首と胴体の大戦争
「本当に、まさか麻薬が切れるとは思わなかったな」
獄門市市長、キョウジは嘆息した。首だけの彼を収めた大型電動ベビーカーが揺れる。
「市長、呑気にしてる場合じゃないですよ……市民は爆発寸前です。早く今後の方針を示さないと」
傍らに浮遊する首だけの秘書、ヤマカドの頬を汗が伝う。
『獄門市総生首化政策』は、確かに上手くいったはずだった。脳だけを生かして胴体から首を切り離し、頭に電極を繋いで電磁麻薬を流し続ければ、もう何も心配することはない。
人生におけるあらゆる問題は解決し、みんなで幸せの向こう側へ。当時、熱烈に支持されたこの施策の大前提たる、電磁麻薬永久機関は完全に機能停止していた。
首だけで生存し、移動する技術は確立されていたものの、このままではとても人間らしい生は送れない。最早、保管していた胴体とよりを戻す他ない状態だった。
「首から下保管庫に向かった、ケイチからの連絡はまだなのか?」
「そろそろ来てもおかしくないはずですが……」
その時、執務室のドアが開いた。ノックも忘れ、血相を変えて首の断面から生えた蟹型義足で駆け込んできたのは、事務局長のアンリだ。
「し、市長! ケイチから緊急の報告が! 向こうからの中継映像をご覧ください!」
「何だ、今度は何が起きた!?」
キョウジの電動ベビーカーから伸びた機械アームが、パソコンの電源を入れた。映し出されたのは、車輪付き首乗せ台の上で本物の晒し首さながらに呆然としているケイチ主事。その視線の先で、保管庫の入り口を塞ぐように立ついくつもの人影。
胴体だった。獄門市の市民がこぞって切り捨てた、首なしの胴体たちだった。手に手に鈍器や刃物を持ち、市職員らを威嚇するように手を振り上げる。更には怒りの文言が綴られた旗も。
『我らを捨てた首を許さない』。『今更戻ってくるな』。『頭が無くても人間だ』。『身体万歳』。
キョウジは頭だけで震えながら呟いた。
「胴体の反乱だと……?」
【続く】
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