浜松と拡張した時間について
驚くと、頭の中で小さな爆発が起きます。そして、その爆発の数だけ時間が拡張する。そんな気がします。
多感な0歳から18歳までの時間と、多くを経験した19歳から死ぬまでの時間は大体同じくらいに感じるともいいますよね。
二日前から今日まで、私は浜松にいました。
通っている大学の先輩が製作したペンギン型ロボットのチームスタッフとして呼ばれたのですが、スタッフとして働くのは朝9時から午後5時まで。それ以外の時間は自由です。
よし、浜松を満喫するぞ。そう意気込んでいたのですが、1日目はホテルにチェックインした途端にストンと眠りに落ち、目を開けた時には朝日が昇り始めていました。二日目は急に絵を描きたくなり熱中していたら午前1時、散歩してみても町にいるのは顔を真っ赤にしたスーツの人々ばかり。
まあ、これでいい。明日も少し散歩してちゃっちゃと帰ってしまおう。
そんなことを思いながら迎えた3日目。
朝いつもより少し早く起き、僕と入れ替わりのチームスタッフとして浜松に到着した友人と合流しました。僕と同じ3日間勤務です。僕の過ごした3日間よりは楽しい日々を過ごしてほしいなあ。そんなことを思いながら勤務地まで案内。
久しぶりに会った友人。スタッフとして働きながら、ゆらりゆらりと会話は絶えず、気づけば時計の針は午後5時を指していました。
よし、帰ろう。
そう思っていたのですが時刻は5時。まとまった時間がダラリと横たわっています。ふと、大学の先輩から勧めていただいた「hachikai」というアートギャラリーを思い出し行ってみたくなりました。
地図で調べると徒歩10分。なんだ、近いじゃない。
地図通りに歩き目的地に到着。そこにあったのはなんとも大きな8階建ての駐車場。上から下まで駐車場です。間違えたのかなと思いましたが、まもなく目に飛び込んだ「8F beer garden」の文字。アートギャラリーは終わっちゃったのか。まあせっかくだし、少し覗いて帰ろう。
8F、エレベーターの扉が開いて最初に飛び込んできたのはテーブルにちらばる餃子の食品サンプルとマカロンツリー。そしてその奥で椅子に座っている女性がひとり。
女性は座ったまま僕等(ずっと友人といました)の方を向き、「予約の方ですか?」と聞いたのでここに来た事情を説明するとすぐに、「好きなだけ見学して行ってください!」と言いました。
「見学」というからにはやはりここはアートギャラリーか...と見渡すと、視界に入ってきたのは、木でつくられた7畳程の部屋。近くへ行き覗いてみると、ふすまの奥には囲炉裏があり、それを囲むようにして8枚の座布団が鎮座していました。
囲炉裏なんて、絵本以外で見たことあったかな、なんて思っていると、部屋の中にまた扉が。扉を開くと新しい部屋があったのですが、3方に壁は無く、むき出しになっている部屋の骨組みだけがありました。見晴らしがよくなり、ああそういえば、ここは駐車場だったのだと我に帰ります。
へえ、骨組みはこんな風にして作っているんだな。と感心していると、駐車場の奥で黙々と作業をしている人の姿が。あ、もしや、この部屋の壁を作っているんだな。と思う間も無く友人が「ふすまを作っているんですか?」と質問。帰ってきた質問は期待していたものではなく、「自分の製作物です。」という期待を上回る答えでした。やっぱりここはアートギャラリーなのだ。その人は地元の大学生と共同で巨大なオブジェを作っている最中でした。聞いてみると、ここhachikaiは予約さえすれば誰でも使えるスペースらしく、大量の木材、機材も使い放題とのことでした。他にも、駐車場だったはずのスペースにはビニールプール、人口芝のテーブル、僕の身長より遥かに大きい親指などなど、普段目にすることができないような光景がひろがっていました。じっくりと見学し、興奮しきった僕は座っていた女性にさらにおもしろい場所を求めていました。女性は外に広がる街を見下ろし、街角に立つビルを指さしました。KAGIYAビル。次の目的地が決まりました。hachikaiの人々に別れを告げ、僕たちは次の目的地へ。
古びているなあと思っていた街も、よくみてみると長い時間を経過した趣がにじみ出ています。改めてみる街に少々酔いしれながらあっというまにKAGIYAビルに到着。ほう、これまた強烈な佇まい。
一言でいうなれば、廃墟。趣があるといえば聞こえはいいけど、とても人が住んでいるとは思えない。けど入るぞ、求めているものがここにある気がする。少しだけ気合を入れ、階段を上りました。
2階、ドアの閉まった部屋とトイレ。
3階、ドアの閉まった部屋とトイレ。
4階、ドアの閉まった部屋とトイレ。
最上階、ドアには鍵がかかり外にはでれず、空いているのは「smorking」と書かれた小部屋のみ。せっかくだからと覗いてみると中には大量のコーヒー豆が。どの袋も開封され、小さな部屋の中には様々なコーヒーの香りがひしめき合っていました。
いい部屋が見れたことだし、とりあえずは満足。と自分を納得させ階段を下りようとした時、目の前になんともきれいな夕焼けが。へえ、こんなとこからこんな景色が。ジッとその光景を眺めてから階段を降り、3階に差し掛かるところでした。すうと扉が開き、中からひとりの男性が。おや、人がいたのか。何か、やってるのかな。と思いドアを見てみると、「OPEN」の文字。再び少しだけ気合をいれ、ドアを開けると、そこにはこじんまりとした本屋がありました。名前は、BOOKS AND PRINTS。
人の気配すら感じられなかったビルの3階でひっそり動く店の姿に感動を抑えられず僕はその発見だけで興奮したのですが、発見はそれだけではありません。中に並んでる本はどれも中身をみることができ、開いてみるとページを進める手が止まらなくなるものばかり。一冊一冊をじっくりと鑑賞します。棚には何冊か、キレイな包装紙に包まれた本が並んでいました。包まれているので中身はわかりません。それらの本のそばには「若木信吾select」の文字が。若木信吾さんか。有名な人なのかな。僕は知らない。
何冊かの本を開き、特に印象的だったのはVivian MaierさんのStreet Photographerという写真集。ページをめくるたびに現れる人、人、人。ああ、人を見てハッと感じる気迫、衝動、動揺。ここに載っている写真にはそれら一瞬の感動が詰め込まれている。僕はそう、感じました。
一通り店内を見てから気付けば店主の方とお喋り。浜松のアートギャラリーやKAGIYAビルについて話しているとレジの前に並ぶ本の作者に見覚えが。松浦弥太郎さん、僕の大好きな方です。「お、これください」というと店主は嬉しそうに本を手に取り表紙をみながら、「この本、文章は松浦弥太郎さんで写真を撮ったのがうちのオーナーなんですよ。」といいました。オーナーは写真家なのか、どんな人なんだろう。僕の疑問に答えるように店主は話し続けます。その方はLUMIXというカメラのcmで綾瀬はるかさんや平井堅さんと共演し、写真を提供した方だそうです。他にも、小泉今日子、浅野忠信、中谷美紀などなど、数々の著名人を撮影したり、海外のアーティストと共同アートワークなども製作しているという、なんとも多忙なお方でした。そんな方がオーナーを務める店に来れたのか。なんだか、不思議な縁を感じるなあ。ちなみに、その方の名前は若木信吾というそうです。
「この後は、どうするんですか?」店主のひとことで、そういえば帰るんだったと思い出しました。すっかり忘れていた。
しかし店主が次に言った「ご飯は、食べて帰られるんですか?」のひとことで僕の帰宅はまた後回しになります。その時僕は、この人の言うことに身をまかせたいと思っていました。
勧められたのはnaruという手打ちの蕎麦屋さん。そういえばしばらく蕎麦なんて食べてなかったなあとワクワクしながらBOOKS AND PRINTSに別れを告げます。
また10分ほど歩くと鉄板をくり抜いて作られた「手打蕎麦naru」の看板が。DIYな感じ、いいじゃない。階段を上りドアを開けると蕎麦屋のイメージとはかけ離れたカフェのような空間が。
カウンター席に案内され、革表紙の分厚いメニューを開くと、BOOKS AND PRINTSの店主に勧めてもらったくるみ蕎麦の文字が。出し巻き卵とくるみ蕎麦を注文しメニューを閉じようとしましたがまだたっぷり余ったページが。せっかくだから、みてみよう。ページをめくるとメニューは6ページほどで終わりその後に続いていたのはそばの小話。昔のポスター、広告などなど。それはメニューに見せかけた、革表紙の分厚い書物でした。こんな本もあるのだなと感心しているとまもなく濃厚なベージュのつけだれときれいな麺。
店主、ありがとう...。必死に店主でお礼を言いました。心の中で。
おいしいご飯を食べ、ゆらゆらお喋りする時間。「しあわせ」という言葉が僕を満たし、ぷかぷかと浮かんでいるような気分でした。
あ、時間。何時間経ったのだろう。終電は逃したくない。
「今何時?」「7時30分」
7時、30分?
あれ、考えよう。
僕は今日5時に業務を終えたはず。ということは、2時間と30分の間に駐車場の古民家や巨大な親指、そこで過ごす人々と出会い、廃墟のようなビルを探検し隠れた本屋と大好きな店主と遭遇し、極上の手打ち蕎麦を食べたということです。
体感では4~5時間は経っていました。
僕の時間は、確かに拡張していたのです。
頭の中で小さな爆発が起き、その爆発の数だけ時間が拡張していたのです。
浜松で過ごした3日。1,2日目が助走だとしたら、ここまで華麗な3日間の過ごし方は無いのではないでしょうか。2日間で下がったからこそ、3日目で大量爆発が起こったと思うとあながち無い話でもなさそう。
まぁ、終わりよければすべてよし。
それでいい。
ずっと同行してくれた友人、
hachikaiを勧めてくれた先輩、
他にも、数多の人々、
ありがとう。
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