らかに冷たさへの感覚が鈍る事を発見したよ。

冷たさは0.5℃の違いも分かると言ったけど、危険ではない温かさの感覚も約1℃の変化で感じるくらい感度が高いよ。TRPV1が発見された当初は、有害な熱の受容体としての役割だけが考えられたけど、その後の研究で、有害ではない範囲の温かさを感じるのにも関与している事が分かったよ。更にピーター・マクノートンらの研究チームは、やはりTRPチャネルであるTRPM2を温かさの感覚に関わる受容体として特定したよ。TRPM2を働かせなくしたマウスは、33℃から38℃という無害でかなり広い範囲の温かさの感覚が欠如する事が分かったよ。更に後の研究では、熱いという感覚と冷たいという感覚は、どれかの受容体が特に強く反応するという単純なものではなく、複数の受容体の活性化と抑制が同時に行われて、初めてちゃんとした温度感覚として伝わり、区別される事が分かったよ。例えば、熱を感じる受容体であるTRPV1・TRPA1・TRPM2・TRPM3が反応しているけど、冷たさを感じる受容体であるTRPM8の働きが抑制されないと、ちゃんと温かいという感覚にならない事が分かったんだよ!

総じて、TRPチャネルは、幅広い温度感覚に対して、複雑ではあるけど重要な役割を果たしている事、温度感覚に関わる受容体はカプサイシンやメントールなどの刺激性物質にも反応して、外部の温度とは別に温感や冷感を感じる事が、ジュリアスとパタプティアンの研究によって判明したよ。特に、この研究を世界中の研究者が取り組むきっかけとなった、ジュリアスによるTRPV1の発見は、このテーマにおいてとても重要な意味を持っているよ。このTRPチャネルの研究は現在でも続いているから、将来的にはもっと他の事が分かるようにかもしれないね!

 "プレッシャー" を感じる研究

ところで、温度以外にも、重要な感覚として機械的圧力があるよね。圧力は皮膚や内臓に対する刺激だと想像するかもしれないけど、敏感なものとして蝸牛の有毛細胞があるよ。蝸牛は耳にあるカタツムリの殻のような形をした器官で、そこに存在する有毛細胞は力に敏感に反応するよ。有毛細胞あるおかげで、空気の圧力変化を音として感じ、重力や平行感覚を感じる事ができるよ。カエルの有毛細胞を調べる事で、恐らく機械的圧力を感じるイオンチャネルがあるという研究は1979年に示されたけど、最初にそのようなイオンチャネルが存在する事は1980年代に大腸菌で特定されるまで確立された科学的事実として認められなかったよ。外部環境のわずかな変化でも細胞自体が溶けてしまう恐れがあるから、このようなイオンチャネルによって浸透圧のわずかな変化として危険性を感じるわけ。

大腸菌とヒトではあまりに生物学的にかけ離れているけど、それでも圧力をイオンチャネルによって感じる可能性はあるわけ。実際、ラットによる後根神経節を使った実験で、圧力を受けるとイオンの動きを示す電流が流れる事を発見したから、その可能性が十分あるわけ。ただ、モデル生物として有名なC. エレガンスやキイロショウジョウバエの研究で示された、圧力を感じるイオンチャネルの候補 (正確にはそのオルソログ) は、脊椎動物では重要な役割を持っているようには見えなかったよ。そして脊椎動物で見つかった圧力を感じるイオンチャネルの候補は、実際の実験では受容体として機能しているようには見えなかったよ。これらの事から、哺乳類で圧力を感じる詳しいメカニズムは分かっていなかったよ。

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【図4】
A. Neuro2A細胞株における機械感受性電流、つまり圧力を受けた時に流れる電流の強さと時間を表したグラフだよ。
B. 候補である遺伝子を働かせ無くしたNeuro2A細胞株の電流の平均振幅のグラフだよ。
C. 後根神経節の感覚ニューロンのサブセットにおいて、PIEZO2が発現している事を示した写真だよ。
D. 後根神経節ニューロンでのPIEZO2を働かせなくすると、機械的刺激に対する反応性が弱くなることを表したグラフだよ。

引用元: Bertrand Coste, Jayanti Mathur, Manuela Schmidt, Taryn J. Earley, Sanjeev Ranade, Matt J. Petrus, Adrienne E. Dubin & Ardem Patapoutian. "Piezo1 and Piezo2 Are Essential Components of Distinct Mechanically Activated Cation Channels". Science, 2010; 330 (6000) 55-60. DOI: 10.1126/science.1193270

パタプティアンらの研究チームは、この捉えどころのない受容体を探すために、とても大変な研究を行ったよ。まず、圧力を受けた時にイオンチャネルが反応した事を計測するために、パッチクランプ法という電気刺激を感知する方法を元に、細胞膜をマイクロピペットで短時間圧した時に流れる電流を検出する実験を行ったよ。そのような実験で反応するNeuro2Aという細胞株を特定した後、パタプティアンは少なくとも2つの膜貫通タンパク質をコードしているとみられる72個の遺伝子を候補に挙げたよ。ここからは根気のいる作業で、候補の遺伝子1つ1つを、働ける場合と働けない場合に分けて、圧力に反応するかしないかを見極める膨大な試験を行ったよ。そしてついに、以前はFAM38Aと名付けられていた遺伝子が、機械的圧力や固有感覚 (身体の位置や運動を感じる感覚) に反応する事を突き止めたんだよ!

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【図5】
72個もの候補遺伝子を丹念に調べ、圧力に対して反応しない遺伝子を突き止めたよ。この遺伝子を詳細に調べた結果、触覚や固有感覚に関わる遺伝子PIEZO2が発見されたよ。これは、例えばハグをした時に抱く感覚だよ。

このFAM38Aは、ギリシャ語の圧力に因んでPIEZO1と命名されたよ!PIEZO1が圧力を感じるために必要な遺伝子である事は、HEK293細胞でもチェックされたよ。更に、遺伝子がPIEZO1と似ている事から特定された別の遺伝子PIEZO2も発見されたよ!

PIEZO1もPIEZO2も、脊椎動物を含めた多くの真核生物 (細胞に核を持つ生物) に存在するものの、これまで知られていなかったタンパク質のグループに属する事が分かったよ。更に後の研究で、PIEZO2が後根神経節で働いている事が分かって、PIEZO2が働かないようにした場合、圧力を感じる機能が著しく損なわれる事が分かったよ。

PIEZO2が軽い接触を感じるのに必要であるというのは、2014年にパタプティアンらの研究チームによって明らかになったよ。軽い接触を感じる受容体であるメルケル細胞の働きを調べて、PIEZO2に依存して流れる電流があり、それが求心性神経 (末端から中枢へと刺激を伝達する細胞) の活動を維持するのに十分な電流が流れる事から分かったよ。更に突き詰めた研究では、メルケル細胞と感覚ニューロンの両方でPIEZO2が働かないようにしたマウスは、温度感覚が正常なのに、軽い接触を感じる事がほとんどできないという事が判明して、PIEZO2が圧力センサーとしていかに重要かが分かったんだよ。

触感以外にも重要なPIEZO

肺を使った呼吸において重要な神経感覚にヘーリング・ブロイウェル反射というものがあるよ。これはカール・エヴァルト・コンスタンティン・ヘリングとヨーゼフ・ブロイアーによって発見されたもので、呼吸をするために肺が膨らむと、その刺激によって肺を膨らませる筋肉が緩み、肺がしぼんで1回の呼気となる、というものだよ。もっと詳細を見ると、息を吸って肺が膨らむという刺激が、気管支平滑筋の受容体を刺激し、それが迷走神経を介して延髄背側にあるニューロンを興奮させるよ。このニューロンは、肺を膨らませる筋肉が縮むのを抑える働きがあるから、これによって筋肉が緩んで肺がしぼみ、息を吐く事ができるよ。ヘーリング・ブロイウェル反射に重要な迷走神経による感覚機能がある事は、コルネイユ・ジーン・フランコイズ・ハイマンスによって明らかにされて、1938年のノーベル医学生理学賞が贈られたよ。ヘーリング・ブロイウェル反射は正常な呼吸に必要な反射だけど、パタプティアンらの研究チームは、PIEZO2が働かないようにしたマウスは、ヘーリング・ブロイウェル反射がうまくいかず、過度に肺が膨らんで、1回の呼吸量が増加する事を示したよ。更に、発達中にPIEZO2が働かないと、呼吸困難と生まれた時の死を引き起こす事が分かったよ。これらの事から、PIEZO2は正常な呼吸にも必要な事が分かったよ。

また、PIEZO1とPIEZO2は、血圧の調整にも関わっている事がパタプティアンらによって明らかにされたよ。血圧を維持する動脈圧反射が、舌咽神経と迷走神経に存在するPIEZO1とPIEZO2の両方によって行われていて、両方を失ったマウスは、不安定な高血圧と、血圧の変動の増加を示したんだよ。

他にも、PIEZO2が存在しないと、身体や四肢の動きがてんでんばらばらになる事が、マウスによる実験や、PIEZO2が機能していないヒトの観察で明らかとなったよ。胃腸管に存在するクロム親和性細胞にもPIEZO2は存在して、食べ物や飲み物が入るという機械的圧力に反応して、ホルモンや傍分泌 (細胞間でやり取りされる伝達物質) を放出する事も分かったよ。尿路上皮細胞と膀胱の感覚ニューロンにもPIEZO2は存在して、PIEZO2が無いマウスやヒトは膀胱に障害が生じる事も分かったよ

PIEZO1は、内皮細胞、赤血球、骨芽細胞でも重要な役割を果たしているよ。内皮細胞が圧力を感じる事は、発達中の組織での血管の形成、成熟した組織での血管の新生、血管収縮の調整に重要だよ。PIEZO1は赤血球の体積を維持するのに関与していて、PIEZO1がないマウスの赤血球は過剰に水分を取り込んで膨張しちゃうし、逆にPIEZO1を働かせるYoda1という化合物を投与すると、赤血球は水分を過剰に放出して脱水状態になるよ。骨芽細胞は骨の形成を担う細胞だけど、PIEZO1がある事で、機械的圧力と言う負荷に応じて骨を形成するという役割が初めて果たされるよ。

こんな風に、身体の機能維持においていろいろな役目を果たしているPIEZOは、極めて複雑で大きなタンパク質の複合体だよ。PIEZOは中央にイオンが通る孔があり、周辺には3つのプロペラのような構造のブレードが広がっているよ。圧力が細胞膜に加えられると、PIEZOの曲がったブレードが平らになり、中央の孔が広がる事でイオンが通るようになるよ。この複雑な構造が、とても繊細な圧力センサーの源になっていると考えられているけど、現在でもその詳細なメカニズムは明らかになっていないよ。

TRPチャネルと医学との関係

今までの研究は、倫理的な問題から、ほとんどが培養細胞とマウスを使った研究だよ。ただ、あくまで培養細胞やマウスは実際のヒトとは違うものであり、培養細胞やマウスで示されたからといって、ヒトにそのまま当てはまるかどうかまでは分からないよ。

まずTRPチャネルについては、家族性エピソード性疼痛症候群1型 (Familial Episodic Pain Syndrome type 1) という病気を持つ患者から調べられたよ。この病気はTRPA1の変異によって起きるもので、主に悪寒、絶食、身体的ストレスによる衰弱と、上半身に慢性的な痛みがある事を特徴としているよ。TRPチャネルを構成する遺伝子の塩基配列を詳しく調べた研究では、TRPA1 710G>Aという変異がある人では、慢性的な神経性の痛みと、温度感覚の異常に関連している事が特定されたよ。またTRPV1 1911A>Gという変異では、危険な冷たさに対する痛覚が鈍くなっている事が分かったよ。これ以外にも、TRPV1のいくつかの塩基配列の変異が、カプサイシンに対する反応を変化させている事も分かったよ。

PIEZO2についても、その機能が損なわれる事による病気を持つ患者がいるよ。PIEZO2を持たないマウスは生まれた時点で呼吸困難で死亡するけど、2つの機能低下変異を持つヒトは生まれても生き残るよ。パタプティアンらの研究チームは、患者の観察を通じて以下の事を明らかにしたよ。手指や足指といった関節に先天的な萎縮があり、触覚や動的感覚、プロプリオセプション (自分自身が空間のどこにいるのかを感知する感覚) が著しく低下するよ。後にPIEZO2欠損症候群 (PIEZO2 deficiency syndrome) と名付けられたこの病気の患者は、さっき書いた関節の萎縮や感覚機能の低下によって、感覚失調、歩行障害、運動失調、筋力低下と萎縮、脊柱管狭窄症、股関節形成不全、進行性の骨格拘縮などの症状を抱えているよ。また、呼吸困難や排尿障害を抱えている事もあるよ。PIEZO2欠陥症候群の患者は、皮膚の炎症による痛みや接触の反応を起こさない事から、PIEZO2が重要な役割を果たしている事がここでも分かるね。ただし、PIEZO2欠陥症候群の患者でも、体内で起こる無害な圧迫感や、危険なほど強い機械的圧力による痛みは正常に感じるよ。

逆にPIEZO2の機能獲得型変異 (失っている場合と異なり、役割を果たす部分が過剰となっている変異) をもつ患者は、その場所によって様々な症状を持っているよ。常染色体優性DA5型の場合は、眼球運動に必要な動眼神経に異常をきたすよ。DA3型の場合、ゴードン症候群と呼ばれる病気を引き起こし、区別する指標として低身長と口蓋裂が現れるよ。他にもマーデンウォーカー症候群という、精神運動の遅滞、小顎症、後側弯症を特徴とする病気でも、PIEZO2の機能獲得型変異が見つかっているよ。

PIEZO1を持たないマウスは胎児期に死亡するけど、機能喪失型変異を持つヒトは生まれても生き残るよ。この場合、リンパ節の奇形が起こりやすく、一般的には顔面と四肢のリンパ浮腫を引き起こすよ。この事は、PIEZO1が正常なリンパ節の発達に関わっている事を示唆しているね。

PIEZO1の機能獲得型変異の場合、脱水遺伝性有口赤血球症 (hereditary xerocytosis) が現れるよ。これは赤血球の肥大、口内炎細胞の存在、赤血球の脱水によっておこる貧血症状が現れるよ。これは細胞内の陽イオン含有量調整がうまくいかない事によって引き起こされるもので、現在ではPIEZO1の末端側部分の変異が原因と判明しているよ。

また、これとは別に、機能獲得型E756del PIEZO1対立遺伝子 (gain-of-function E756del PIEZO1 allele) が、赤血球の脱水を引き起こす事が分かったんだけど、これは重度の熱帯性マラリア原虫に感染するリスクを低下させる事がパタプティアンらによって明らかにされたよ。これはマラリア原虫が存在するアフリカにすむ人々に多く存在する対立遺伝子で、この対立遺伝子は、アフリカ人の赤血球の代謝の増加や、血清中の鉄分濃度の上昇にも関与している事が分かったよ。

まとめ

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【図6】
TRPV1やPIEZO2は、温度、熱、痛み、触覚、自己受容感覚といった、様々な感覚を私たちにもたらす重要な身体のシステムだと分かったよ。この研究は、進める事で更に深い身体のメカニズムに迫れる余地がまだまだ残されているんだよ!

感覚は生物の根幹を成す機能だけど、そのメカニズムは非常に複雑だよ。デヴィッド・ジュリアスとアーデム・パタプティアンは、気の遠くなるような大量の実験を重ねる事で、TRPチャネルやPIEZOといった新しい体内システムの発見と、複数のシステムが絡み合う事で、温度感覚と接触感覚という2つの重要な感覚に関わる複雑なメカニズムを明らかにしたよ。更に、TRPチャネルやPIEZOが単なるマウスの温度圧力センサーではなく、ヒトの基本的な感覚や、これがうまく働かない場合に発症する難病のメカニズムも明らかにしたんだよ!

これらの研究は、まだ完全に解明されたわけじゃないから、研究が続けられているよ。これらの研究が更に進めば、TRPチャネルやPIEZOの更に広い役割が判明するかもしれないし、慢性的な痛みに苦しむ患者の治療法を開発するのにも重要な基礎研究となるかもしれないよ!

主要な論文

Michael J. Caterina, Mark A. Schumacher, Makoto Tominaga, Tobias A. Rosen, Jon D. Levine & David Julius. "The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway". Nature, 1997; 389 (6653) 816-824. DOI: 10.1038/39807

Makoto Tominaga, Michael J. Caterina, Annika B. Malmberg, Tobias A. Rosen, Heather Gilbert, Kate Skinner, Brigitte E. Raumann, Allan I. Basbaum & David Julius. "The Cloned Capsaicin Receptor Integrates Multiple Pain-Producing Stimuli". Neuron, 1998; 21 (3) 531-543. DOI: 10.1016/S0896-6273(00)80564-4

M. J. Caterina, A. Leffler, A. B. Malmberg, W. J. Martin, J. Trafton, K. R. Petersen-Zeitz, M. Koltzenburg, A. I. Basbaum & D. Julius. "Impaired Nociception and Pain Sensation in Mice Lacking the Capsaicin Receptor". Science, 2000; 288 (5464) 306-313. DOI: 10.1126/science.288.5464.306

David D. McKemy, Werner M. Neuhausser & David Julius. "Identification of a cold receptor reveals a general role for TRP channels in thermosensation". Nature, 2002; 416, 52-58. DOI: 10.1038/nature719

Andrea M. Peier, Aziz Moqrich, Anne C. Hergarden, Alison J. Reeve, David A. Andersson, Gina M. Story, Taryn J. Earley, Ilaria Dragoni, Peter McIntyre, Stuart Bevan & Ardem Patapoutian. "A TRP Channel that Senses Cold Stimuli and Menthol". Cell, 2002; 108 (5) 705-715. DOI: 10.1016/S0092-8674(02)00652-9

Bertrand Coste, Jayanti Mathur, Manuela Schmidt, Taryn J. Earley, Sanjeev Ranade, Matt J. Petrus, Adrienne E. Dubin & Ardem Patapoutian. "Piezo1 and Piezo2 Are Essential Components of Distinct Mechanically Activated Cation Channels". Science, 2010; 330 (6000) 55-60. DOI: 10.1126/science.1193270

Sanjeev S. Ranade, Seung-Hyun Woo, Adrienne E. Dubin, Rabih A. Moshourab, Christiane Wetzel, Matt Petrus, Jayanti Mathur, Valérie Bégay, Bertrand Coste, James Mainquist, A. J. Wilson, Allain G. Francisco, Kritika Reddy, Zhaozhu Qiu, John N. Wood, Gary R. Lewin & Ardem Patapoutian. "Piezo2 is the major transducer of mechanical forces for touch sensation in mice". Nature, 2014; 516, 121-125. DOI: 10.1038/nature13980

Seung-Hyun Woo, Viktor Lukacs, Joriene C de Nooij, Dasha Zaytseva, Connor R Criddle, Allain Francisco, Thomas M Jessell, Katherine A Wilkinson & Ardem Patapoutian. "Piezo2 is the principal mechanotransduction channel for proprioception". Nature Neuroscience; 2015, 18, 1756-1762. DOI: 10.1038/nn.4162

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