頭の中で聞こえる音、そして聞こえないのに音がなる耳鳴りーー「人間の体と音」の紹介

2023.12/15 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、実際の音ではなく、心の中の音や、実際には聞こえない音について、考えたいと思います。

◾心の中で音が聞こえるーー内的発話

本を読む際、現代では多くの場合、声に出して読むのではなく黙読を行います。以前も紹介しましたが(2019年11月)、文章を読み上げる時に、頭の中で「声」が聞こえるという人と、そうでない人がいることがわかっています。

ウェブ上のQ&Aサイトを調べた研究者によれば、正式な調査ではないものの、黙読の際に声が聞こえるという人は多く(8割以上)、自分の声や登場人物の声、中にはBGMが頭の中で流れたり、知り合いの声になったりと、様々な人がいることがわかりました。

こうした現象について、フランス国立科学研究センター(CNRS)の研究者を中心とした研究グループが、2019年に論文を発表しています。論文では頭の中で聞こえる声は「内的発話(インナー·スピーチ)」であるとし、それは「私たちが自分自身に語りかけ、発声や発音を伴わない私的な発話」としています。

論文は様々な観点からこの問題を議論していますが、興味深い点をいくつか抜粋して紹介します。まず、内的発話を、声に出すより前の段階の、考えが凝縮されたものと捉える主張があります。声に出すと、むしろ考えが拡散してしまい、内的発話の段階の方が考えが凝縮しているということです。これに対しては、内的発話は単に実際に声に出すか出さないかの差異しかないと捉える主張もあり、確定した考えはまだないとのことです。

次に、内的発話は以下のように分類することができます。
①対話性のない自分だけの発話
②対話を想定した発話
③自分と他者との対話としての発話

です。心の中で声がする時、それは自分自身と対話したり、あるいは、他者を想定し、心の中で様々な対話を行っているのです。このように、内的発話には様々なバージョンがあることがわかります。もちろん、声ではなく音楽が聞こえてくるケースもあります。
研究ではこうした多様な側面をもつ内的発話を理解する神経認知モデルを提案していますが、それですべてが解明できたわけではありません。このように、頭の中で声が聞こえる、という現象ひとつとっても、すべてを理解できるモデルを構築するには、まだまだ時間がかかるでしょう。

さらにいえば、心の中から声がまったく聞こえないという人もいるでしょう。また、聞こえなくても問題なく自己との対話を(心の中の文章等で)行う人もいるとも考えられます。「心の声」は、まだまだその全貌がみえない、私たち自身の謎であり、解き明かすべき課題だとも言えるのではないでしょうか。

◾聞きたくない音「耳鳴り」

一方、聞きたくないにも関わらず鳴り響く「耳鳴り」に困っている人もいるのではないでしょうか。世界の成人の10~15%は耳鳴りを経験したと推定されていますが、実際には鳴っていないのに自分にだけ聞こえる音である耳鳴りについて、2023年11月、ハーバード大学医学部を中心とした研究グループが、Nature誌に論文を発表しています。

耳鳴りは、すぐに収まればそれほど影響はありませんが、場合によっては半年以上、慢性的に耳鳴りに悩まされている人もいます。また、耳鳴りは必ずしも聴力に問題を抱えた人でなくても経験するものであり、また耳鳴りは不快感だけでなく、睡眠不足や不安を引き起こす、日々の生活に深刻なダメージを与えるものです。

研究では、聴覚に異常のない18歳~72歳の294人を調査しました。中には耳鳴りに悩まされている人やそうでない人もいますが、調査の結果、耳鳴りを経験する被験者は、音の情報を脳に送る蝸牛神経が損傷していたことがわかりました。研究者はこれを「蝸牛神経変性症」と呼んでいます。

研究者によれば、蝸牛神経は通常の聴力検査などでは調べられず、それ故に聴力に問題はなくとも耳鳴りを経験するケースがあるとのこと。しかし、蝸牛神経が損傷すると、加齢性難聴の発症を加速させるとのことで、やはり耳鳴りは聴覚神経に問題があることがわかりました。

耳鳴りの原因は今も解明されたわけではありませんが、研究者はこうした研究を続けることで、耳鳴りのメカニズムの解明を急いでいます。

以前からお伝えしているように、難聴はコミュニケーションを難しくさせ、そこからコミュニケーション不足を引き起こし、結果的に認知症のリスクを増やします。耳鳴りも、慢性的に続くのであれば、同様の問題を引き起こすのではないかとも考えられるでしょう。

実際の音だけでなく、私たちをとりまく「音」は概念的なものも含め、まだまだ解明すべき点が多くあるのです。

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