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殺人に理由を付けるな

 汚水が排水溝から逆流してきたような、ゴボゴボと汚い音が『共食い』バリドの断末魔だった。腐敗刃を凶器に選んだのは失敗だったか。ただでさえ臭い食人鬼の身体、その腐液は想像の二十倍以上臭かった。

 「ガボガッ……グゴボッ……」

 ああ、またあの目だ。俺に向けられたバリドの視線が言っている。いったい誰の差し金だ、何故こんなことをしたんだと。

 「だから理由なんてないってのに……何度言ったらわかってくれるんだよ」溜息交じりの俺の言葉が、バリドの嘔吐にかき消される。それから十秒もしないうちに、奴は激しく痙攣し始めた。

 自分の腐液で溺れ死んでいくバリドを眺めながら、俺は考えた。やはり、おかしい。俺は今まで一度だって、理由のある人殺しなんてしたことない。それが、この『囚人皆で殺し合ってお金持ちを楽しませよう刑務所』、通称・皆殺所みなころしょに入れられてからの俺の殺しは、常に理由を付けられている。

 “ヘッドショット”・フィネガンからは、カネで雇われて殺し屋に堕ちたなどと身に覚えのない濡れ衣を着せられたし、人炊き婆なんて、被害者からの報復依頼を受けたんだろうと俺をダークヒーローにでも目覚めたかのように言いやがった。

 この刑務所地下の『殺すフィールド』じゃ、どいつもこいつもピリピリしてて俺の弁明なんて聞いちゃくれない。俺の人殺しとしての沽券は泥塗れになってしまった。

 「これは、裏で何者かの陰謀が動いているに違いない……」

 独り言ちながら傍らの壁に手をつくと、そこに紙が貼られていた。

 『犯罪者の面汚し、キルジョイ・“エッジマスター”・リー! 人に命じられて人を殺す!』

 俺はそれを破り捨てた。我慢の限界だ。どこまで貶めれば気が済む。

 「必ず黒幕を暴いてぶっ殺してやる!」

 叫んだ俺の目の前に中年男が落ちてきて、床に叩きつけられて死んだ。皆殺所の現所長、三途川渡だった。咄嗟に振り向いた俺に、他の囚人どもの視線が突き刺さった。

【続く】

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