音楽が私たちの気分に与える影響とはーー「気分誘導効果」を考える

放送の様子はこちら(下記サイトでは音声配信も行っています)。
「音楽が私たちの気分に与える影響とは〜気分誘導効果を考える」(Screenless Media Lab.ウィークリー・リポート)
2019.5/03 TBSラジオ『Session-22』OA

Screenless Media Labは、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、音楽が私たちの気分に与える影響について考えてみたいと思います。

◾長調と短調が与える気分


 音楽の要素は大別すると、「リズム」(音の強弱や速度)、「メロディー」(音の周波数の変化)、「ハーモニー」(音の整合性や協調性)に分けられます。また中心となる音から構成されている音楽には「調性」が存在します。

 調性のある音組織を調と呼びますが、調には「長調」(モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」)や「短調」(ベートーヴェン「エリーゼのために」)があり、多くの音楽はこのふたつのいずれかに分類されます。長調で構成されるものには喜びや陽気、活発さといった気分を表し、逆に短調は暗く悲しい気分、あるいは荘厳な気分を表すことが知られています(クラシック音楽における長調と短調の違いについては、以下のサイトで聴き比べができます)。


 また、ド短調の曲としてよく知られている映画「ゴッドファーザー」のテーマ曲を長調に変換すると、確かに曲調が明るくなります


 ところで、私たちはスマホなどを利用して、自分の気分に合わせて音楽を選んでいることが多くあります。そのような、自らの気分と一致する音楽を求める事は「同質の原理」と呼ばれます。つまり、楽しい時は長調の楽しい音楽を、悲しい気分の時は短調の悲しい音楽を聴きたくなる、ということです。

 もちろん、私たちは悲しくなくても悲しい音楽を求めることもありますが、これには短調の音楽に含まれるものに、悲しみ以外の(リラクゼーションといった)効果を求めるものと推察されます。

◾気分誘導は可能か


 スポーツ選手が試合前にお気に入りの音楽を聴くことで気持ちを高めるというケースはよく知られています。こうした、音楽によって気分に影響を与えることを「気分誘導効果」(あるいは気分誘導作用)と言います。私たちは日々音楽を聴くことで自らの気分を誘導しています。そうならば、自分の力だけは立ち直ることが難しい精神状態の時に、音楽を聴くことで、自らの気分を誘導することが可能かもしれません。

 ただし、同質の原理に従えば、悲しい時に悲しい音楽を聴くと、ますます悲しくなってしまうことになります。悲しみをネガティブなものと捉える限りにおいて、それには問題があります。しかし実際は、悲しい気持ちの時に悲しい音楽を聴いて、気持ちが落ち着き、むしろ気分が上向きになったと感じた経験がある読者もいるでしょう。これはどのように考えるべきなのでしょうか。

 大学生を対象にした実験では、やや悲しい時に悲しい音楽を聴いても悲しみの程度は緩和しませんでしたが、肉親の死など、非常に悲しい時に悲しい音楽を聴くと、悲しみが緩和されました。つまり、非常に悲しい時には、悲しい音楽を聴くことで悲しみの程度が緩和されるということです。逆に、日常で接するような悲しみが少ない場合は、明るい音楽を聴くことで気分が向上しました。

 非常に悲しい時に悲しい音楽を聴く場合は、突き抜けた悲しみがある種のカタルシス効果をもたらし、悲しさを浄化させていることが推察されます。いずれにせよ、日常的に接する悲しさではなく、人の死の経験など、非常に悲しい状況で悲しい音楽を聴くことは、私たちを救う一つの方法になりそうです。

 こうした気分誘導については、さらなる研究がなされることで、より適切に私たちの気分を導くことが可能となるでしょう。実際、ユーザーが発する音の高さ(音高)を分析し、その場で長調または短調の音楽を同時に流し、そのユーザー(病気の患者等)の気分誘導を行うことを目指す研究もあります。とりわけ病気等によって不安定になっている人々の気分誘導は、治療的な側面からも重要でしょう。

 こうした気分誘導のためには、膨大な数の音楽作品の中から、ユーザーの気分を誘導するにふさわしい音楽をマッチングさせるためのシステムが必要となります。加えて、気分の度合いを適切に理解し、最適なタイミングで流すことが求められます。そのためには、ユーザーの気分をより細かく理解する、人工知能やビッグデータ分析といった最新技術が、今後はさらに有効に機能すると考えられます。

 このように、音と人間の関係に関する研究は進んでいます。例えばクラシック音楽は「A10神経」と呼ばれる神経を刺激することが多く、快楽ホルモンが分泌することがわかっています。また音楽のテンポを変えることで歩くスピードに変化をもたらす「行動誘導効果」と飛ばれる分野の研究もあります。いずれにせよ、昨今は「感性マーケティング」など、人間の感性に基づいて、適切に気分誘導を行うための研究が盛んにされています。

 もちろん、気分誘導効果は悪用も可能な技術です。こうした問題については対策も必要となりますが、悪用を防ぐためにも研究そのものは重要です。音と私たちの気分に関しては、さらなる研究が必要なのです。

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