見出し画像

【禍話リライト】 誰かの横顔

 事の起こりは、いわゆる金縛りであったという。

 「夢か現実かわからない状態で、エンドレスに金縛りになっちゃうこととかありますよね」という話題を振った時、Aさんから返ってきた言葉はこうだった。

 「俺、それで実家に帰れないんですよ」

 Aさんが高校二年生の時の春、ゴールデンウィークを目前に控えたある日の夜だった。自室で寝ていたAさんは、突如として金縛りに襲われた。
 それまで一度も金縛りになどなったことはなく、特に疲れていたわけでもない。にも関わらず、突然耳鳴りのような感覚がしたと共に、身体が全く動かなくなった。

 うお、何だこれ。金縛りか。慌てて身体を動かそうと試みたが、動いてくれたのは目だけだった。
 どうしよう、と思いながら部屋の中に視線を巡らせると、自分が横たわっているベッドのすぐ横の壁に、人影が見えた。左を向いた人の横顔に見える、大きな影。性別や年齢などはわからないが、確かに人の顔の影だとわかったそうだ。

 自分の影ではない。横たわっている自分の影が、こんな形になるはずはない。こんな影を作るような人形なども、置いていない。そもそも、こちら側の壁に影を作るような、光源になるものなんてない。

 これはいったい何だ。急激に高まった恐怖で、Aさんは思わず目を閉じた。

 ところが。影の残像が、まぶたの裏にくっきりと焼き付いて、目を閉じてもその姿が浮かび上がってきた。影を見ていたのは、ほんの数秒だったはずなのに。
 目を閉じても怖い。開けても怖い。どうしようもない。そんな状況が、体感で五分か十分ほど続いた後、フッと焼き付いた残像が消えた。

 恐る恐る目を開く。影はない。ゆっくりと身体に力を入れてみると、動くようになっていた。
 身を起こし、自室を見回す。いつもの部屋だ。ベッドから出て、部屋の反対側に置いてある机や、その周りを調べてみたが、何の異常もなかった。

 気持ち悪い。何だったんだ。震えながらベッドに戻ったAさんは、恐怖から来る疲れのせいか、すぐに眠りに落ちた。


 翌日。何事もなく目を覚ましたAさんは、昨日の出来事はなんだったのかと考えながら、いつものように登校した。
 その日にあった化学の授業を担当する先生は、よく冗談を飛ばし、面白い授業をする人気者で、Aさんもその時間が好きだった。

 なのに、その日は授業が始まって間もなく、急激な睡魔に襲われた。いつもなら、絶対にそんなことはないのに。

 先生の話はいつものように面白く、周りのクラスメイトたちも「何言ってんすかー」などと楽しそうに笑っている。

 (こんな中で、自分だけが寝てしまったら、散々言われるな……)

 と、そんなことを思ったか思わないかくらいで、抗えずにAさんの意識は途切れた。

 「起立!」

 そう聞こえた瞬間、Aさんは目を覚まして慌てて立ち上がった。授業終わりの挨拶。結局、最後まで眠ってしまったらしい。
 だが、先生からの叱責も、周りからの視線もない。後ろの方の席だから、気付かれなかったのだろうか。

 (でも、まずいな……後で誰かにノート写させてもらわないと……)

 そう思って、机の上に開かれている自分のノートを見た。
 横を向いた人の顔が描いてあった。

 (うわっ!? えっ!?)

 明らかに拙い、美術の心得のない人間が描いた、それでも確かに人の顔の輪郭だと分かる絵。それは、間違いなく昨晩、自分が部屋で見たあの影だった。
 同時に、それが意識がない間に自分が描いたものなのだと、だからノートを取っているように見えて誰にも寝ていると思われなかったのだと、Aさんは直感的に悟った。

 あまりの気持ち悪さに、Aさんはノートのそのページを破り捨て、クシャクシャに丸めて、教室の後ろにあったゴミ箱に叩き込むように捨てたという。
 Aさんにとって、この出来事は高校を卒業した後になっても、時折思い出す嫌な記憶だった。


 「ここまでなら、ただ気味の悪い体験だった、ってだけで済んだんですけどね……」

 Aさんは、そう続けた。

 高校二年のそのクラスでは、幾度となく同窓会が開かれた。当時から雰囲気のいいクラスだったせいか、結構な頻度で集まりがあったそうだ。
 その何度目かの時、そろそろ同窓会のありがたみも薄れようかというくらいに回数を重ねた頃の、二次会の席でのことだったという。

 会場となった居酒屋で、それぞれに分かれた席の間を適当に行き来していたAさんは、高校時代はそれほど交流のなかった女子グループと同じテーブルについた。
 当時はあんまり話さなかったねー、などと他愛のない話をしていた時。その中の女性の一人が、突然「あ、そうだそうだ!」と思い出したかのように、カバンの中からクリアファイルを取り出した。

 「コレ、コレ、コレ! はい、あの時の、コレ!」

 そう言ってAさんが手渡された、そのファイルには。あの時、教室のゴミ箱に捨てた、破り取ったノートのページが挟まれていた。

 Aさんは絶句して、渡されたものを見た。ページはボロボロになっていたが、捨てる前に丸めた時のシワを可能な限り伸ばされて、そこに描かれたあの絵がわかるように、ファイルに収められていた。

 あのことは、誰にも話していない。クラスメイトにも、先生にも、家族にも、誰にも。

 Aさんが渡してきた女性を見ると、本人はおろか、そのグループの周りの女性たちも、さも当然のように談笑していた。

 「そうそうそう、ソレね。本当、良かったよね!」

 「本当だよ、もー! やっと渡せたじゃーん!」

 Aさんは、話もそこそこに彼女たちから離れた。
 その後、周りの当時から仲の良かった友人たちにノートのことを聞いてみても、誰もそのことは知らなかった。

 帰路についたAさんは、渡されたクリアファイルを途中の駅のゴミ箱に、あの時と同じく叩き込むように捨てて帰ったのだという。


 「だからね、俺もう、地元に帰れないんですよ。もし誰かが、駅で捨てたはずのあのページを持ってきて、『コレ、コレ! あの時の、コレ!』とか言って、また渡されたらって思うと……」

 だから、もう絶対に実家には帰れない。Aさんは、そう話を締めくくった。



 【完】


出典

禍話インフィニティ 第九夜(2023年8月27日配信)

(54:32頃~)

 本記事は、かぁなっき様と加藤よしき様が結成されている猟奇ユニット、「FEAR飯」が、毎週土曜日の23時より著作権フリーで発信されている怪談ツイキャス「禍話」にて語られた話を、編集・加筆・再構成したものです。


 下記の「禍話 簡易まとめ Wiki」のタイトルを使用しています。


 三次創作等に関しましては、下記の公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?