遺伝的な要因による難聴を治療する――「遺伝子治療技術」の紹介

2024.1/12 TBSラジオ『荻上チキ・Session』OA

Screenless Media Lab.は、音声をコミュニケーションメディアとして捉え直すことを目的としています。今回は、遺伝的な要因による難聴について、新たに登場した治療技術について、ご紹介します。

◾難聴の種類と遺伝性難聴

音を聞くことが困難な「難聴」は主に
①伝音性難聴(外耳、中耳に原因がある)
②感音性難聴(内耳や、その奥の神経系に原因がある)
③混合性難聴(伝音性難聴と感音性難聴が合わさったもの)
の3つに分類されます。

また難聴の原因は、事故や病気のほか、遺伝的な要因による「遺伝性難聴」があります。さらに、耳の聞こえに関する遺伝子は100種類以上あることが知られており、遺伝性難聴については専門家によって、さらに細かな分類がなされています。

そんな中、中国の研究者が、子供(幼児)に対する遺伝的難聴の治療に成功したことが、話題になっています。これは上海にある復旦大学の研究者チームが、2023年10月に欧州遺伝子細胞治療学会の会議で発表したものです。

◾遺伝性難聴の治療

治療の内容について、簡単に説明します。

まず内耳(耳の奥にある、音を感じ取る器官)には、様々な音の周波数に合わせて振動する、有毛細胞と呼ばれるものが、およそ16000個あります。この有毛細胞がキャッチした情報を脳に届けるのですが、そのためには「オトフェリン」と呼ばれるタンパク質をつくりだす遺伝子が必要になります。しかし、遺伝的な要因でオトフェリンの生成がうまくできない場合、これが原因で先天的な難聴になるケースがあります。


そこで今回の研究は、耳の蝸牛と呼ばれる部分の奥にウイルスを注入すると、体内でオトフェリンを生成することができる遺伝子になるということです。

今回の発表では、治療を受けた子どもたちは、平均で50~55デシベル(普通の会話程度)の音が聞こえるようになったということで、正常な聴力の6割程度回復しているといいます。実験に参加した子供は、以前は人工内耳を利用していましたが、現在では人工内耳よりも音に対する感度が上がり、生活の質が向上しています。

とはいえ、オトフェリンが原因となる患者は、遺伝性難聴者全体の1%~3%ということで、中国でも患者数は多くありません。また、今回の研究では5人の患者のうち、1人は聴力の回復がなかったとのことです(これについては、耳に注入したウイルスに対する免疫が発生したためだと考えられています)。

とはいえ、今回の研究の成功が、この分野の研究活性化につながることは間違いないでしょう。コロンビアの聴覚治療研究者によれば、先天性難聴に苦しむ人は世界で2600万人ほどおり、そのうちの60%が遺伝的な要因であるということです。

欧米でも同様の研究は行われていますが、現状では中国が一歩リードしていることもあり、良い意味で競争的な研究が発生し、患者の利益になると考えられるとともに、この分野の政府の補助金の増額なども期待できるでしょう。

一方、上述のように、耳の聞こえに関する遺伝子は多く、また様々な症状があるため、すべて治療できるようになるとは言えず、また研究には時間がかかるため、こうした技術がすぐに一般に普及するとは言えないでしょう。その意味で、今回の研究も今後の経過報告に注意する必要があります。

しかしながら、聴覚に関しても遺伝子治療の可能性が現実的に見えてきたことは、大きな成果といえるでしょう。聴覚の治療や補助に関しては、これまで主に補聴器や人工内耳が用いられてきました。一方、技術の進歩により、今後は遺伝子治療という、新たな治療方法が確立するかもしれません。こうした最新の治療技術にも注目が集まります。

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