数学に音楽を取り入れると、数学の成績がアップするーー「音が与える影響」を考える

2023.11/17 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、人間がリズムに乗る時の原理、そして音楽を取り入れると数学の成績がアップするという、音が私たちに与える影響について、ご紹介します。

◾リズムを知覚し、体が動く時の脳内反応とは

私たちは、音楽を聞くと自然と「リズムに乗る」ことがあります。ですが、そもそもリズムに乗るとはどういった現象なのでしょうか。

北海道大学の研究グループは、リズム感を生み出す脳の仕組みを研究し、2023年6月に米国科学アカデミー紀要に論文を掲載しています。

https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2221641120

それによれば、ある音楽を聞いて体が動く原理にはまず、リズムの知覚と体がリズムに同期する運動が、脳の中でリンクしています。そこで研究では、実際にこのリンクがどのように行われているのかを、サルがリズムを知覚している時の脳を分析しました。

その結果わかったことを詳細を省いて説明すれば、「感覚」知覚は、脳の中の「小脳」と呼ばれる部分が担い、「運動」の情報に関しては、「大脳基底核(大脳皮質と視床、脳幹を結びつけている神経核の集まり)」が担っているということです。

今回の実験はサルが対象ですが、以前の研究から、人間も同様の構造があるとみられていました。この論文でとりわけ新たに判明したことは、最初に小脳がリズムを知覚し、次に大脳基底核がリズムを受けた運動を行うことです。

このように、少しずつではありますが、リズムと運動の関係がわかりつつあるのです。より詳細な脳内反応がわかれば、リズム知覚が苦手な人に対する改善方法を提案できるかもしれません。

◾音楽を取り入れると数学の成績がアップする

次は音楽を聞くことで、リズムではなく、数学の能力を刺激するという研究を紹介します。

トルコのアンタルヤ・ベレク大学の工学部に在籍するアイサ・アクン(Ayça Akın)氏は、過去50年にわたる先行研究をまとめたメタ分析を行い、2023年6月に論文を発表しました。

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/03055698.2023.2216826

研究では学術データベースから、1975年から2022年にわたる数学に関する研究について、世界中の55の研究結果を組み合わせて分析しました。対象は幼稚園生から大学生まで、全体でおよそ78000人になります。

すでに先行研究においても、音楽が得意な子供は数学も得意な傾向があることがわかっています。そこでメタ分析では数学のテストを行う前に、

①子供が歌ったり作曲するといった、標準的な音楽レッスン
②子供に楽器の演奏を教える楽器レッスン
③数学の授業に、何らかの形で音楽を取り入れる新しいアプローチ。例えば、数や分数を学ぶときに手拍子をしたり、音符の長さと分数を関連付けたり、楽器の設計に算数を使ったりする。

実験では、対象者にこうしたレッスンの前後で数学のテストを受け、点数の変化を、レッスンを受けなかった人たちと比較しました。

結果、標準的な音楽レッスンを受けた子供の58%が成績アップし、2つ目の楽器レッスンでは69%、そして3つ目の数学と音楽を統合したアプローチでは、およそ73%の子供の成績がアップした、という結果になりました。

研究者によれば、音楽は数学と同じく、思考や記号、数量的な推論を行う点があることから、数学と音楽を同時に行うことで、子供の数学の概念習得に役立つとみています。また、こうした音楽と数学をつなげる授業は、特に低学年の子供に効果的であるといいます。

もちろん、今回のメタ分析では、研究量が少なく、性別や社会・経済的な環境、また音楽介入の時間・期間といった要因を調べることができなかったなど、限界もあります。以前お伝えした「モーツァルト効果」のように、音楽による効果が一時的なものに過ぎない可能性もあるでしょう(モーツァルトの音楽を聞くと頭が良くなるといった研究は、現在は効果が一時的なもとして、国際的には否定されています)。

とはいえ、このような研究は、音楽は好きだが数学は嫌いな子供に対して、より効果的に数学を伝えるための手段になることの傍証にもなるでしょう。

音が私たちに与える影響について、引き続き注目していきたいと思います。

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